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 第二話 男は度胸!!


 繰り出された拳の一撃に星屑が砕けて散る。
 宇宙へと飛び立ったインベルは、無事、ドロップの迎撃を完了した。打ち砕かれた破片が赤熱して燃え尽きながら、流れ星となって地球に降り注いでいき、それを見届けた春香と千早は安堵の息を吐いた。
 『クランクアップ(作戦終了)です。二人とも、お疲れ様』
 小鳥の労いに笑みを浮かびながら、千早はモニターに映る宇宙へ視線を移す。
 「でも最近、迎撃回数、多いわね。今年に入ってからは、特に」
 「そういえばそうだよねぇ。伊織なんて、夜勤が増えてお肌の調子も散々よ! って嘆いてたし。私も人事じゃないなぁ」
 世界各地に点在するモンデンキント支部、つまり迎撃基地には、決められたサイクルでローテーションが割り振られている。無論、小さなトラブルからそれこそ迎撃の失敗という最悪の場合も想定し、完全に他任せということはありえないが、ある程度の出番というものは与えられている。
 その中で、日本支部の出番が極端に多いわけではない。それでも今月に入ってからすでに三回。これは過去と照らし合わせても異常な数字だった。話によれば、やはり他の支部でもドロップの増加に頭を悩ませているという。
 「嫌な兆候だね。世界滅亡説なんて噂も出てるみたいだし」
 「ゴシップなネタよ。そんなもの、定期的に噂されるものじゃない?」
 それに世界の滅亡ならば、復興暦元年に人類は経験しているではないか。いや、あの天災があったからこそ復興暦があるのだから、因果は逆か。
 「それでも、まぁ、何か原因はあるかもしれないわね」
 「原因かぁ」
 それって何だろうね、と続けようとして春香は言葉を呑み込んだ。
 今、モニターに何かが映らなかっただろうか。
 気のせいだったかもしれない。しかし、画面の隅を、わずかに横切ったかもしれないそれは春香の心を妙に揺さ振った。必要以上に気になった理由は、直感というほかない。光学カメラを操作し、黒々しい宇宙の闇を拡大。そこに何も存在しなければいいのだが、
 「……春香、あれ!」
 同じくモニターを見た千早が叫んだ。叫びの意味を、春香もしかと確認している。何も在るはずのない空間に、無数に蠢く巨大な物体を。
 「エピメテウス!」
 同時、名前の主は鋭い両目をこちらに向けた。群青色の装甲、鋭い鉤爪のある腕、やや短い脚部。その人型、構造はまさしくIDOLのものだ。インベルより一回り小型ではあるが、大きさは三〇メートル近くある。相対するには十分に驚異的だった。それが無数、群れを成すハイエナのように徒党を組んでいる。
 慌ただしくなった管制室のざわめきが伝わってきた。何故、ここにエピメテウスが。疑問を払拭できないまま、しかし二人は気が引き締まる思いを得る。
 あれは敵だ。春香は無意識に呟いた。
 幾度か遭遇したことのある春香は自然と身体が強張った。そう、あれは“モンデンキントのIDOLではない”。モンデンキントの所有するIDOLは全部で三機。インベル、ネーブラ、テンペスタースだけ。つまり、モンデンキントとは別の――。
 その時、春香はエピメテウスの群れの中に、一体だけ異様なIDOLが存在していることに気付いた。緊張が助長され、目を細める。
 「何、あれ。あんな機体見たことがない」
 春香が目で追ったのは黒塗りのIDOL。量産型であるエピメテウスとは違い、異種異様な存在感を醸し出す謎の存在。春香の知るどのIDOLにも該当しない、未確認機体だった。モニターに映し出される情報にも、Unknownと表示されるだけである。
 だが推理する時間も長くは続かない。
 突如、その黒い機体が、インベルに向かって猛烈な勢いで加速したからだ。
 「く、来る!?」
 唐突な出来事に春香は目を見張り、対する行動は反射的だった。アイドルマスターとしての経験が、彼女をすぐさま迎撃体勢に移行させる。
 一気に縮まる両者の距離。接触する緊張の一瞬。
 「このっ! ……ってあれ?」
 ――しかしあろうことか。黒いIDOLはインベルの横を“通過しただけ”だった。あまりに拍子抜け過ぎて、春香も千早もわずかに思考停止。インベルでさえ、勇ましく鳴り響いていた駆動音が、心なしか小さくなってしまうほどであった。
 『ちょっと二人とも! 呆然としていないで!』
 「す、すいません、思わず!」
 小鳥の声に我を取り戻し、頭を振ってモニターを見直すと、エピメテウスの一機も黒いIDOLを追って移動している。その先には、
 「地球に向かってる!?」
 「追うわよ春香。一体何をしでかすか分からない!」
 千早の言葉はもっともだったが、どうやら簡単に追わせてはくれないようだ。
 インベルの進路を阻み、残ったエピメテウスが群がった。小型とはいえIDOLである以上、単機でドロップの破壊が可能なことに変わりはない。ましてや、それが複数ともなれば凶悪と言わずしてなんと言う。群れを成して襲われればこちらが不利だ。
