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 第一話 アクト・オン!


 復興暦一〇七年。人類史上最悪の天災ロストアルテミスから、すでに一世紀が経過した。
 人々の記憶から薄れ行く“月の崩壊”という災厄。
 粉々になった月の破片の落下、地殻を変動させる大規模な天変地異によって世界人口の四分の一を葬り、一世紀の年月を経てかろうじて立ち直った人類に今なお牙を剥く。
 崩壊した月の破片が形成する四つの巨大なオービタルリング。通称“コンペイトウ”から降り注ぐドロップ(隕石)は、人類にとって常に破滅をもたらす存在として恐怖された。
 地球を、人類を守るために、国連は隕石除去実働組織“モンデンキント”を設立。後に世界最大の多国籍企業体と化すそれは、降り注ぐドロップの迎撃や復興途上地域への援助を中心に、様々な分野で活躍し、規模を拡大させていった。
 ドロップの対策には各国に迎撃基地が配置され、核ミサイルや光学兵器が主な迎撃方法として確立する。その中で異彩を放っていたのは、条約上核兵器を所有することのできない日本の特殊な迎撃方法であった。
 隕石除去人型重機。その名をIDOL(アイドル)。
 そして、IDOLに搭乗しドロップの恐怖から世界を守る者を、こう呼ぶ。

 ――アイドルマスター、と。


                   ●

 高校の卒業を間近に控えたこの季節。天川宙(あまがわそら)はこれから始まる新しい生活に想いを馳せていた。今まで経験したことのない一人暮らしへの膨らむ希望と仄かな不安。様々な気持ちを抱えながら、しかし一番大きいのは寂しさである。
 宙が十八年間過ごしてきたのは、東京の端にある古い孤児院だった。天川孤児院と呼ばれるその場所で、自分と同様に親のいない子供達を兄弟として、また年長の兄貴分として日々を暮らしてきたのだ。贅沢はできないが、血が繋がらないとはいえ多くの子供達を家族とし育ってきた環境は、決して悪いものではなかった。そう自負している。
 両親の記憶はない。そもそも、まだ泣くことしかできない赤ん坊の時に捨てられた身だ。親のことなど覚えているはずもない。だからこそ宙にとっての家族は、孤児院で共に育った子供達と、孤児院の経営者であり育ての親でもある天川カイエンだけだった。
 三月で高校を卒業する宙は、孤児院を出る。
 孤児院の規則で、高校を卒業したら自立し、孤児院を出て行かなくてはいけないのだ。それも当然。寄付金やその他の援助金から成り立つ孤児院にとって、そう多くの子供を養える資金はない。自分で働き、生活できる歳になれば、自立しなければならないのは自然な流れといえるだろう。
 そんなことを考えながら、宙は長い坂道を自転車で勢い良く下って行く。自転車便のバイトを始めたのはいつの頃だっただろう。初めは少しでも孤児院の負担を減らせればと思った。いや、どうしても欲しいCDに手が届かなかったからかもしれない。とにかく些細なことだったと記憶している。こうして急ぎの書類を届けるのも初めてではない。
 坂を下りきり、車の量が多くなってきた道路を素早く抜けて行く。書類の届け先は、
 「765プロ、か」
 ペダルを漕ぐ足を緩めず、小さく口にしたその会社は有名な芸能事務所だった。特にアイドルの育成に力を入れている事務所で、今まで数多くの有名アイドルを輩出している。今では特に“天海春香”が有名だろう。大ブレイク中の超有名アイドルだ。
 知らず苦い顔になってしまう。765プロには深い縁があった。そう、あった。過去形。四年前の事件さえなかったら、今でも変わらず出入りしていたかもしれない。果ては入社すら考えていたかもしれない、そんな場所。だからだろうか。膨張と縮小を繰り返す心臓の鼓動が、いつもより速く感じるのは。
 そこまで考えて、不意に馬鹿らしくなった。何を今更。感傷に浸っている暇があったら足を動かせ。自転車を前に進めろ。
 自分に言い聞かせ、宙の漕ぐ自転車は騒がしい街中を駆け抜けて行く。
 件の765プロ本社ビルは、新宿の中でも特に大きな部類に入る。太陽の光を反射するガラス張りの建物は眩しく、まさしく硝子の塔だ。もはや太陽の光を吸い込んでいるのではないかと疑いたくなる。太陽光発電でもすればいいのに、と硝子の塔を見上げた。
