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 第四話 スペースエンカウンター


 時が経つのは早いもので、あれから一週間が経つ。
 高木と小鳥は、地下の格納庫でヴェルトールについての説明を受けていた。
 IDOLの中心核である“コア”と呼ばれる球体を始め、黒い装甲の各部には長く伸びたケーブルが繋がっており、それらがヴェルトールの情報を吸い上げていく。ここ一週間、整備員達はヴェルトールの解析作業に時間のほとんどを費やしていた。
 「やっぱりあかんですわ。ブラックボックスの多いこと。洒落になりませんわ。バラせないとなると、解析にはまだ時間が……」
 困ったように頭を掻いた大阪弁の女性は、整備班を取り仕切る整備長だ。目の下にできたくまが、連日の忙しさを物語っている。彼女は手元の資料に目を通しながら、二人に解析結果を報告した。芳しくないのは、無論、先の言葉から分かる通りだ。
 「とにかくセキュリティが硬過ぎて情報が吸い出せへんので推測になりますが、このIDOL、そもそも通常のIDOLとは設計思想からして違うようですな」
 曰く、ヴェルトールは対ドロップ用ではなく“戦闘用”IDOLだと言う。
 外見的な違いからもインベル達とのコンセプトの差が汲み取れるだろう。無骨さが目立つ本来のIDOLと比べて、ヴェルトールはスリムで、そしてより人型に近い。人型である故の汎用性を更に突き詰めた形。構造的な違いも、そこかしこに見受けられるのがヴェルトールの特徴だった。
 IDOLとしての“本体”に、増設されたいくつもの装備群。例えるならばそれは、戦場に赴く兵士が完全武装するのと同じである。純粋にIDOLとしての機能も持ち合わせているとはいえ、ここまで異端ならば、もはやIDOLとは違うものと定義できるかもしれない。
 多段構造で折り重なった腰のスラスター。両肩に装備された、全長に匹敵する巨大な盾――厳密に言えば複数の装甲が繋ぎ合わされたバインダーだ。加えて背中に二つ並ぶ“鞘”。まさしく、騎士甲冑を纏う兵士のそれだ。脚部も従来のロケットノズルとは異なりスラスター方式で、本来の末端肥大気味のデザインより直線的かつ鋭利である。
 これらは全て、隕石除去人型重機としては“余計”なものだ。
 特に、ヴェルトールは重量の観点からして、設計思想に問題がある。
 IDOLが巨大な人型を維持できているのは、ひとえに慣性制御のおかげである。慣性制御。文字通り、慣性を操り、発揮される効果は重力を御する。そんなオーバーテクノロジーのおかげで人型を構成するに至っているわけだが、もちろん制御できる限界も存在し、機体を形作るフレームや装甲にかかる負担をゼロにできるわけではない。
 つまり軽ければ軽いほど良い。――のだが、ヴェルトールはモンデンキントの有するIDOLの平均重量を、軽く二倍以上はオーバーしている。これだけ重い機体ともなれば、慣性制御の大半を機体の維持に回さざるを得ず、その他の精密な制御がおろそかになってしまう。どう考えても、ドロップを破壊するには不向きなのだ。
 そういう観点から見ても、ヴェルトールは戦うために建造されたIDOL。とどのつまり、戦闘用であることは、疑いようがないのである。ましてや“盾”と“鞘に納められている物”など、戦うための道具そのものなのだから。
 とはいえ、いかんせん分解することのできない、所謂ブラックボックスのせいで作業は難航している。トゥリアビータが建造したであろう謎のIDOLヴェルトール。これ以上の解析には、やはりマスターの存在が必要不可欠だ。
 「とりあえず再度のシンクロテストと、引き続き解析作業を続けますさかい。まぁ、状態はええですし、一応作戦(オペレーション)には対応できると思いますが」
 動かせなくては意味がない、と整備長は締めくくった。
 そう、ヴェルトールはあれから一度も動いたことがない。
 現在モンデンキントに所属するマスターは全部で十一人。その全員がシンクロテストを行った結果、誰一人として、ヴェルトールを起動するには至らなかったのだ。
 IDOLには個々人による相性があるとはいえ、ヴェルトールの場合、むしろ誰かを待っていて、他は眼中にない印象すら受けた。全員が拒否されたとなると、後はヴェルトールの待つその誰かに頼る他手段はない。
 やはりヴェルトールを動かすには、宙の存在が鍵だった。
 彼からの連絡は一向にない。高木としては、あれだけの話をして心の整理がつかないのも当然の話であることも理解しているが、一日でも早くヴェルトールを迎撃戦力として加えたいのもまた事実である。ドロップの落下率が、今週になってまた増大したのも、焦りの一因だった。それでも――。
 その気持ちは、良くはない。悪いとさえ言える。
 自分は彼の苦しみを理解していながら、なおこちら側に引き込もうとしているのだから。
 「社長?」
 「小鳥君、私は……。一人の人間として最低の行いをしている」
 本来ならば宙がアイドルマスターになる理由など、欠片もない。マツリのことにしたって、それは別の話だ。だがその別と割り切った話を引き合いにして、交渉材料としたのはまったくもって卑怯だった。彼の気持ちを逆手に取るような真似だった。
 「それでも私は、彼がアイドルマスターとなることを切望しているのだ。この機体が彼にしか動かせない以上、彼がマスターになる以外に方法はないだろう。我々には余裕がない。使えるものは使わなければ、為り行かんのだ」
 罪深いものだがな、と。高木は視線を落とした。
 客観的、利益主義で計算的な思考。モンデンキントJP最高責任者としての立場からしてみれば至極当然の判断であるはずのそれも、高木順一郎としての感情とは相反する。宙が真実を知ったことは嬉しくもあり、同時に自分達の罪を軽くしたいだけの自己満足ではないのかと、高木はずっと考えていた。
 本当ならば宙は何も知らず、心に傷を残したままでも、平和に暮らしていけたはずなのに。二つの立場の齟齬に、高木は胸が締め付けられる思いだった。この歳になってもまだ、感情とは切り離せないものだと改めて思い知らされるとは思わなんだ。
 「彼も、分かってくれると思います」
 小鳥の言葉だって、それこそ、こちら側の勝手な思い込みに過ぎないのだから。
 しかし、何をどう考えようとも、結局宙に協力を乞う以外道はない。
 八方塞りだった。
 「どう転ぶかは彼次第か。……が、ただ手を拱いているわけにもいくまい」
 どちらに転ぶかは彼次第でも、指先で突くくらいは、しなくてはならないだろう。それが高木の立場であり。高木順一郎の、決めた道だ。
 「小鳥君、ジュネーブの本部へ掛け合ってもらえるかね? 急ぎでね」
 「……また何か、無茶なことをするつもりですね」
 何を思いついたんです? 小鳥は呆れ顔で嘆息する。対照的に高木は、ふふふ、と不敵に笑みを浮かべた。