 「だからって!」
 ジョイントの稼働と連動して、インベルは打撃用のセカンドアームを装備。巨大な拳状のそれを構え、雄叫びのような駆動音をあげながら、インベルの出力が上昇していく。
 「そこを退いて!」
 瞬時に火を噴いた脚部推進器と慣性制御によって、インベルは一秒とかからず最大速度で発進し、同時にエピメテウスも敵を止めるべく立ちはだかる。壁となるならば打ち崩すのみ。流れる彗星の如く、インベルは拳を放った。

                   ●

 IDOLが空から落ちて来た。
 端的に言うならば、それが、目の前で起こっている出来事だ。しかし冷静に考えると、端的どころか在りのままと言って差し支えないかもしれない。とにかく自分が、偶然に、突拍子もなく、あるいは運命的に、必然として、何らかの事件に巻き込まれているということだけが、天川宙の理解した全てだった。
 海沿いの道を、地平線の向こうに消えかかった太陽が茜色に染め上げ、照らし出す。黄昏に衣装を変えた空を遮るようにして、黒いIDOLがこちらを見下ろしていた。緑光色に発光する双眼は、間違いなく宙を凝視している。
 人の形を模していながら、それより遥かに屈強な鋼の身体。胴体に組み込まれた巨大な球体を中心に構成された人型は、子供の頃に憧れた未知への羨望すら思い起こさせる。
 口を開けて驚愕を顕わにしたまま、宙もIDOLを見上げた。正確にはそれしか動けなかったのだ。だって前触れもなく、いつもの帰り道で、こんな巨大な物が、ましてや落ちて来たのだから、この反応は当然ではないだろうか。
 低い駆動音だけを響かせながら、互いの視線がひたすら交差する。
 それだけで萎縮してしまいそうなものなのに、何故か、不安は感じない。純粋に驚きだけが宙の意識を釘付けにしていたのだった。
 そこで、宙は握り締めた例の結晶が異様に輝いていることに気がついた。
 「見たことのないIDOLですね~。もしかして、あなたのIDOLなんですか?」
 「お、俺の? まさか、そんなの、あるわけないじゃないですか」
 隣の、道案内をするはずだった女性が言うので、首を振った。
 「でも手に持っているのは、“アイ”ではないですか。それはアイドルマスターしか持っていないはずですよ。――でもマスターには女性しかなれないって……あらあら?」
 頭の上に疑問符が見えそうなくらい、首を傾げて唸る女性。頬に手を当てて小首を傾げる仕草が大人の色気を感じさせるも、それ以上に、少女然とした可愛らしさがある。自分の鼓動が早くなるのを感じながら、女性曰くアイという結晶に、宙は目を向けた。
 アイは暖かく輝き続けている。もしかしたら、この光はIDOLに関係しているのかもしれない。そういえば、アイに変化が表れたのも、このIDOLが落ちて来る直前ではなかったか。そして、女性はそれを肯定するようなことを言ったはずだ。
 すると、隣の女性は一体何者なのだ、という疑問が湧き出てきた。おっとりとした、迷子の子猫ならぬ迷子の美人。訝しげな視線を向ける。
 その時である。黒いIDOLが背負う逆行に、チラリと影が横切った。同時に、
 『見っつけたぁぁぁ!!』
 耳を覆いたくなる大絶叫。続けて突風が逆巻いた。それは上から、またもや巨大な水柱をぶち上げながら轟然と襲来する。頭上は綺麗な茜色の空だというのに、どこの水上アトラクションだか知らないが、水飛沫のせいで服がずぶ濡れだ。
 そんなことはお構いなしに姿を現したのは、群青色のIDOLだった。
 何度人を水浸しにすれば気が済むんだこの野郎! 心からの叫びである。最初は黒いIDOLのせいで、後からやって来た群青色のIDOLには罪の上乗せだが、そんなことは関係ない。唐突に展開する現状に対しての文句でもあった。まったく、厄日だ、きっと違いない。吐き捨てた宙は、海上に浮かぶ群青色のIDOLを睨み付けた。
 『やっと追いついた! 勝手に動くなんて聞いてないし! 帰ったら絶対カラスに文句言ってやる! もう、最悪!』
 「子供?」
 飛来したIDOLから聞こえてくる声は、幼い少女のものだった。何故、子供。幼い、少女。宙が疑問を胸の内に広げていると、声の主=群青色のIDOLは散々文句を喚き散らしながら、ゆっくりと近づいて来る。正確には、黒いIDOLへと。ビルほどの高さもある人型が影を落としてくる様は、背筋の凍る思いであった。
 群青色のIDOLは、ふと、宙達に視線を向けた。
 「あれぇ? お兄ちゃん達は何? ああ、もしかして“いっぱんじん”?」
 よく喋る上に疑問系の多い奴だ、と宙は認識した。放たれる声には、道端で猫を発見したような好奇心が滲んでいる。子供らしい、無知故の、ある種の残酷ささえ漂わせる声だ。そうだ、残酷さ。どうしてだろう、くすくすと楽しそうに笑う少女の声に、全身の毛が逆立っているのは。