 四年前までは雑居ビルの三階をオフィスにしていたあの会社が、現在は業界屈指の大手。わずか数年でここまで巨大化したのは異例中の異例だ。けれども宙はそれを認めるのがなんだか悔しくて、嫌味を存分に込めて鼻で笑う。
 「書類を届けるだけ、それだけだ。別にどうってこと……ない」
 さっさと仕事を終わらしてしまおう。自転車を駐車場に止めて中へと入る。ロビーの受付で問い合わせると、配達先の所在は四階であると告げられた。
 エレベーターが降りて来るのを待っている間、ふと考え事に耽る。
 ビルの内装は立派で、バイト先の会社――自転車便の郵送会社と比べるのは憚れるけれど――とは大違いだ。背広を着込んだ人々が行き交うのを眺めていると、自分の存在にひどく違和感を覚えてしまう。昔は、違かった。
 懐かしい思い出が、記憶の海から泡となって湧き上がる。
 昔、煌びやかな芸能界で太陽のように輝く女性がいた。まさしく太陽の如き存在感で人々を魅了して止まなかった彼女は、天川宙にとっての憧れであり、敬愛すべき女性だった。
 だからきっと影響を受けていたのだろう。自分もこの世界で活躍したいと思うまで、そう時間はかからなかった。どうすればあの人のようになれるのか、どうすればあの人と同じモノを見られるのか。試行錯誤をしながら、夢に向かって走っていたあの頃が懐かしい。
 ……けれどもその夢は、今はもうどこに消えてしまったのか知らない。
 挫折したわけではない。絶対夢を叶えるという気持ちに揺らぎはなかった。
 ただ、宙の前から彼女がいなくなっただけ。
 当時は眩しいほど輝いていた目標。いつかは自分もあの頂点へ。いつかは必ず追いついてみせる。いつかは、いつかは、いつかは――。
 嫌な記憶が頭の中で何度もリフレインする。異様なまでに黒く沈んだ空気。泣いて悲しむ大勢の人々。そしてそれを静かに眺めている自分。馬鹿げている。その“中”には何も入ってない。だからどうして悲しむことができるものか。こんなにたくさんの人が悲しんだって、その“中”に何も――!
 「君、ちょっと邪魔だよ」
 「っ! す、すいません……」
 いつのまにか目の前の扉が開いていた。エレベーターから降りる人々の邪魔になっていることに気付いて、慌てて横に退くと、冷めた視線を向けながら人の群れが吐き出されて来る。自分が異分子であることを強調されているようで、余計に息が詰まってしまう。
 宙はどうにも言い難い気持ちになって頭を掻いた。
 ……ホント、どうにかしてるよ。
 今日はなにやらおかしい日和らしい。そういえば、朝は古くから愛用している目覚まし時計がとうとうご臨終なさったし、そのせいでバイトにも遅刻しそうになった。おまけにどうしたのか、今日はいやに感傷的だ。
 頭を振って、ついでに頬も叩き、人のいなくなったエレベーターに乗り込んだ。
 確か四階だったか、とボタンを押す。他には誰も乗る気配がなかったので、扉を閉めようとすると、
 「あ、ちょ、ちょっと待ってくださーい!!」
 「え?」
 唐突に叫ぶ声。続いてなにやら慌ただしい足音。首を傾けて扉の向こうを覗くと、凄まじい勢いでこちらに突貫、もとい走って来る女の子の姿が。
 「エレベーター乗りまーす!」
 騒がしい娘もいたものだな、と適当に思ったが周囲は微塵も気にした様子がない。見慣れた光景だと言わんばかりの雰囲気だった。“開”ボタンを押して彼女に再び視線を戻せば、何故だか分からないが、所謂第六感的に危険の二文字が頭に――。
 「間に合っ、と、わわ!?」
 予感は的中した。
 「ちょ!?」
 オブラートに包んで表わすと少女が目の前で躓いた、何もないところで。もっと直接的に表現するならば、唐突に、少女がなんら無防備な宙の腹部にヘッドダイビングで特攻した。表現の誤りではない。文字通り、特攻、だった。
 それはそれは文句のつけようがない素晴らしい出来だったからして、突っ込まれた宙は綺麗にへの字に折れ曲がってそのままエレベーターの中にぶっ飛んだ。見事にストライク。
 またあの娘か。可哀想に。そろそろ対策を講じないと被害は増える一方じゃないか。寸劇にも似た今の光景を傍観していた人々が気の毒そうに、口々に宙を哀れむ言葉を発する中、エレベーターは静かに扉を閉めたのだった。
 「あ、あの、大丈夫ですか?」