                     ●

 今日までの一週間とプラスして一日。あっという間の早さで時間は過ぎた。あっという間どころか、あっという間もなく。これ以上ない早さで駆け抜けた八日間の末、天川宙は再び765プロ本社ビルの前にいた。
 高木からかかってきた電話がそもそもの原因で、あろうことか、例の返答を渋る宙に対して二の句も次がせずこう言い放ったのだった。
 「宇宙に行ってみたくはないかね?」
 冗談ではなく本気で言っているのだから手に負えない。よくあることだ気にするなそれじゃあ待っているよ。句読点くらい入れろよと言いたくなるくらい早口で捲くし立てて電話を切ったのが昨日のこと。何がよくあること、だ。往々にしてそんな言葉がまかり通るならば、人類はとっくに宇宙へ進出している。
 現実問題。ドロップが大量に散乱する地球の周りは、今や人工衛星ですら数を限られるほど人類の進出を拒んでいる。話によれば、向こう二、三〇〇年はスペースシャトルも飛ばすことができない惨状らしい。IDOLが如何に特殊な存在であるかが分かるだろう。
 さて、話を戻そう。宙はちょうど一週間とプラスして一日前に飛び出したビルを見上げてから、意を決して中に足を踏み入れた。
 相変わらず携帯電話を片手に忙しく行き交う人々の群れ。その群れの中に唯一見知った顔を見つけて、宙は彼女に歩み寄った。高木が電話で告げた道案内とは、どうやら彼女のことのようだ。腰まで届く長髪に凛とした瞳。まるで感情の読めない無表情。
 如月千早。格納庫での自己紹介の時、彼女はそう名前を告げている。
 「お待ちしていました。こちらです」
 挨拶もなしに千早は背を向けて歩き始めた、早足で。驚くほど冷めている。クールと言えば聞こえはいいけれど、要するにただ冷血漢に過ぎない。宙は無言で千早に続きながら、どこか、自分の似たような空気を感じ取ってそのように分析した。
 案内は別段特殊な扉を潜るわけでもなく、普通のエレベーターに乗り込んで、扉を閉めただけだった。ただし二人だけで。他の介入を許さず、中に入るや否やすぐに扉を閉めて、千早は自分のIDカードをエレベーターのスロットに通す。地下基地へは、所属者のIDカードを利用することでしかできないのだという。
 階数を示す扉上のランプが赤に変わり、下に降り始める重力を感じる。
 「なぁ、如月千早」
 「なんでしょうか」
 基地に着くまでの短い間、宙は千早に質問した。
 「トゥリアビータってのは、一体どんな組織なんだ?」
 トゥリアビータ。モンデンキントと同じくIDOLを所有し。そして天川マツリを死に追いやったという組織。詳しい話は聞けていないが、つまりその集団こそ宙から姉を奪い取った張本人であるならば、天川宙にとって、仇に他ならない。
 高木と小鳥に代わる、恨みつらみの対象。
 代わるとはいえ。それで高木達を許そうなどとは、死んでも思えないけれど。
 「まだ部外者であるあなたに、詳細をお話することはできません」
 と、千早は切り捨てた。外見と行動を裏切ることなく、随分と突き放した言い方である。基本的に、如月千早は一見の人間に信用など欠片も置かないというのがよく分かった。そういうところも、親近感を持つくらい、宙と似通っている。似た者同士、同族嫌悪とはよく言ったものだが、そういう感情は沸き上がらない。
 むしろ好意すら抱く。
 「ですが――」
 千早は宙と視線を合わせて、わずかに黙ってから、
 「それがあなたの決断の材料となるなら、少しだけお話しましょう」
 アイドルマスターになるか否かの材料。そういう意味で言っているのだろう。果たして如月千早はどのように自分のことを聞いているのだろうか。
 「トゥリアビータは、私達と同じくIDOLを持つ組織。しかし行動はまったく異なるもので、複数の量産機を使って、私達からIDOLを奪取しようと企んでいる連中です」
 「量産機……。モンデンキントにはないのか、量産機」
 「彼らは些か特殊過ぎます。どういう経緯から知りませんが、擁する科学技術は現代技術の一世紀は先を行くとまで言われています。事実、“IDOLのコアを量産するなんて”モンデンキントには夢のまた夢みたいな話ですから」
 「謎の科学技術を持った組織、か。そいつはなんともまぁ……」
 悪役に相応しい相手なのだろうか。姉の仇には、是非もないくらい。
 そうこう話を聞いている間にエレベーターは地下基地へと着いた。白い、潔白なまでの通路を千早の先導で行くと、しばらくして彼女は歩を止めた。応じて宙も足を止める。まだ通路は先に続いているが、わずかに明かりが小さく、奥に行くにつれ鈍色が目立っている。格納庫へはここを真っ直ぐです、これ以上の案内は不要ですね。
 千早はそれだけ言うと、一礼して踵を返した。本当に、ストイックな少女だ。
 「礼を言うよ、如月」
 「その呼び方……。いえ、なんでもありません」
 振り向くこともなく立ち去った千早の声色は、何故か、怒っているようにも聞こえた。何に怒っているのか、検討もつかないが。そういえば最初に会った時もどこかおかしな奴だったけれども。
 とにかく。
 如月なんて普通の呼び方に、まさか怒ったわけでも、ないだろう。