 ……なんで、同じIDOLなのに。たかだか子供の声なのに。
 本能が宙に訴えかけてくる。こいつからは、黒いIDOLから感じ取れた温もりや暖かさが一切感じられない。代わりに感じるのは、極寒の氷の中に閉じ込められたような息苦しい冷たさだ。芯まで凍るような悪寒に背筋が震える。
 どうしてこうも差があるのだ。
 同じIDOLで。――同じ、機械のくせに。
 「これ、エピメテウス……」
 不意に隣の女性が呟くのを、宙は聞いた。身の凍るような迫力に呑まれていた宙は、はっとして振り向き、IDOLを見上げる女性を目視する。
 その表情には恐怖というより、不安の方が大きく表れていたと思う。見かけによらず芯が強いのか、状況をさほど危険視していないのか。もしかしたらこのIDOLについて何か知っているのでは、と勘繰りもする。先程の女性の言動を考えると、そういう考えに行き着き――安心する。自分はまだ、取り乱すほど冷静さを欠いてはいない。
 「ここは逃げましょう」
 視線を返した女性は宙の手を取った。流麗な五指が包み込むように手を握ってきて、苦しいくらいに心臓が暴れた。肌に伝わる綺麗な手の感触と、否応なく感じる人肌の温もり。宙にしてみれば、まさか女性に手を握られるなど思ってもみなくて、少なからず喜びを感じたのもやぶさかではなかったが。
 それ以上に脅迫的なまでの嫌悪感がその身を苛んだ。
 「俺に触んな!」
 乱暴に女性の手を振り解く。あまりに唐突だったからだろう、女性はきょとんとした表情になって、それから拒絶された手を胸に抱く。振り払われるとは想定外だった、と言わんばかりの表情である。文句を言うのでも、食って掛かるでもなく、単純に何故と問い質す視線に、宙はたじろいでしまう。
 だって、他人に触れられるのは、怖いじゃないか。
 他人が自分に触れている。言い様のない、繊細なようで、実は強引な、自分ではない誰かからの侵食。触れ合うということは他人に心を許すのと同義であり、勝手に触れられたのなら、それは自分の領域を穢されたことに等しい。女性の手は、まさに、宙の心の中に土足で踏み入って来たのだ。故に振り払った。
 四年前から続く発作的なこの拒絶反応は、きっと他人を信じることができなくなったせいだ。うわべでは人と笑い合っていても、その裏では冷めている。
 心の中を土足で踏み躙られるくらいなら。
 “信じた誰かに裏切られるくらいなら”。
 いっそ誰も信じない方がとても楽だろう。
 結局その場に踏み止まっていた宙と女性は、
 『あれれ? お兄ちゃんが持ってるそれ、アイだよねぇ? ん~?』
 相変わらず疑問系の少女の、
 『もしかして、お兄ちゃんが呼んだの?』
 心の臓を抉られるような殺気に身体を竦ませた。
 「ひっ……!」
 まるで蛇が身体を這うような。もしくは、鉄の楔を間接という間接に打ち込まれたような。強烈な金縛りが自由を奪った。可愛らしい声なのに、明らかな殺意の下、容赦なく、手加減なく、いとも簡単におまえの命を奪うことができるのだと、そんな意思が存分に込められた声だった。
 人じゃない、悪魔だ。絶対に違いない。まるで虫けらを踏み潰すような圧倒的感情が、普通の人間に出せるはずがない。抱いた恐怖を口に出すこともできず、情けないことだが、宙は足を絡めて尻餅をついた。まだ立っていることができるだけ、隣の女性の方がマシだろう。もっとも、目が泳ぎ、身体を震わせているのは彼女も同じだったが。
 ――殺される。最悪の状況を連想した。
 『そっか、だから“ヴェルトール”も勝手に動いちゃったんだね。そうだよね、今までこんなことなかったもん。ねぇねぇ、お兄ちゃん。一体どうやったの?』
 何もしていない。俺は関係がないんだ。残念ながら、思い描いた言葉は声にならない。あっ、とか、はっ、とか。そんな吐息の漏れしか出てこなかった。干上がってしまったように、言葉が出てこないのだ。
 代わりに首を振ったが、宙の気持ちは察してもらえず、群青色のIDOL――エピメテウスの主は勝手に話を進めていく。
 『まぁ、いいや。とりあえずまとめて持って帰ればいいよね。うん、名案! きっとママも喜んでくれる! もし関係なくても、後で処分できるし』
 処分、という言葉の意味は、果たして本来の意味そのままなのだろうか。
 エピメテウスが、鉤爪を広げて腕を伸ばして来る。部品が擦れ、関節の曲がる歪な摩擦音が耳に響いてくる。その音が、更なる不気味さを宙に感じさせ、恐怖心を煽った。巨大な人型が、視界を覆いながらだんだんと迫ってくるという、心ごと踏み潰されそうな恐ろしさ。
 「や、め……」
 目の前が真っ白になるというのはこういうことだろう、と宙は思った。ただ、無意識に言葉を紡ごうとして、失敗して、失敗して、何度も失敗して、
 「やめろ! 来るな!!」
 刹那、アイの光度が爆発的に増大して。
 そして叫びが木霊した瞬間、宙の願いに黒い巨人は答えた――!