 あたふたと、少女は心底申し訳ない面持ちで尋ねてきた。狭いエレベーターの中で一人腹を抱えて悶絶している宙(誰が見ようとまさしく珍妙な光景である)は、肺から追い出された酸素を取り戻すべく口をパクパク動かして、低く呻きながら、
 「この状態が大丈夫だと、ゲホッ! 思うなら、ゲホッ! ゴホッ! 一度視力検査、う、受けた方がいいと思う」
 「一応学校の視力検査はいつもAです」
 「そういう問題で言ってんじゃねぇよ!」
 検査すべきは頭の中身か。酸素を暴食するついでに思わず怒声をあげる酸欠状態の男が一名。声を荒げるものだから、余計に苦しくなって、咳き込む。こんな状態に追い込んだ少女に怒りを感じてまた怒鳴り、また咳き込む。悪循環。
 「すすす、すいません!」
 咳き込みながら凄まじい剣幕で怒鳴りつける宙に、少女は顔も見えないほど深々と頭を下げた。危うく胃の中身がリバースしかねない強烈なヘッドダイビングなど誰が予想しようものか。事故なんて生易しい言葉では済まされない。災厄の域である。
 「ほんと、私ドジで慌ただしくて。本当にすいません!」
 「自分のドジを自覚している奴ほど面倒くさい奴はいねぇって誰の受け売りだったか。頭痛いと思ったらタンコブまでできてるし。まったく、おまえなんなんだよ!」
 わわわごめんなさい、と少女は再び頭を下げる。少女はそのまま頭を上げない。息を整えながら彼女を見れば、自分より小柄な身体が震えているのが分かる。己の過失とはいえ、大の男に怒鳴り散らされたらそれは怖いに決まっているだろう。宙は唇を尖らせて、溜息を吐いた。
 「……ったく、今日は厄日だ」
 「ごめんなさい」
 シュンとして小さくなってしまった少女は、頭を下げたままもう一度、ごめんなさい、と謝った。さすがの宙もここまで謝られるとこれ以上怒る気にはなれない。それくらいの分別はあるつもりだし、あってほしい。甘いかな、と肩を落としながら、
 「ああ、まったく、もういいよ。……怒鳴ってごめん」
 「いえいえ、そんな! 私が全面的に悪いんですから怒るのは当たり前です」
 と、そこで少女はやっと顔を上げた。肩まで伸ばした栗色の髪で、この時勢には珍しい明るい色のリボンを頭の両端で結んでいる。白いキャミソールの上に淡い青のGジャン、ピンクチェックのプリーツスカート。全体的に小奇麗で、やや幼さの残る顔立ちといい、頭のリボンといい、実に女の子然とした印象を受ける。
 はて、どこかで見たことがあるような。と、そこまで考えて、はっとした。いや、驚いた。宙は少し言葉に詰まってから、もしかして、と前置き、
 「もしかして天海春香?」
 「あ、えっと、はい。そうです。私、天海春香です」
 「うわ、芸能人。……ってここ芸能事務所だっけ」
 天海春香。現在765プロが売り出し中の大人気アイドル。一年前のデビューを契機にトップアイドルの道を直走る少女。明るく親しみのある性格からか、同世代のみならず高齢世代にも人気があり、曰く、孫娘らしさがポイントであるとか。一日に三回は転ぶ。
 「最近ではドラマにも出演。昨年度ベストリボンアワード受賞、だったっけ?」
 「わ、すごい! もしかしてファンの方ですか?」
 どうなのだろうか。一言でファンであると胸を張っては言えない。礼に漏れず、孤児院でも彼女は人気者であり、広間のテレビにはいつも映っている気がする。小さな弟分達が好んで見ているのを、傍で一緒に眺めているのも確かだし。趣味で芸能関係の記事や情報を集めることが多いから、よく知っている。
 芸能関係、詳しいんだ。そう曖昧な返事をした後で、本人を前にその言い草もないな、と思い直す。こういう時、気の利いた台詞というのも簡単に浮かばないものだな。
 「弟達が好きだから。えっと……昨日の歌番組で聴いた新曲、良かったよ」
 「え、本当ですか? あれ私のお気に入りなんです!」
 今までの沈んだ表情から一転、屈託のない笑みを浮かべて、春香は宙の手を掴んでブンブンと振り回した。その表情の、なんて嬉しそうなこと。こちらの方が呆気に取られてしまうくらいの上機嫌。たった一人、熱烈なファンでもない男の褒め言葉を、感動の一言では表わせないくらい喜ぶトップアイドルの姿が、そこにはあった。
 ……良い子、なのだろうか? それとも単純なのだろうか?