                   ●

 「じゃ、IDOLの操作方法はこんな感じな。心配あらへん、途中で分からんなっても、後は気合と根性とその他諸々でなんとかなるさかい」
 「待て、待て待て! 話がいきなり飛び過ぎな上に、こんな一昔前のゲームの説明書みたいな薄っぺらいマニュアル読ませたくらいで心配も何もあるか!」
 『今日であなたもアイドルマスター! 簡単、お手軽、IDOL操作説明書』とタイトルに書かれたわずか数ページの紙束を地面に叩きつけながら、宙は渾身の思いで怒鳴り込んだ。先の展開から脈絡もない会話でいきなり話を始めないでほしい。肝っ玉の小さい男やなぁ、と呆れる関西弁の女性は、一体何様のつもりなのだろう。
 そもそも案内された格納庫に出向くや否や、マニュアルを投げるように渡されて(実際投げられた)、それで何をするのかを問うてみれば、あろうことか、実際にドロップ迎撃の現場を職業体験だなんて言い出したのだから、脈絡どころか起伏も何もあったものじゃない。目が飛び出そうになった。もちろん、目は飛び出していないが。比喩だ。
 一段、二段、過程を置いてきぼりにしないでほしい。
 「だから大丈夫やて。IDOLの慣性制御のおかげで、対G訓練なんかの面倒なことも省けるし、素人でも安心設計やから。別にあんた一人で行かせるわけでもあらへんよ」
 サポートが一人にもう一体IDOLが同行するとは言っても、半ば強引に呼び出しておいてこの有様では安心などできるはずもない。詐欺だと訴訟を起こしても通用しそうな強行軍だ。日本の法律はどこへ行った。
 まぁまぁ、と背中を押されて。宙はヴェルトールの背中にあるハッチにほとんど突き落とされた。尻からコックピットに落ちて、呻きながら顔を上げると、中がずいぶん様変わりしていることに気付く。以前は単座だったものが複座になり、上下に座席が二つ用意されている。一段下のサブパイロット席には、すでに人が座っていた。
 「お久しぶりです~。お尻、大丈夫ですか?」
 「サポート役って、あんただったのか。……あずささん」
 間延びした口調が印象的の、虫も殺せないような超が付くほどの温厚な性格が、見ただけでわかるようなお人好しこと三浦あずさ。彼女がサブパイロット席に座っているということは、尻餅をつく自分の隣にあるメインパイロット席が、用意されたプラチナチケットの正体というわけか。宙は立ち上がりながら思った。
 「細かい操作はこちらで行いますから。基本操作、教わりましたか?」
 「あんな適当なマニュアル一つで教わったことになるかは甚だ疑問だけど、まぁ、覚えた。四肢を動かす程度ならなんとかなる」
 と、思うけれど。言って、しかし宙は思い出したように顔を顰めた。
 八日前のことである。ビルを飛び出した時、頭が混乱していたとはいえ、宙はあずさに酷い物言いをして逃げ帰ったのだ。それなのに、彼女はまるで何もなかったかのように親しげに接してくる。不気味で、裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
 「あの時はしょうがないですよ。心の整理がつかない時は、人間誰しもああなって当然ですから~。私は気にしていませんよ」
 この方は聖人君子様だろうか。八つ当たり同然の行為をあっさり受け入れるなんて。少なくとも宙には真似できなかった。真似できるはずもない。
 なるほど、三浦あずさとは、こういう人なのだ。
 大抵のことを許容できる並大抵ではない懐の広さ。まさしく偉大なる母性の塊というわけだ。それでもあずさのそれは異常に感じるほどで、ある種、危険だ。
 「もう一度乗る気になったんですね」
 あずさの言葉を否定すれば嘘になる。電話の内容を考えれば、IDOLに乗ることになるのは予想できていた。もっとも、現状より穏便かつ丁寧に事は進むと思っていたけれど。早足にも程がある。そういうことを踏まえた上で誘いに乗ったのは、考えなしにということではない。正直気は引けたが、しっかり、IDOLに乗る覚悟を決めてきた。
 天川宙はまだ結論を出していない。選択肢を提示された上でどちらかを決めなくてはならないのなら、判断材料が欲しいと思ったのだ。だからこれは整備長の言う通り、職業体験で間違いないのだろう。そう、後は――。
 姉の見ていた星空の世界というのを、この目で見ておきたかった。
 『もう一度乗る気になったってことは、一ミリくらいは度胸があったのね。見直したわ』
 と、待機状態で外を映し出していたモニターに顔を出したのは、伊織とやよいだ。
 宙を補佐するもう一体のIDOLとは、二人の駆るプロメテウスシリーズ二番機こと、オレンジ色の眩しいネーブラである。構造的にはインベルとほぼ同じではるが、頭部から伸びるブレード状の一本角が逞しい。
 『あんたのお守りなんて真っ平ごめんだけど、任務だから仕方なく付き合ってあげるのよ。ありがたく思いなさい!』
 「ぐっ、この野郎、言いたい放題……!」
 それにしても、とやよいは首を傾げ、
 『ドロップもないのに、よくIDOLの出撃が許可されたよね?』
 『ヴェルトールのテスト訓練ってことで上層部に捻じ込んだらしいわよ、社長が』
 突拍子がないと言うか何と言うか。珍しくあずさも呆れた様子で、宙以外の全員が盛大な溜息を吐いた。高木の性格を理解している宙としては、毎度振り回されているのだな、と気の毒にすら思う。
 ヘマしないように操縦方法でも復習しておきなさい、と伊織の言葉を最後に通信が切れ、
 「あいつ、俺に恨みでもあるのか?」
 ぼやいた宙。テレビや雑誌で見る水瀬伊織は完全に猫被りだったわけで、実際の性格がああまで女王様なのも納得したが、あそこまで突っかかれる謂れはない。
 腕を組んで考える宙に答えたのは、あずさだった。
 「実は伊織ちゃん、マツリさんのファンだったんですよ~」
 「姉さんの?」
 「伊織ちゃんがアイドルを目指したのは、マツリさんの影響があったみたいですよ。今でも熱狂的なファンがいるくらいの人ですから、別に不思議ではないでしょう?」
 「……ああ」
 そういうことか、と。無意識に口から出た言葉が宙の内心を表わしている。
 天川マツリと音無小鳥は、日本の音楽史に残ると言われたほどのカリスマだった。加えてIDOL操縦の天才にして大先輩。ともすれば、水瀬伊織にとって、尊敬していた亡き人物の弟がアイドルマスターの素質ありと聞いた時、当然にして関心が沸くはずだ。それがあの夜、やよいを引き連れて宙の前に現れた理由だったわけで。
 会って、期待外れだったわけだ。腑抜けた宙を見て失望した、と。ああ、確かにそれは怒鳴りたくもなるだろう、あの醜態では。
 ――“あの”天川マツリも大したことないわね。
 ともすれば、あの言葉も本気ではなかったのだろう。ただ宙を奮い立たせるための言葉で。ぐじぐじと悩んでいる宙に気合を入れるだけの、行為だった。おまえの姉はもっと強かったぞ、というお叱り。
 ……ちくしょう、これじゃあ、まるで格好悪いじゃないか。
 宙は頬を叩き、やってやると言葉を紡いで、操縦席に腰を下ろした。メインパイロット席。IDOLの直接的な操縦をする場所。ここに座ったからには、頭を悩ませている事柄は後回しだ。宇宙を見て、高木や伊織が笑えないくらい完璧にこなして、それから決断すればいい。これ以上、馬鹿にされてたまるものか。宙とて男、意地も張りたくなる。
 宙が支給されたアイを起動スロットに差し込むと、心地良い駆動音がコックピットを満たした。ヴェルトールが喜んでいるかのような、そんな音だった。
 「……まぁ、よろしく頼むよ、ヴェルトール」
 あずさの指示に従いながら調整を行う。発進は司令室からのバックアップで、そう難しいものではないという。あの薄っぺらいマニュアルに何度も目を通していると、司令室から、担当管制官の声が聞こえてきた。
 『宙くん……』
 「音無、さん」
 ヴェルトールの管制を担当するのは小鳥だった。モニターに映る彼女の表情は暗く、目も、合わせることができないようだった。マツリの真相を知ったとはいえ、宙は小鳥に何も言うべきことが見つからず。睨むことしかできなかった。
 それでも彼女はありったけの勇気を振り絞って、
 『何も心配しなくていいから。私がしっかり、宇宙までサポートするからね』
 言って、笑顔を見せた。無理をしている笑顔だ。だがこれが彼女の精一杯なのだろう。小鳥も罪を感じて四年間を過ごしてきたことに思い至り、
 「……了解」
 ただ、それだけ答えた。それ以上は――“まだ”言えない。
 全ての調整を終えると、ジョセフが最後の確認をしてきた。
 『よろしいですか?』
 「ああ。一つ盛大に打ち上げてくれ」
 花火ではありませんよ、と苦笑するジョゼフ。
 『それでは。IDOL、アクトオン・スタンバイ!』
 ガクンッ、という振動と共に、ヴェルトールはカタパルトへと移動する。
 不思議と緊張感はない。それどころか、安らぎすらしている。操縦桿から伝わってくる暖かさが、きっとその原因なのだろう。宙は不敵な笑みを浮かべた。
 「ヴェルトール、アクトオン!!」
 瞬間、ヴェルトールは滑走路を疾駆する。空高く舞い上がり、一筋の光となって、宙は星屑の大海へと飛び立った。