 突如、沈黙していた黒いIDOL=ヴェルトールは、轟ッ! と風を切り裂さいて腕を振り上げた。振り上げた腕は、今まさに宙を掴もうとしていたエピメテウスを殴りつけ、弾く。その衝撃はどれほどのものだったのか。放たれた豪腕は、火花を散らしながら、エピメテウスの巨体を軽々と吹き飛ばした。
 「なっ!」
 誰の口から漏れた驚きか。いや、おそらくこの場にいる全員のものだ。抵抗する間もなく水面に叩きつけられたエピメテウスは、一度水飛沫をあげながらバウンドし、再び水面にぶつかって海に沈んだ。今日三度目の、大樹にも似た水柱が出来上がる。
 水飛沫が陽光に反射して星のような輝きを作り、その光景を見ていた宙は愕然として度肝を抜かれた。今日は驚いてばかりの気がするから、感覚が麻痺したのだろう、何が起こったのか考えることまで頭が回らない。
 ただ、考えなくても分かることは、
 「おまえ、俺たちを守って――うわぁ!?」
 ヴェルトールに語りかけた宙だったが、最後まで言うことはできず、情けない悲鳴が辺りに木霊することとなった。前触れもなく、足元が崩れ去るかのような錯覚に陥った瞬間、宙は地上から数十メートル離れた上空へと舞い上がっていた。
 浮いている!? と口にした自分の言葉が信じられない。ぐるりと首を回せば、三六〇度、高いビルの上から街を見下ろしているような風景が目に入る。実際高い所にいるわけだが、文字通り“浮いている”のだから、それはまた別の意味を持ってくるだろう。何も支えになる物のない、とてつもない浮遊感というものを、宙は初めて体験した。
 何故、浮いている。人間は地上で生活していくために進化したのであって、身体の構造上飛べるようにはできていないのに。
 そんな当たり前のことが浮かんでは泡のように弾けて消え、後は何を考えているのかすら分からなくなった。いきなり上空に放り出されたのだから、考える余裕などあるはずもなく、駄々をこねる子供のように手足をバタつかせた。
 「落ち着いてください。これは慣性制御で周囲の重力を操っているだけですから。いきなり落っこちたりしませんから、安心しても大丈夫ですよ~?」
 と、小さな子供をあやすような口調で言ったのは、あの迷子の女性だ。半ば錯乱状態に陥っていた宙は、一緒に浮かび上がっていたことに気付かなかった。ロングスカートをなびかせながら、舞い上がったスカートの裾から覗く綺麗な足など多少際どいことになっていることも露知らず、女性は大きく手を広げて見せた。
 「まずは深呼吸しましょう。はい、吸って~、吐いて~。お上手ですよ」
 「ど、どうもありがとう。……じゃねぇ!?」
 深呼吸が本当に効いたのかはさておき、宙はやっと落ち着きを取り戻した。取り戻したのだけれど、すぐに焦りを覚えた。この状況はまったく解決されていないではないか、と。
 「ってか、どうしてあんたはそんなに落ち着いていられるんだよ!」
 「だって、このIDOLは私達を助けてくれたんですよ。なら、危害を加えてくることもない。安心できるじゃないですか。それに見てください、この子のこと」
 言われるがままヴェルトールへ目を向けると、
 「……」
 一瞬、言葉が出なかった。どきり、としたのだった。感動と言い換えることができるかもしれない。初めて噛み締める、不思議な感覚であった。
 宙達が浮いているのはヴェルトールのちょうど顔の高さで、否応なく目が合った。その視線の交差から伝わってくる、包み込むような暖かさ。荘厳で、神秘的で、偉大。ただ巨大なだけじゃなくて、その存在そのものが、巨大。守ってくれている。ヴェルトールを見ていると、そう思わざるにはいられなかった。
 「ね?」
 「と言われても……」
 女性と顔を見合わせて、もう一度視線を戻した時、
 『ああ、もう! 不意打ちなんて卑怯!!』
 ヴェルトールの頭部越しに、またもや水飛沫の花火を炸裂させて浮かび上がって来たエピメテウスを目撃して、表情を歪めた。
 「勝手に動いて勝手に攻撃するなんて反則! もう怒った! “きょうこうしゅだん”してやるんだからね!」
 なんとも可愛らしい怒った声とは裏腹に、応じるエピメテウスの装甲がスライドして腕を伸ばし、鉤爪を光らせたのは肝を冷やさざるを得ない。五指の代わりに装備された爪が、ぎらりと夕日に反射。その雰囲気は獲物を狩る肉食獣さながらである。
 まだ来るのかと血の気が引いたその時、視界がぐるりと回り、宙は浮いていた身体が再び急上昇したのを知る。今度こそ女々しい悲鳴があがるのをかろうじて我慢した宙は、女性と共に弧を描いてヴェルトールの頭上を通過すると、まるで迎えるように開いた首元の装甲に、中を覗きこむ暇もなく落とされた。
 荒々しい歓迎。軽くぶつけた頭が痛い。うめきを漏らしながら顔を上げると、
 「コックピットの中か、ここ?」
 球状の空間。モニターや操縦桿を始め、様々な機器に囲まれて操縦席が配置されている。相変わらず慣性制御とやらが働いているのか、無重力状態は継続中。自然にはない、人の造り出した機械的で、鋭角的で、電子的な、ある意味未来的とも受け取れる構造物を目の当たりにして、現状も忘れて心が躍る。
 これがIDOLの、モンデンキントが誇る隕石除去人型重機のコックピットなのか。
 「単座……。インベルさん達のコックピットは複座なのに。やっぱりモンデンキントのIDOLではないんでしょうか? ちょっと失礼しますね」
 一緒に乗り込んでいた女性はあらかた機器を見渡すと、備えられた操縦席に腰を下ろして、ちょこちょことコンソールをいじり始めた。
 へぇ、大したものだなぁ。手馴れた様子で操作しているのを素直に感心していた宙は、しばらくして、ん? と首を傾げて。
 「ってなんで乗り方知ってるんだ!? まったく今日は叫んでばかりだよ!」
 「あらあら、のどを痛めるといけませんね。のど飴いりますか?」
 「あ、どうも。……いや、もう、違う! 普通にもらってる場合じゃないんだよ! そんなボケが欲しいわけじゃないんだ俺は!」
 のど飴を噛み砕きながら、女性に噛み付く宙。思考が麻痺してきているのか、危うくまったりとした空気に身を置くところだった。現状で焦りを覚えている自分の方が正常のはずだ。なのに文句を言われた女性が、どうして怒鳴られたのだろうかと不思議そうな顔をしているのは一体どういう領分なのだろうか。
 溜息を吐いた宙だったが、内心の焦りはすぐに引き戻される。
 刹那、激しい衝撃がコックピットを揺さ振ったのだ。
 『このまま“お家”に持って帰っちゃうもんね。お兄ちゃん達もそこで大人しくしてた方がいいよ?』
 原因はエピメテウスだった。エピメテウスが、ヴェルトールの背後から掴みかかって来たのだ。鉤爪を開き、伸ばされた腕部が、黒色の機体を締め上げる。
 「冗談じゃない。こんなふざけた形で誘拐なんてされて堪るか!」
 連れて行かれた先で何をされるかなど想像したくもない。同じ心境を抱いたのか、慌てて女性がポケットから何かを取り出した。それは、宙の持っていたものと同じ謎の発光物。彼女がアイと呼んでいたものだ。
 「それは……」
 「この子のシステムを起動します。いきますよ!」
 モニターのすぐ下の“鍵穴”にアイを差し込むと、電源の落ちていた機器類が、命を吹き込まれたように次々と点灯していく。それまで静かだった駆動音が、さながら獅子の咆哮の如き唸りをあげ、まるで心臓の鼓動のようだった。
 すごい。鳥肌が立つくらい、圧倒されて感銘を受ける。これがIDOLの鼓動。これがIDOL。力強い駆動音を耳にすると、言い表わしようのない感情に身体が震える。
 「腕を振り払います、何かに掴まってください!」
 言われた通りに操縦席の支柱を思いっきり握った。掴まったのを確認した女性は、エピメテウスの拘束を脱出するべく、フットペダルと操縦感を一気に押し込む――!