 人の注目を集める人気者には二種類の人間がいる。周りの人間と同じ土台に立ち、等身大である人間。もう一つは、圧倒的カリスマで否応なく人々を魅了する人間。天海春香は前者の人間なのだろう。純粋で、言葉を変えるなら庶民的。それこそが彼女の人気の秘訣なのだろうと、その時は思った。
 「ん?」
 ふと、宙の足が何かを踏みつけた。視線を下に降ろすと、踏んでいたのは自分の財布だった。はて、落としたか。などと思ってみれば、エレベーターの床にはあらゆる荷物が散乱しているではないか。たぶん、彼女が突っ込んできた時にそうなったのだろう。
 「荷物が飛散してえらいことに……」
 「悲惨な状態でもありますね」
 「それ、あんま上手くねぇから」
 二人が荷物を拾おうと身を屈めた時、到着のアナウンスと共にドアが開いた。見れば、エレベーターに乗ろうとしていた人達が何事かと目を丸くしている。宙は引きつった笑みを浮かべると、速やかに荷物の回収にかかった。
 なんとか荷物をまとめてエレベーターから降りると、まだ少し腹が痛んだ。宙が顔をしかめていると、春香はどうにも申し訳ないといった面持ちで、
 「あの、しっかりとしたお詫びをしたいんですけど。私にできることはありませんか?」
 「じゃあサインくれ。ウチには喜ぶ奴がたくさんいるから」
 「……その程度のことでいいんですか? 本当に、サインだけで?」
 「いや、ってか、その程度って。それ聞いたら全国の天海春香ファンが泣くと思うけどな」
 「サインくらいならファンの方々全員にあげますよ!」
 この娘は自分の直筆サインが一体いくらで出回っていると思っているのか。まぁ、それも無粋な話だ。せっかくの土産を、売る気はないし。
 彼女は純粋というより天然だな、と頷いてみる。なんで頷くんですか? いや、絶滅危惧種に相当する人に出会ったから。それどういう意味ですか! なんて、そんな会話の応酬を楽しむ自分がいる。不思議と悪い気分ではなかった。天海春香というアイドルの、輝きの一端に当てられたのかもしれない。
 とはいえ、ずっとこうしているわけにもいかない。腕時計を確認するとわずかに焦る。まずい、遊び過ぎた。書類を届ける約束の時刻まで、あと少ししか残っていないではないか。そういえばサインを書いてもらえそうな物も持っていない。すまない、弟達よ、サインはお預けのようだ。春香に適当に言い訳し、踵を返したところで、
 「あら? 春香ちゃん、こんなところでどうしたの?」
 目の前の廊下から、緑色の事務服を着たショートカットの女性が立っていた。タイトスカートから伸びた足はすらりと長く、目元には泣きボクロ。事務員にしておくのはもったいないほどの美人である。
 が、宙はその“よく知る人物”に言葉を失った。ただ胸の辺りに鉛が落ちてきたかのような息苦しさを覚えて、唇が乾いた。考えれば分かることじゃないか。ここでこの人が働いているのは想像できたはずだ。こんなところで、だらだらと時間をかけていた自分に腹が立った。そうすれば“会うこともなかった”のに。
 会いたくなかったのに。
 「ちょっと色々あって、えへへ。小鳥さんはどうかされたんですか?」
 「ええ、書類の郵送便が来るはずなんだけど、遅いから様子を見に来たのよ」
 ふと、その女性音無小鳥が宙に目を向ける。次の瞬間、宙を映す瞳が一瞬奇妙に揺らいで、表情が目に見えて凍りついた。まるで幽霊でも見てしまったかのように、顔面蒼白。
 「そ、ら、くん」
 「……依頼の書類をお届けに参りました。サインをお願いします」
 対して宙は冷静に。いや、能面を貼り付けたようにひどく無表情で言った。感情のこもらない、低く、冷めた声。突き刺すような視線。
 小鳥は証明書にサインしたが、手が震えてうまく字が書けなかった。それでも宙は乱暴に証明書を引ったくり、小鳥を一瞥した。まともに顔を見ることができないのか、彼女は視線を逸らしたまま、怯えたように震えていた。