                   ●

 オゾンの天蓋を突き抜けて軌道上へ辿り着いた宙は、思わず感嘆の吐息を漏らした。
 暗く、黒く、人間の存在を許さない世界。それなのに、どうしてこうも心を奪うのか。煌く星々はまるで宝石のようで、吸い込まれそうな広大さは、今まで見たこともない未知だ。言葉で表すのも陳腐。
 これが宇宙。しばらくの間、宙は呆然とモニターを眺めていた。
 『ちょっと、しっかり制御しなさいよ。まだ引力圏内なんだからね』
 「わ、分かってるさ、それくらい」
 せっかくの気分が台無しだ。けれども伊織の言うことはもっともで、素人の宙をして、IDOLの操縦は何一つ予断を許さない難しいものだった。以前の操縦はやはりまぐれだったのか、一つの動作に集中しなければ、足一つ動かすこともままならない。
 簡単、お手軽なんて詐欺もいいところである。重要な基本スキルすら説明書に載っていないゲームみたいに、不誠実極まりない。
 「これが姉さんの見ていた世界、か」
 マツリが心奪われた光景。納得だ、これほど神秘的な世界はそうないだろう。
 重力から開放されたコックピットで、さながら海に身を漂わせるかの如く、宙は静かに気持ちで宇宙を視界に収める。人々の抱える悩みなどあまりに小さい、そう思わせる深淵の闇を見つめながら、自分の気持ちを振り返った。小さな小さな悩みを、振り返る。
 理由がほしい。結論的に言えば、そういうことなのだろう。
 マツリの後を継いでアイドルマスターになるのは悪くない。でも、高木達との関係性が決断を邪魔している。ならば、それをプラスマイナスゼロにするような理由が欲しいのだ。IDOLに乗る、理由を。
 そう考えた時。
 “それ”は圧倒的な存在感と共に現れた。
 突如、うるさいほどの警報が鳴り響く。何事かと目を見張った。
 『高熱源体、高速で接近中! ドロップ? いえ、これは……!?』
 小鳥の悲鳴にも似た叫び。同時、モニターの映す宇宙の暗闇から這い出るように現れたそれは、決してドロップなどではなかった。
 ヴェルトールと同じ黒く染められた人型。IDOL。宙は背筋に電流が奔る錯覚を覚えた。あのIDOLの纏う雰囲気は、先日のエピメテウスの比ではない。圧倒的なプレッシャーこそが、電流の正体だ。

 「あれは……ヌービアム!?」

 あずさが機体の名を呼ぶ。宙も知っている。過去に事故が原因で解体処理とされ、その実、強奪されて姿を消したプロメテウス3・ヌービアム。そうだ、あれは強奪された機体のはず。それが現れたということは、つまり。
 「あれが、トゥリアビータ……!」
 IDOLを有するモンデンキントの敵対組織。そして。
 マツリの仇だ。
 凄まじい速度で接近するヌービアム。だが宙に対応できるだけの技量はなく、あずさもヴェルトールを満足に動かせない。焦る宙に、すぐに小鳥から指示が出た。
 『宙くん、下がって! あなたじゃどうにもならない。ここはネーブラに任せるのよ!』
 『そういうこと。ここは伊織ちゃんに任せなさい。行くわよ、やよい!』
 『うん! 宙さん、任せてください!』
 次の瞬間、ネーブラはヌービアムとの距離を詰めるべく、ロケットノズルを噴射させて前進する。停止状態から一瞬で最高速度へと。IDOLの慣性制御なくしては実現できない、力業の超加速だ。
 『先手必勝!』
 ネーブラの動きに無駄はなかった。加速姿勢から、右肘が後ろに回り、掌を握って拳とする。一つ一つの動作が歯車のように噛み合わさって流麗な動きを形作る。そのまま突撃姿勢。全体重を拳に乗せられる形だ。到底、宙には真似できない操縦技術。あれが本物のアイドルマスターが駆るIDOLの動き。
 あれが本当のIDOL!
 申し分ない加速力を前に、しかしヌービアムは回避行動を見せようとしない。愚直なまでに直線的に突き進んでくる。ネーブラの一撃は、ドロップを迎撃する時のそれと同じ威力を有しているにも関わらず、だ。何故と疑問を抱いた次の瞬間、宙はヌービアムの行動を疑った。
 ヌービアムはあろうことか、加速したのだ。
 加速。回避でも防御でもなく、加速。明らかに自殺行為だろうに、ヌービアムは迷いもなく速度を上げた。結果、ネーブラの攻撃がヒットするタイミングが早まる。
 果たして。
 突き出された拳に対し、ヌービアムが変形したのは、直後だった。
 四肢を折り曲げ、IDOLが弾丸飛行をする際に行う形態変化。正面から見て縦の面積を極限に減らした長方形のそれは、ネーブラの攻撃軌道上から機体を逸らすのに一役買った。確実に当たると踏んでいた攻撃は空を切り、嘲笑うかのように、ヌービアムはネーブラの胴体に強烈な体当たりをブチかました。
 『そんな!?』