 「……」
 「……」
 二人して沈黙。
 「動いてないみたいだけど?」
 「あらあら~?」
 「ちょっと!?」
 「おかしいですね、しっかり操縦しているはずなんですけど~。こちらからのアクションを受け付けないということは、私に関心を持ってくれてないからかしら」
 「そんな馬鹿な。どっか壊れてるんじゃないの」
 機械に関心などない。あるのは、人間の指示通りに動く忠実さだけ。当たり前のことだろう。それなのに彼女は、必死にヴェルトールに向かって動いてとお願いしている。話しかけている。
 無駄なことを。機械に話しかけてもどうにもなるまい。宙からしてみればそうとしか思えない行動も、彼女にとっては違うらしい。でもそうして機能不良を起こした機械が直ってくれるのなら、この世の修理屋は食い扶持に困ってしまう。
 何度操縦桿を動かしても反応を返さないヴェルトールに、女性は俯かざるを得なかった。無力感にひしがれているのだろうか。宙はそんな女性から目を逸らしてしまった。何もできない自分が情けなかったのだ。ただ守られているだけの自分が、情けない。
 自分にこの状況を打開できる術があれば。
 どうすることもできない宙は、黙って重い空気に身を任せていたが、ふと女性が勢いよくこちらに振り返った。何故だろう。完全に直感だが、妙に嫌な予感が脳裏で閃いた。
 打開できる術があればなんとかするんですね。
 そのように、女性に言われている気がした。あくまで、しただけだったけれど。
 あながち間違ってもいなかった。
 「もう方法は一つしかありません」
 女性は操縦席を立ち、宙に向かってそこを指差して、
 「あなたが、この子を動かしてください!」
 「はぁ!?」
 放たれた言葉の意味は今日一番の驚きを与えるには十分過ぎるものだった。ガツンッ、と後頭部を殴られたような錯覚を覚えたが、すぐに意識を復帰させると、猛烈な勢いで講義した。無理だ、動かせるはずがない、そもそも操縦の仕方すら知らないのだと。
 突然落ちて来たロボットの操縦をするなんて、どこの正義のヒーローだ。確かにそんなテレビや本の中の登場人物に憧れていた時期があるのは事実だけど。少し前の自分なら進んで食い付きそうな話かもしれないが。現実は現実的なまでに現実でしかない。都合よく、正義のヒーローよろしく、なんの知識もない素人が動かせる代物ではないのだ。
 ほれ見ろ、そんなことを考えたら、手が震えている。足が竦む。
 「大丈夫、あなたならきっとできます」
 その手を、先程と同じように、女性の綺麗な手が包み込む。
 発作的な拒絶。その手を振り払おうとした宙だったが、今度は手に込められた力が強く、簡単には払えなかった。触るな、なんでこんな目に遭わないといけないんだ。泣きたくなって、頼むから離してと嘆願した宙は、ところが言葉を詰まらせた。 
 宙を見つめる女性の表情は、宙なら動かせると確信した笑み。私はあなたを信じる。だから私を信じてください。そう伝わってくるような、満面の、一才の曇りのない、星の輝きにも負けない笑顔だった。宙の頬は、茹で上がったように上気する。
 今日出会ったばかりの他人を信じるなんて馬鹿げてる。普段なら一蹴する、欺瞞に満ちた都合の良い言葉。握ってくる手の表わした信用という言葉は、嘘に決まっている。
 なのに、その手を振り払うことができないことが、宙には衝撃だった。
 おそらく、彼女の悪意のない笑顔に、亡き姉の向けてくれた笑顔を重ねて視てしまったのが、原因だったのだろう。
 「私、思ったんです。この子が私達の前に現れた時も、守ってくれた時も、いつもあなたのアイが輝いていました。きっと、この子はあなたに会いに来たんですよ」
 「でも、俺にそんなこと」
 できるはずがない。助けを求めて彷徨った宙の片手が、操縦桿に触れた。

 ――“ ”

 「え……」
 瞬間、ヴェルトールの駆動音が更なる雄叫びをあげた。大きく、高く、荘厳に。まるで宙を鼓舞するために、空気を震わす力強く優しい音だ。応援歌、と宙は呟く。これは応援歌であると。
 声が耳に届いた。歌のような旋律を奏でた声。宙のものでも、女性のものでもない。
 「今、聞こえた」
 操縦桿に触れた瞬間、人肌の温もりと共に、宙だけに聞こえる声で、
 「一緒に行こうって!」
 宙の言葉に頷いた女性は、さぁ、と操縦席を指し示した。空席は、そこに座るべき資格を持つ者を待っている。操縦席をしばし見つめ、己の気持ちを確認した宙は、ゆっくりと腰を下ろし、操縦桿に手を掛ける。触れた時に感じた温もりは、確かにそこにあった。
 「私の言う通りに動かしてください。そこまで難しい操作ではありません」
 緊張故か言葉は出ず、頷きだけで返す。言われた通りにモニターをしっかり見据えると、だが逆に身体が岩のように硬くなってしまった。四肢に神経が行き届いていない錯覚。それが何故なのかは言うまでもない。
 怖いのだ。IDOLを操る決意ができても、付随する恐怖を振り払えるかは話が別だ。初めて乗るにも関わらず、相手にするのはあの獰猛な目で宙達を襲ったエピメテウスであり、金縛りに苛まれるほどの殺気を忘れられるはずもない。
 ……ちくしょう、動けよ。それでも男か天川宙!