 「では、失礼します」
 「宙君、待って」
 背を向けて立ち去ろうとしていた宙は、呼び止められて足を止めた。宙は振り返らず、何か用ですか、とだけ淡々と返す。
 「一度ちゃんと話がしたいの。だから、その」
 「……今更」
 ギシリと、砕けそうなほど歯を噛み締めた。言いようのない黒い感情が、蓋をした心からドロリと溢れてくる。嫌な気分だ。吐き気を催すくらい、嫌な気分だ。
 「今更何も、話すことなんてないですから」
 それだけ言って、宙はエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まる直前、背中越しに小鳥がどんな顔をしていたのか宙は知らない。

                    ●

 宙が立ち去った後、しばらく小鳥は動けなかった。手を見るとまだ少し震えていて、四年前に見た、まったく同じあの瞳がフラッシュバックする。
 「小鳥さん、あの人とお知り合いなんですか? なんていうか、その、とっても険悪な雰囲気が……」
 「彼は、私の親友の弟で、宙君って言うの。私、彼に嫌われて――、憎まれてるから」
 「に、憎まれてる?」
 信じられない、と目を見開く春香。春香の知っている小鳥は、優しくて周りに気配りができて、誰でも憧れるような大人の女性だ。小鳥のように聡明な人物が他人に憎まれるなんて考えられない。しかし先程の雰囲気を見ても、二人の仲が安穏としたものではないことくらいは、はっきり感じ取れた。
 春香は聞いた手前、なんと言えば良いのか判断がつかずしばらく黙っていたが、小鳥の携帯端末が鳴ったのはそんな時だった。また同時に、小鳥の表情が一瞬で険しいものに変わる。携帯端末の画面に映し出されていたのが、通常時は使われることのない非常用通知だったからだ。765プロの“本業”のための。
 素早く電話に出ると、前置きを省いて用件だけが来た。
 『モンデンキントAUSから迎撃支援要請です。すぐ管制室に来てください』
 「了解。春香ちゃんも一緒ですから、すぐにそちらへ向かわせます」
 視線で促し、指で“下”を指すジェスチャーをすると、春香も察しがついたのか、頷いてエレベーターに飛び乗った。行き先は下へ。このビルの“本体”へ。
 一度通話を切って、思い悩んだ末、小鳥は再度携帯端末を操作した。
 「もしもし、音無です。高木社長に繋いでもらえますか?」
 しばらく待って、
 『やぁ、小鳥君。どうかしたかね。出動要請がかかっていた筈だが?』
 「すいません、お伝えしたいことが。……ついさっき、宙君に会いました」
 『天川宙君かね。彼、どうしていた?』
 「立派になっていましたよ。背も高くなって、すっかり大人になっていました」
 苦々しく唇を噛んだ小鳥は、
 「私達は、いつまで彼を騙し続ければいいのでしょうか……?」
 君のせいではない、堪えてくれ。電話越しの声に、小鳥は静かに目を伏せた。

                    ●

 東京の地下深く。そこにモンデンキントJP(ジャパン)の広大な施設があることは、実は一般レベルでよく知られている。だが知られているのは存在だけで、内部がどのような構造なのか、詳細な設備、あるいはそれらに関連する情報は、もちろん一部の関係者にしか開示されていない。
 故にその入り口が、有名な大手芸能事務所のビルにあるなどと誰が予想できようか。
 そこで働く職員の素性についても同じくだ。小鳥を乗せたエレベーターは、通常とは比べ物にならない速さで降下して行く。本来一番下の階である地下駐車場はとっくに過ぎており、階数を表示するパネルには、代わりに赤いランプが点灯中。