 ヌービアムの行動はそれで終わりではない。瞬時に人型に戻ると、弾かれるネーブラの腕部を素早く掴み、引き寄せて片方の拳を叩き込む。それでもまだまだ。相手が完全に姿勢を崩したにも関わらず、トドメとばかりに足蹴りを放ったではないか。
 非情な追い討ちに、成す術もなく、大気摩擦で装甲を赤く染めながら、ネーブラは地球に落下していく。
 「水瀬、高槻! ……おい、やべぇだろ、これ!」
 「宙さん、一旦退きましょう!」
 あずさに頷きを返し、ヴェルトールを後退させようとする宙。
 だが“戦場”において、戦う意思もなくただ逃げるということは、狩る者と狩られる者の役割分担を明確化する。今のヴェルトールは、相手にとってただの獲物である。
 逃げ出す暇もなかった。息を吸って、吐く。それだけで、ヌービアムはもう目の前に迫ってきた。ゼロ距離。
 モニターがヌービアムの頭部を大写しにした途端、コックピットに衝撃が走った。
 「こ、こいつ……!」
 『その程度なの? ヴェルトールのマスター君』
 「つ、通信!?」
 スピーカーから流れてくる、女の声。
 再確認する間もなく、次の一撃が胴体に食い込む。装甲の負荷(ストレス)が急激に跳ね上がり、サブモニターが警告で赤く埋まっていく。そちらに気を取られれば更に躊躇ない攻撃が連打され、もはやサンドバック状態だ。
 「装甲強度が……。このままじゃ!」
 あずさの読み上げたステータスに、舌打ち一つ、宙は思うように動かせない操縦に文句を吐きながら、なんとか腕部を正面で交差させる。けれど、それも気休めだ。
 防御姿勢をとってもなお突き刺さる衝撃。機体同士が接触する度に、機体を保護する球状の重力殻(レイヤー)、つまるところの防御フィールドが波紋を浮かばせながら歪む。
 殺人的な威圧を持って襲い来るヌービアムに、初めて宙は現状を理解した。
 これは戦闘である、と。
 「ッ! この野郎、姉さんの機体でよくも!」
 『姉さん? ――そう、まさか。まさか天川マツリの弟がヴェルトールのマスターだなんて、因果ね。これは運命だわ!』
 「おまえ、姉さんのことを……!?」
 ましてやその口振り、アイドルマスターとしての天川マツリと、何か因縁があるような意味を含んでいる。何者なのかという疑問を――ヌービアムは考えさせない。そんな暇は与えないと言わんばかりに、暴風の如き連打が、装甲を強く打ち付けていく。
 物理攻撃の一切を遮断し、光学兵器すら無力化するIDOLの慣性制御=重力殻だが、同じIDOLであるヌービアムには意味がない。同じ能力を有するが故に、全て緩和されてしまうのだ。重力殻が弱体化されている以上、重力殻にほとんどの防御力を依存しているIDOLにとって、装甲は紙切れにも等しい。
 繰り出される一撃ごとにコックピットは上下左右に揺さ振られ、身体には痣が刻まれて、モニターの端に強打した額から赤い血が一筋流れた。
 「くそっ、おまえらのせいで姉さんは……」
 『逆恨みしないでちょうだい。天川マツリが、簡単にやられるお間抜けさんだっただけの話でしょうに』
 「よくも言ったな!!」
 『短気で直情的。気の短い男は女に好かれないわよ。まぁ、それも関係ない話ね。ヴェルトール、返してもらうわ』
 また拳が深く突き刺さった。宙は反応すらできない。圧倒的過ぎる。レベルが違うどころか、もはや住んでいる次元が違う。その差は決して埋められるものではなく、押し迫るヌービアムの姿は、宙の心を恐怖で塗り潰していく。
 息が、苦しい。酸素が、足りない。空気を、冷たい新鮮な空気を取り込まなければ、この加熱した心臓が爆発してしまう。
 「宙さん、大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
 「ふざけんな……!」
 姉さんはこんな奴らに。そう思うと、身体が怒りで爆発してしまいそうだった。
 奪われた命。帰らぬ思い出。それら全てが走馬灯のように駆け抜け、握り潰すように操縦桿を握る。矛先を見失った怒りが、ついに現れた仇の存在に鎌首を上げるのを、苦悶に喘ぐ意識の中で宙は感じた。
 IDOLに乗る理由を探してここまで来た。そして、求めた理由が、目の前にいる。
 「ヴェルトール、力を貸せ!」
 宙は叫んだ。あずさ達と同じように、IDOLに語りかける。
 「俺はトゥリアビータを許さない。絶対に許さない」
 だから決めた。
 「俺が姉さんの仇を取る。トゥリアビータをぶっ潰して姉さんの無念を晴らす。そのために――俺はおまえのアイドルマスターになってやる!」
 決意し、操縦桿を握る手に力を入れる。身体を起こして、目の前の“敵”を凝視する。痛みの奔る腕だって、どんなに傷ついていたって無視して上げてみせろ。呼吸を繰り返して、血液に、脳に、心臓に酸素を送れ。この一瞬だけならば、破裂したって構わないから。
 だから頼む、ヴェルトール。