 不甲斐ない。こんな時、姉さんならどうするだろうか。ふと、そんな考えが浮かぶ。きっとあの人はどんな苦境でも逃げずに立ち向かうだろう。自分を信じ、勇気を持って。そんな姿に憧れたはずなのに、今の自分はこんな醜態を晒している。
 「情けないわね、男の子でしょ」
 昔はよく孤児であることを苛められた。それを助けてくれるのはいつもマツリで、助けてくれた後、必ずマツリは怒るのだ。泣きじゃくる幼い宙に言うのだ。
 「男の子がすぐに泣いてはダメよ。いい? 宙、男はね――」
 その言葉の続きは。
 顔を上げる。しっかり、今度こそ前を見据える。思い出した言葉に、手が、足が、身体全体に力が入る。そうだ、思い出した。ずっと思い出の中で眠っていた言葉を今こそ解き放て。こんな時こそ、その言葉を胸に抱け!
 「男は――」
 腕の動きに連動する操縦桿を大きく引き、フットペダルにありったけの力を込めて、

 「男は度胸!!」

 双眼に光が奔る。ヴェルトールの両腕が、宙の繰る操縦桿に連動してエピメテウスの腕部を掴み返した。まるで雑魚など相手ではないと言わんばかりのパワーが、エピメテウスの拘束を、いとも簡単に解いていく。操縦桿に伝播する振動。絶大な出力だからこそ生み出される、力の余波だ。
 『パ、パワーが違い過ぎる!? なんなのこのトルク!』
 「うおおおおおおおおお!!」
 恐怖を振り払う咆哮。ヴェルトールは確かにそれに答えたのだ。
 パワー勝負は明らかにヴェルトールの独壇場。掴まれたエピメテウスの腕にひびが入り、遂に圧倒的な握力が、その腕を粉々に握り潰した。黒塗りの五指が装甲の破片を粉砕しながら拳の形へと。決着のついた瞬間だった。
 両腕を失ったエピメテウスは、堪らず背後へと後退する。飛び退る。
 『やってくれたね。まさか、腕を握り潰すなんて。怒ったんだから!』
 「いいかげん、帰れよ! 短足IDOLが!」
 腕を失くしてまだ向かって来る気か。再度の攻撃に構えを取るヴェルトール。ところが、
 『え、この反応、インベルじゃん。エピちゃん達もうやられちゃったの!?』
 うそぉ! という悲鳴と同じくして、ヴェルトールの索敵類にも反応があった。大気圏外より高速で飛来する機影あり。モニターに表示される機体名はインベルとある。おそらく相手も同じ反応を捉えているのだろう。
 ……インベルって、モンデンキントの。
 『この状態じゃ二体相手は無理かなぁ』
 しばしの沈黙。
 『ちぇ、今日はもう帰る! また遊びに来るから、お兄ちゃん、覚えておいてね!』
 「ぜってぇ忘れる。二度と来んな」
 『ひっどーい! 次はぎゃふんと言わせてやるんだから!』
 ぎゃふん、だなんて。いまどき古過ぎる。捨て台詞よろしく、エピメテウスは急旋回すると、慣性制御による瞬間加速によって上空へと昇って行く。宙はその姿が見えなくなるまで、延々と空を眺めていた。
 「助かった、んだ」
 操縦桿から手を離すと、疲れが波のように押し寄せてきた。緊張から開放されたせいもあるだろう。場所が場所なら、そのまま倒れてしまいたかった。
 そんな宙の心情を汲み取ったのか、女性はハンカチを取り出して、額から流れる汗を拭き取ってくれた。
 「初めての操縦であそこまで綺麗にIDOLを動かせるなんて、すごいことですよ~」
 「俺は腕を動かしただけだ。褒められたものじゃない」
 「普通、IDOLを動かすだけでも訓練が必要なんですよ。才能あるんじゃないですか?」
 「あってもしょうがない才能だよ。もうIDOLを操縦することなんて、二度とないし、あってほしくもないし。ホント、今日は厄日どころじゃないだろ」
 「ふふふ、なにはともあれお疲れ様です。インベルがそろそろ降下して来ますね」
 と、ちょうど茜色の雲を突き破って一筋の光が降って来る。紛れもない、純白の装甲を携えたIDOL、インベルである。真っ直ぐに降下して来たインベルは、凄まじい速度を発揮しながらも水面で即座に停止した。ぴたり、と。そこに最初から浮いていたように。海には波一つ、飛沫一つ飛び散りはしない。
 物理法則を無視した機動や事象を可能にしているのは、例の慣性制御の力だろう。インベルとヴェルトール。二機が接近すると、モニターにアイコンが点滅する。
 「えっと」
 点滅の原因は通信だと思われるが、とは言えそれをどうすればいいのか、宙には残念ながら判断できなかった。こういう時はあなたの出番だろう、と女性に目を向けると、期待通り、彼女が身を乗り出して通信回線を開いてくれた。
 結局、彼女が何者なのか分からないな。眉を八の字にして息を吐く宙は、モニターに映った映像を女性の肩越しに覗く。映っているのはインベルのコックピットだろう。どことなくここに似ている。二つの操縦席が前後に配置されたそこに、二人の少女が腰を下ろしていた。その一人に、見覚えがあった。
 「天海春香!?」
 『え、あ、エレベーターの人! なんで?』
 宙は肩を竦めた。もう今日は、これ以上なにが起ころうが驚けない。
 「どういうことか説明してもらえますか?」