 やがてエレベーターが止まると、ドアの先には白い通路が延びていた。まるで病院のように清潔な白で統一された通路は、ビルの中とは似ても似つかない。なにより、デザインが妙に近未来的だ。通路の突き当たりを曲がると、そこには“管制室”と英字で書かれた扉があり、小鳥は自動開閉するそれをくぐった。
 広がったのは、今度こそ芸能事務所のビルとはまったく縁のない場所だった。
 通路とは対照的に無機質な鈍色で彩られ、それは各々に配置された機材のものだ。入り口から見て正面の壁には超大型スクリーンが備え付けられ、部屋の中央を囲むようにディスプレイやコンソールを含む管制機器が、ある種壮観なほど整然と並べられている。
 そこには人もいた。皆オレンジ色を基調とした制服を着て、並べられた機器類を操作している。男が一名に女が二名。その実、宇宙工学を始め様々な分野でエリートと表される彼らは、この仕事には欠かせないオペレーターを務めている。
 最初に小鳥の到着に気付いたのは、執事のような装いをした初老の男性だった。黒色が抜けて白くなってしまった髪は綺麗に整われ、彼の紳士的な雰囲気を更に強くしており、ピンと伸びた姿勢ははつらつとした意気の良さを感じさせる。
 彼の名はジョゼフ・真月。モンデンキントJP・アイドルマスター課の課長であり、この管制室において小鳥達を束ねる司令官でもある。
 「遅くなって申し訳ありません」
 「今、マスター達の搭乗が完了するところです。あなたも持ち場へ」
 首肯し、小鳥は自分が担当している席へ座った。モニターに表示されている情報を即座に読み上げると、現状を瞬く間に把握する。
 「アイドルマスター二名、“インベル”に搭乗完了」
 大型モニターに映っているのは、白く巨大な人型だ。四〇メートルにも届こうかという巨体。特徴的なのは、二の腕に装備された打撃用の巨大なセカンドアームである。
 IDOL(アイドル)。それがこの巨大な人型の名称だ。
 月が崩壊し、その破片が地球に落下する危機に見舞われて一世紀。それらに対応するために設立された世界最大の多国籍企業体“モンデンキント”。その日本支部において、ドロップ(隕石)迎撃に使用されているのが、この隕石除去人型重機IDOLである。
 そしてその搭乗者は、
 『アイドルマスター両名、いつでもいけます!』
 パッ、とスクリーンに映し出されたのはリボンが目立つ十六歳の少女。そう、先程別れた天海春香その人だ。パイロットスーツを着込み、IDOLの無機質なコックピットで握り拳を作りながら、ヤル気満々であることを誇示している。
 『気合を入れすぎてミスしないでね。それでなくとも遅れてきた上に、“アイ”をどこかに落としたなんて信じられないわ。予備がなければIDOLに乗れなかったんだから!』
 『ち、千早ちゃん。それを言わないでよぉ』
 コックピットにはもう一人、長髪の少女が座っていた。名を如月千早。普段は冷静かつ寡黙でクールな彼女だが、今日は春香が遅れてきたことに腹を立てているようだ。春香が遅れてきた理由に、一人の青年が関わっていることを彼女は知らない。
 機嫌が悪い千早と、それをなんとかしようと慌てる春香を見て、管制室の誰もが嘆息した。ドロップ迎撃という重大な任務を担うにしてはあまりにも緊張感に欠ける。
 と、ふとコックピットのモニター類に映像が連続で映し出された。どれも千早と春香が一緒に笑っている映像である。それを見て、千早と春香から自然と笑みが漏れた。
 『大丈夫だよ、インベル。別に喧嘩をしてるわけじゃないから』
 『そうよ。だから安心して?』
 応じるように計器類が点滅した。まるで了解したとでもいうように。
 「インベルは二人のことを心配したのですな。仲が良いのはよろしいことです」
 やり取りを微笑ましく見ていたジョゼフは爽やかに笑って見せて、
 「だからこそ、彼女達に任せられる」
 執事のように折り目正しい紳士は、満足気に言った。