 「俺に力を寄越せぇえええええええええ!!」

 刹那、ヴェルトールの瞳が緑光色に輝き。
 振り上げた拳が、当たるはずのない一撃が、ヌービアムの胸部を打ち据えた。
 各部は悲鳴をあげ、動く度に機体を歪めているというのに、だ。
 『当たった? ……面白いわ。そうでなくちゃ面白くない!』
 「面白ついでに教えてやる。おまえらは今日、この場で、悪に大認定だ!」
 故に、
 「トゥリアビータは、俺がブッ壊す!!」
 言葉を切っ先として、ヴェルトールは握り締めた拳をヌービアムの顔面に見舞った。二度目の直撃。攻撃が二度も当たれば、もう偶然では在り得ない。手も足も出なかった状況から一変して、“狩り”は互いの攻撃が交差する“戦い”へと段階を移したのだった。
 その劇的な変化の原因は、声である。
 ――“   ”
 声がする。次はこう動けと。幻聴が鼓膜に刻まれ、宙はその通りに操縦桿を叩き込んだ。応じて繰り出される一撃に、危険と判断したのか、無敵を具現化したようなあのヌービアムが回避行動をとる。ロケットノズルが瞬き後方へ身を逸らしたところを、ヴェルトールの拳撃が摩過(さっか)する。
 声に導かれて攻撃を繰り出す宙の動きは、まるで別人だ。
 「すごい……。まだ二回目の操縦で、こんなに動けるなんて」
 あずさの動揺と感嘆の示す通り、宙が異常であることに疑いはない。この成長速度。ヴェルトールの力なのか、宙の素質なのか。どちらにせよ、本来は在り得ないことである。だが結果として、それが危機的状況を打破するために働いている。もしかしたら、このままヌービアムを退けることができるかもしれない。
 『悪に大認定とは恐れ入るわね。この力、啖呵を切るだけのことはあるわ』
 でもね、坊や。
 「この程度じゃまだ、正義のヒーローごっこ止まりだわ!」
 ヴェルトールが放った正拳突きは、一瞬にしてヌービアムに絡めとられ、ガードの空いた胴体に下から抉るような蹴りが来た。その一撃の、なんと重いことか。堪らずヴェルトールは横薙ぎに吹き飛ばされた。装甲が捩れ破砕される。
 圧倒的実力差は健在。
 絶望的な差を埋めるにはあまりにも足りない。この程度で対等に戦えるのなら、そもそもネーブラだってやられるはずがない。そう、その差を。意識が飛びそうな極限だって乗り越えてみせて。この差を埋めることさえできれば。
 ……もっと力を!
 そう願った瞬間だ。大量の文字の羅列がモニターを埋め尽くした。内容など読み取れるはずもなく、意味など正しくは在って無いようなものなのかもしれないが、やがて文字の濁流は一つの情報を宙に提示する。ヴェルトールの背部、そこを示しながら。
 「“アルツァヒール”?」
 それは武器の名前だった。名前を読み上げると同時、ヴェルトールの背部に装備された“鞘”――アルツァヒールの収納ラックが肩の上に迫り出し、なだらかなカーブを描くグリップを露わにする。悩むこともなく、宙は操縦桿を繰った。ヴェルトールがグリップを握り、勢い良く引き抜くと、黒い塊がスライド。
 それは巨大な銃だった。
 銃身が異様に大きく、獣の顎を連想させるような、暴力的なまでに重厚な拳銃。それが二挺。それこそが、ヴェルトールを戦闘用IDOLと位置付ける理由の一端。
 重過ぎる機体、緻密な制御に不向きな設計思想。それら全てを背負ってもなお大きいアドバンテージ。ヴェルトールの価値とは、慣性制御によって強化されたクロスレンジにあらず。超威力兵器アルツァヒールによる、蹂躙するに等しい圧倒的火力による殲滅こそにあるのだ。
 「いける!」
 「か、勝手に使って大丈夫なんですか~?」
 「やばくても気合でカバー! 男は度胸!」
 「私、女なんですけど~」
 後先考えない人なんですね、とあずさは苦笑いを浮かべた。だがそれ以上は何も言わない。任せる、ということだろう。あずさの優しさ。相手を許容する包容力の高さ。まったく、ここまで自分の全てを受け止めてくれる人は初めてだ。
 本当に、初めてだよ。
 『まさか、あれを扱えると言うの? だけど当たらなければ意味がないのよ、坊や!』
 「数撃ちゃ当たる!」
 と、言い放ったはいいものの。モニターに表示されるアルツァヒールのステータスは、残弾数一とあり、宙は目が飛び出そうになった。もちろん比喩だが。目が飛び出してもおかしくないくらい、出鼻を挫かれたのだった。
 ……残弾数は本体のエネルギーに依存するということか。完全に一発勝負じゃないか。
 あれだけダメージを受けていたのだから、当然の帰結かもしれない。こちらは満身創痍。ヴェルトールもあと何度攻撃に耐えられるか。加えてあの自信たっぷりな口振りを聞く限り、飛び道具とはいえ、至近距離でなければ当てるのは困難だろう。
 どうする、と唇を噛む宙だったが、ヌービアムが思考する時間を与えるはずがない。瞬時に懐に潜り込むと、豪快なラッシュで襲い掛かる。
 『ほらほら! 武器があっても、マスターがそれじゃあ宝の持ち腐れね!』
 隙を見つけることさえできれば、アルツァヒールを叩き込んでやることができるのだが。声に従い、無理矢理に回避行動をとるのが精一杯ではどうすることもできない。