 問うたのは、春香と共にいる凛とした長髪の少女である。容姿から察するに春香と同世代であろう彼女は、落ち着いた、大人びた雰囲気が印象的だった。このまま成長すればさぞや美人になることだろう。きりっと鋭く人を射抜く目と、表情の乏しい様子が玉に瑕ではあるが。まさに春香とは対照的な少女だ。
 「成り行きというかなんというか~。とりあえず問題はないので、大丈夫ですよ~」
 「大丈夫って。しかもそちらの方、……男性ですよね」
 「男で何が悪いってんだよ」
 疲れもあってか、妙に機嫌を悪くした宙は、ついつい喧嘩腰で返してしまう。まぁまぁ、と諭された宙は、とにかく女性に全てを任せることにした。
 とりあえず最悪の状況は脱したと見ていい。唐突に事件に巻き込まれたにしては、ケガもなく終わったのは僥倖だ。あとはこのまま、素直に家に帰れれば最高なのだけれど、
 ……無理だろうな。
 密かに嘆息する。緊急事態とはいえ、正体不明のIDOLに乗ってしまった上に、街の近くで小規模な戦闘紛いのことまでしてしまったのだ。インベルの登場を考えれば、おそらく、モンデンキントJPが事件の収拾に動くはず。そうなれば自分も無関係ではいられない。面倒くさいことになるのは、決定済みだった。
 そう考えていると、さっそくそれらしいことが起きた。通信が切り替わり、初老の男性がモニターに映し出されたのだ。白髪で笑顔を携えた紳士的な風貌。
 『対応が遅れて申し訳ありません。こちらも色々と立て込みましてね』
 「いえ、私も居合わせたのは偶然でしたから~。それに操縦してくれたのは、彼ですよ」
 『彼? ……なんとも言えませんね。過去に前例がないことだ。まさか、“男のアイドルマスターとは”。実に興味深い』
 「さっきから男がどうのと……。あんた、何者なんだよ」
 『おや、これは失礼。私はモンデンキントJPで課長を務めております、ジョゼフ・真月と申します。以後、お見知りおきを』
 モンデンキント。大方、予想通りの展開。つまり、ただでは帰れないということ。
 『……まずは場所を移しましょうか。そのIDOLについても色々考えなくてはなりませんし、これ以上騒ぎを大きくするわけにもいきませんからね。ルートを指示しますから、そちらから地下基地へ移動してください』
 頷くより他ない。結局、宙は女性に操縦を教わりながらゆっくりと機体を操作し始めた。
 全てが終わる頃には、夕日はすでに沈んだ後であった。

                    ●

 ガツンガツン、と。忙しく作業する音が大きく響き渡る。高さ六〇メートル以上にも達する空間は障害物もなく音をよく反射させた。IDOLの整備員が行き交う中、宙はキャットウォークの柵に寄りかかって、ハンガーに納められたヴェルトールを眺めている。
 ここはIDOLの格納庫。つまり、東京の地下に存在するモンデンキントJPの基地である。ほぼ非公開となっている基地に滞在を許可されたのは、あくまで成り行き上の問題だ。
 「まさかあんな形であなたと再会するなんて、思いもしなかったですよ」
 そう言って眉を弓なりにしたのは天海春香である。宙の横で一緒に作業を眺めている。
 「それはこっちの台詞だ。どうしてあんたがIDOLに乗ってるんだ、まったく……」
 「一応機密事項なんで、あんまりお話はできないんです」
 「あんたの口から機密事項なんて言葉を聞くとはな」
 「え、私ってどういうイメージなんです?」
 「お気楽な天然娘だ。あとドジも加えてやるよ」
 ぷぅ、と頬を膨らます春香に、宙はふと思い出して、ポケットからアイを取り出して手渡した。
 「これ、あんたのだろ」
 「あ、私の! よかったぁ、どこに落としたのかと思って焦ってたんです。そのせいで千早ちゃんにも怒られちゃったし。インベルにも乗れなくなるところだったし」
 「千早?」
 「ほら、さっき一緒にインベルに乗ってた子。可愛いでしょ」
 「さぁてな。じゃあ、俺と一緒に乗ってた人は?」
 「あずささんのことですね。あ、ちょうどいいところに」
 噂をすれば何とやら。キャットウォークの端に目を向けると、ちょうど彼女が歩いて来る。その隣には二人、千早やジョゼフと名乗った男性も一緒だ。
 「お待たせしてすいません。改めまして、ジョゼフ・真月です。このモンデンキントJP・アイドルマスター課で課長を務めている者です」
 胸に手を添えて一礼する様子はまさしく執事だった。時代が時代なら、中世の貴族に仕えていてもおかしくないだろう。
 「そんなことより、俺の処遇はどうなるのだろうか?」
 ここに待たせられていたのも、それを話し合う時間が必要だったためだ。格納庫に止めたのは、基地内を無闇に見せないためだと思う。それほど、宙は歓迎されているわけではないらしい。ジョゼフはわずかに悩んだ後、
 「その前に少し、お聞きしたいのです。“アイドルマスター”という言葉をご存知ですか?」
 そのような話の切り出し方をした。素直に首を横に振る宙。そういえば同じ単語を、彼女――春香曰くあずさが口にしていたのを思い出す。それが何を意味する言葉なのか、宙はまったく知らない。