 「では、彼女達を輝くステージへ。インベル、アクト・オン(発進準備)スタンバイ!」
 その一言で全てが動き出した。ハンガーに吊るされていたインベルが、レールを伝ってカタパルトへ運ばれて行く。機体を固定していたフックが外れると同時、インベルは飛行形態に変形。カタパルト上に静止。連なる誘導灯が光る先には、地上へと続く滑走路が続いている。
 『行くよ、千早ちゃん!』
 『いつでもいいわよ、春香』
 お互い確認を取り、操縦桿を再び握り直す。そして、
 『インベル、アクト・オン!』
 瞬間、インベルはカタパルトの力を得て、凄まじい速度で発進した。滑走路を疾駆するインベルは瞬く間に地上へと抜け、東京の上空に舞う。
 見る見る高度を上げていくインベル。その速度はロケットなど及びもしない。そんな圧倒的な推力であるにも関わらず、二人はGをまったく感じていなかった。
 それはIDOLの持つ重力と慣性を制御する能力のおかげであり、構造上、無理のある巨大な人型を維持できるのもこの能力のおかげなのだ。
 二人の少女を乗せた白亜の巨人は、やがて大気圏を突破して行った――。

                   ●

 宙には血の繋がらない姉がいた。ただ捨てられた時期が一緒だった、それだけの関係。しかしそれでも、お互いそこにわずかな共通点を見出したのか、二人は他の子供達以上に親しかった。まるで、本当の姉弟であるかのように。
 彼女は、名前をマツリと言った。
 天川マツリ。後に日本の音楽史に残る偉業を成し遂げ、日本中を魅了した稀代のカリスマアイドル、その人である。芸能界に燦然と輝く太陽。その活躍は筆舌に尽くし難く、未だに根強い人気を誇っている。人々の注目を集める二種類の人間でいうならば、天川マツリは完全に後者に該当する人物だっただろう。
 宙の知っているマツリは、勝気な性格で負けず嫌いだったが面倒見も良く、子供達がケンカをするといつも仲裁に入った。孤児という自らの生い立ちを恥じることなく、むしろ天川孤児院で暮らすことを誇りに思っていた彼女は、故に誰からも慕われて、どこに行っても人気者だったのが印象に残っている。
 圧倒的存在感。完全無欠の偶像。そして宙にとってのヒーローであり、憧れだった。
 そんな彼女の成せる業か。マツリが高校を卒業する一年前、彼女は芸能事務所にスカウトされた。小さな事務所からのデビューではあったが、アイドルとして芸能界に飛び入ることをマツリは喜んだし、姉の嬉しそうな姿が宙には誇らしかった。まるで自分のことのように喜び、幸せだった。
 マツリと、当時からの親友だった音無小鳥の二人で結成されたデュオユニットは瞬く間に人気を博し。売り出した楽曲はデビューから一年で二度のミリオンヒットを達成。活動は国内だけに止まらず、海外へのデビューも控えていた。
 もちろん仕事は多忙を極め、高校を卒業した後、孤児院を出たこともあって、宙とマツリの会う機会は日に日に少なくなっていった。それでも宙は寂しいとは思わない。むしろテレビの向こうで歌う姉の姿に、幸せな充足感が湧き出てくるのだ。
 あれは俺の姉さんなんだ、と。彼女と姉弟であることがなによりの自慢で、いつだってマツリは宙の目標だった。気高く、優しく、姉であり、母でもあった彼女の存在は今も心に刻まれている。彼女のように在りたいと、後姿を追いかけて続けたのだ。あの人に認められたいと、ただその一心で。
 ある時、マツリが忙しい仕事の合間をぬって孤児院に遊びに来たことがある。その夜、マツリと宙は孤児院の屋根の上で、寝転びながら会話を交わした。
 「最近ね、よく星を見る機会があるの」
 「星を?」
 「そう、星。視界いっぱいに広がる星の輝き。それはとてもとても綺麗で、いつも心を奪われるの。いつか、宙にも見せてあげたいわ」