 限界が来ていた。次の瞬間、損傷を負っていた脚部のロケットノズルが、度重なる緊急回避によってオーバーヒートし、ついに装甲を食い破って閃光を散らす。あずさの判断によってパージされた脚部の外部装甲が投げ出され、反動でヴェルトールの動きが止まり。
 それをヌービアムが逃すわけがなかった。
 『終わりよ!』
 拳の狙いは胸部。強烈な、まさに背後のコックピットごと貫かん勢いの一撃が胸部装甲に吸い込まれ――。
 「まだ、終わりじゃありません!!」
 宙はあずさの叫びを聞いた。すぐそこに迫る死神の魔手から身を守るべく、あずさは検索した装備を選択、緊急起動で叩き起こしたのだった。
 ヴェルトールの両肩に突き出した、全長に匹敵する二つのバインダーが稼動音を響かせて正面にスライド、まさしく盾となってヴェルトールを覆い隠す。瞬間、胸部周辺の空間が猛烈に歪んだのを、誰もが見逃さなかった。
 『なに!?』
 多重装甲バインダーの真価がここに発揮された。
 ヌービアムの攻撃を相殺している能力とは、すなわち慣性制御のブースター装置。
 ヴェルトールに残されたわずかなエネルギー全てを、バインダーのブースターが増加し、一定方向に対する強力無比な重力場となって全てを遮断しているのだ。いくらIDOL同士では重力殻が弱体化されるとはいえ、一点に集中された“盾”はそう簡単に貫けない。
 今です! あずさと宙の意思はほぼ同時。言われるまでもなく操縦桿を、応じて動く腕をバインダーの隙間から突き出した。拳を打ち込んだ状態のまま止まったその一瞬を狙い、アルツァヒールの銃口を、ヌービアムの頭部に押し付け、
 「ブチ、かます!!」
 全てを圧し潰し、無に還す光の柱がヌービアムを飲み込んだ。
 オーロラに見紛おう光の柱は、その実巨大な重力塊である。慣性制御によって超圧縮した重力を相手に叩きつける。現存するどの兵器にも当て嵌らない、IDOLのみが扱える超兵器である。その威力は、ストロベリー級ドロップでさえ跡形もなく消滅させることができるほど莫大だ。
 勝った。まったく疑いのない勝利を確信した。
 ――そのはずなのに。
 宙は信じられないものを目撃してしまった。
 『すごいわ坊や。まさか、私に一撃“中てる”なんて』
 ヌービアムは健在だった。吐き出される破壊の光を前にして、重力殻を最大にして耐えている。いや、それも長くは持つまい。強がっているだけだ、と高を括った宙だったが。ヌービアムは驚くべきことに、あえて光に身を任せることで、“光の端に重力殻を引っ掛けた”。すると、どうなる。
 ヌービアムは弾丸のような速度で弾かれて、そのまま大きく距離を取った。
 戦線離脱。
 「そんなことができるかよ!?」
 『楽しかったわ。お礼に今日のところは見逃してあげる。だから次に会う時は――』
 ヌービアムのアイドルマスターは、くすりと妖艶に笑い、
 『また、私を楽しませてね』
 そう言って。悪魔のような存在は、青い地球の引力に引かれて消えていった。
 攻撃を、脱出の手段として使われるなんて。あんな芸当は簡単にできるものではない。素人の宙にだって分かる。余裕を持て余してなお、ヌービアムは宙達を見逃したのだった。ほんの戯れで。格下相手に慈悲を与えるが如く。
 もしあのまま戦いを続けられていたら。
 ぞっとする。
 「あれが、俺の敵」
 悔しくはあるけれど。今は生き残れたことを、噛み締めたい宙であった。
『――二人とも、無事なの!?』
 通信が耳に届く。視線を向けると、地球の方からネーブラが上昇して来るのが分かる。遅いんだよ。大きく息を吐いて座席にもたれる宙。決して勝てたとはいえない泥仕合を経て、ボロボロになったヴェルトールを、ネーブラが支えた。
 『ちょっと、あんた大丈夫なの?』
 「そっちこそ、大丈夫なのかよ」
 『当ったり前でしょう! この伊織ちゃんがあんなことぐらいで撃墜なんて有り得ないわ! 油断! 油断しただけよ!』
 でも落とされたくせに。うっさいわね、調子乗るんじゃないわよ! モニター越しで口喧嘩を始めた二人に、あらあらどうしましょう? 伊織ちゃん落ち着いてぇ。と慌てふためくサブパイロット両名。
 ガンと意地を張り合った二人だったが、やがて、
 『――頑張ったじゃない。ヌービアム相手に』
 伊織は少し口籠って、本当に小さく呟く。恥ずかしがっているのだろう。柄じゃない、という風に。フンッ、とそっぽを向いた。
 「おまえからお褒めの言葉を頂戴するとはね」
 『私は努力する奴や、自分から困難に立ち向かう奴は、嫌いじゃないわ。少しは見直してあげるわと、天川宙』
 「……褒められるのは悪くない気分だ」
 笑みを浮かべた宙を、不意に強い眩暈が襲った。緊張から開放されたせいだろう、身体から力が抜けていく。そうだ、流血してたっけな。笑えない事実に、しかし一抹の達成感と安らぎを覚えながら意識がブラックアウトしていく。
 最後にあずさの声が聞こえたような気がして、宙は深い闇の中に落ちていった。