 頷いたジョゼフは、すぐ隣で整備を受けるヴェルトールを指差し、
 「アイドル」
 続けて春香達を示し、
 「マスター。ご理解いただけましたか?」
 「つまりIDOLのパイロットのことか。……ああ、合点がいった。道理で、IDOLの操縦に詳しいわけだ。――あずさ、さん?」
 問うと、あずさは困ったように首を傾げて、
 「アイドルマスターであることは、人に言ってはいけないことになってるので~。極秘事項というやつですね。状況が状況でしたし、お伝えする暇もありませんでしたから」
 咳払いを一つ。あずさは宙にしっかり向き直り、
 「きちんと自己紹介させていただきますね~。私は、三浦あずさと申します」
 相変わらずゆったりとした雰囲気を崩さず、間延びする口調であずさは言った。続けて同伴していた千早という少女を示すと、控えていた千早が一歩前に出る。
 「如月千早です。天川宙さん」
 「ん……? ああ、うん」
 妙な違和感。如月千早の印象に食い違いが生じたせいだ。
 千早に対する第一印象は“クールで大人びた人物”であり。目の前にいる、心なしか頬を赤らめている少女ではない。上目遣いの視線には、どこか喜びと期待に満ち溢れたものがあって、まるで恋焦がれた男性に出会った姫君の様相だ。その様子はひどく、在り得ないほどに、千早の印象と噛み合わなかった。
 「どうも“はじめまして”」
 「あ……」
 気に障ることを言ってしまっただろうか? 瞳に宿っていた期待は沈み、一瞬俯いた彼女が顔を上げた時、想像通りの千早の顔があった。感情を表に出さない、表情に乏しい、クールな如月千早の顔が。
 はじめまして、と事務的に答えて、千早はそれ以上余計なことを口にしなかった。
 最初とのギャップに疑問を抱きながらも、追求はしなかった。それより大事なことは、自分の処遇が如何なるものかということ。モンデンキントをただの企業と甘く見てはいけない。国連所属の隕石除去実働組織でもあるのだから、権限は国際レベルで広く強い。しばらくの間、監視をつけられての生活もあるかもしれない。
 警戒心もあり、睨みつけるような視線を向けながらも、しかしジョゼフはにやりと口端を吊り上げる。
 「あなたには、会っていただきたい方がいるのです」
 「俺に? 誰と?」
 予想外の言葉。怪訝な表情を隠さない宙だが、疑問の返答は別のところから返ってきた。ジョゼフ達が通ってきた通路の方だ。
 「私が案内します。彼とは面識がありますから」
 女性だった。緑色の事務員服。ショートカット。昔から知っている人。
 「あんたはッ……」
 ギリ、と歯が鳴るほど噛み締める。宙は明らかな敵意を剥き出しにして、今までの様子からは想像できないような冷たい視線を声の主に突き刺した。
 「音無さん、なんであんたがこんな場所にいるんだ」
 音無小鳥。四年前まで空前絶後の人気を誇ったデュオユニットの一人であり、当時マツリと共に日本中を虜にした彼女は、今や765プロの事務員として働く身であるはずだ。どうして小鳥が、モンデンキントの地下基地にいるのだろうか。
 再度問う。どうしてここにいるのか、と。
 「色々事情があるのよ。色々、ね」
 小鳥は苦笑いを浮かべながら言った。気に食わない、曖昧な態度が癇に障る。宙は苦虫を噛み潰したような表情になって舌打ちする。
 「また、誤魔化すのか!?」
 「ち、違うわ。そんな意味じゃ」
 「嘘吐きの言うことなんて信用できないだろ! 違うって言うなら、あの時の言葉の意味をここで教えてくれよ!」
 意味、分かるよな? 威圧感を込めた、まるで地獄の底から湧き上がってきたように低い声を放つ。
 小鳥は言葉もなく押し黙った。まただんまりか、と宙は身体が灼熱感に苛まれるのを感じる。気づいた時には、小鳥の胸倉を容赦なく掴んでいた。
 「ちょ、宙さん!?」
 このままキャットウォークから突き落としそうな剣幕に春香達が止めに入るが、宙はまったく無視。憤怒の滲む瞳には、苦しそうな小鳥しか映っていない、映らない。
 「分かってるんだ、全部嘘だって。本当はあんた達が姉さんを――」
 四年間貯め続けた恨みが、爆発する。

 「マツリ姉さんを殺したんだ!!」

 格納庫の空気が一瞬で凍りついた。あれほど飛び交っていた整備員達の声も消え、春香達もその意味を呑み込めないようで、ただ宙だけが強い憎しみを顕にしていた。
 小鳥は、思いを馳せるかのように目を瞑り、ゆっくりと宙の手を解いた。言葉を選んでいる。誰から見てもそう思える様子で、やがて彼女は、
 「聞いて欲しいの。本当のこと、全部。それは宙くんの人生を左右するかもしれないほど、大事なことなの。だから、聞いて欲しいの」
 四年前から続く因縁によって、別たれた二人の道が交わる。
 その様子を眺めていたヴェルトールの瞳が、密かに光り輝いたのを、誰も気付くことはなかった。



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