                   ●

 今回の事件の結末。
 天川宙はモンデンキント所属のアイドルマスターとなることに合意した。
 ケガも大したことはなく、額の傷が少々残る程度で済んだのは幸いだっただろう。
 基地の医務室で目覚めた宙は、すぐにアイドルマスターになる旨を高木に伝えた。もちろん、和解などしていない。するはずもない。これは契約だ。宙はモンデンキントに所属する代わりに、トゥリアビータと対峙する機会を得る。お互いの利益、損得勘定で結ばれただけの、薄っぺらい契約。
 それでも宙は構わない。天川宙は復讐を誓ったのだから。天川マツリのような正義のヒーローなどでは決してなく。むしろダークヒーローで。それでも、構わない。これは宙の負った責任だから。後に後悔しても、もう、後戻りできない。
 天川宙の選んだ選択肢は、血生臭い道だった。
 あの出来事から数日後、宙は無事、三年間の高校生活と別れを告げた。孤児院からも出て、悠々自適とまではいかないが、なんとか一人暮らしを送っている。
 後日、モンデンキントに呼び出された宙は格納庫へまた案内された。どういう件なのか知らされないのもあの時と一緒で、出向いた先、また適当なマニュアルでも渡されて突拍子もないことを言われても、目玉を飛び出させない気持ちでいた。比喩だけれど。
 格納庫は照明が全て落とされ、真っ暗だ。しかもいつの間にか、案内してくれたはずの職員まで消えている。
 「なんなんだよ……」
 疑問を口にした時である。暗闇に閉ざされていた格納庫が、パッと明るく照らされた。
 思わず瞑った目蓋を開くと、そのタイミングを見計らって、クラッカーの音が盛大に鳴り響く。
 宙は呆然と目の前の光景を凝視した。格納庫にはヴェルトールを初めとして、インベル、ネーブラ、テンペスタースの四体が集合しており。IDOL達の上には、大勢のモンデンキントの職員達が乗っているではないか。あずさや春香達、アイドルマスターも宙に手を振っている。
 IDOL同士の間には垂れ幕があり、みんなは声を揃えて、それを宙に届けた。

 「ようこそ! モンデンキントJPへ!」

 ワァッとあがる大歓声。拍手が響く中、ここで新しく始まるのだな、と、宙は決意を新たにした。
 アイドルマスターとしての、新しい生活は――。
 はてしない物語はここから始まる。



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