 「見られるといいな。姉さんの目に映るもの、全部知りたい。……だから、孤児院を出たら765プロで働きたいと思ってるんだ。高木さんも小鳥さんも良い人だし。そうしたら、姉さんと同じところにいられる。同じものを見られると思う。できるかな?」
 「きっと、大丈夫。宙ならきっとできるわ。だって、私の弟だもの」
 まだ幼さの残る顔で、宙は満面の笑みを浮かべた。マツリも同じく笑って、二人でずっと宇宙に瞬く星を眺めていた。
 ずっと、この瞬間が続けばいいのにと、思っていたのに。
 ――それが最後の会話になるだなんて、その時は考えもしなかった。
 天川マツリは死んだ。撮影中の事故、だった“らしい”。
 宙は自転車を押しながら、延々と四年前を思い出していた。マツリの死は何故か詳しいことも分からぬままあやふやに終わった。宙の知っている事実は、彼女の遺体が帰って来なかったこと、それだけである。
 そうして宙は夢を失った。今はこうしてただ現実を生きている。
 不意に突風が吹き抜けた。空を見上げれば、そこには天高く飛翔する白い鉄(くろがね)。IDOLがドロップの迎撃に向かったのだろう。
 「今月でもう三回目か。最近は物騒になってきたな」
 ドロップの落下頻度が最近多くなってきた、というニュースを思い出す。月の破片から生み出された地球を囲むオービタルリング。そこから飛来する隕石、通称ドロップの落下は世界規模の問題として定着している。
 頭上に数百メートル単位の岩塊が星の数ほどあるのを考えると身震いもするが、とはいえその危機感は薄い。
 「そりゃ、地元にドロップが落ちてきたことなんて一度もないし」
 独り言を呟いて、宙はバイト先の事務所へ向かった。今日の仕事はこれで終わりである。事務所に着くと、早々に荷物をまとめた。あまり良い気分ではなかったので、気分転換を兼ねて散歩しながら帰ることにしたのだ。
 「ん……?」
 荷物をまとめている時である。鞄の中から、見知らぬ楕円状の物体が出てきた。銀色で、手に取ってみると軽く、中央には茜色に輝く細長い結晶体が収まっている。身に覚えのない物に首を傾げた時、ハッとした。
 「これもしかして、天海春香の物じゃ?」
 そういえばエレベーターで荷物がばら撒かれた時、急いでいたあまりろくに確認もしなかった。紛れ込んだのはその時か。まいったな、と額に手を当てる宙。
 それを頭上に掲げて眺めると、結晶は淡く輝いている。淡い暖色系の光は不思議と心を落ち着かせてくれた。人肌の温もりのようでもあり、懐かしく楽しい記憶を思い起こさせる、忘れかけていた包みこのような暖かさ。
 とりあえず、宙は事務所を出た。しばらく湾岸沿いの道を歩きながら、これからどうするか思案する。この辺りはロストアルテミス以前、月島やお台場と呼ばれていた地域で、ドロップ落下の影響で水位が上がり沈没した場所でもある。目を凝らすと、飲み込まれた建物の残骸が海の中に垣間見ることができた。
 「気は進まないけど、とりあえず本社ビルに戻ってみるか。本人に会えなくても、誰か関係者に渡せば事足りるだろうし」
 仕方がない。行動あるのみ、だな。さっそく踵を返した時、
 「あの~、すいません」
 不意に呼び止められて、宙は声の主に振り返った。
 「765プロ本社ビルに行くには、どの道を行けばいいのでしょうか?」
 間延びした口調でゆっくりと問うてきた女性に、宙は一瞬言葉を失った。
 長く伸びた黒髪は絹のように艶やかであり、肌は透けるように白い。やや下がった目尻も際立って、端正な顔立ちはとても優しそうに見えて。先程出会った天海春香を可愛らしいと表現するならば、こちらは目のさめるような美人だ。胸が高鳴り、早鐘を打つ。自然と頬が赤く染まったことに宙自身は気付いていないだろう。
 「本社ビルですか?」
 なんとか上擦らないように声を出すと、女性は頬に手を当てて、
 「どうやら迷ってしまったらしくて……。池袋の仕事場を出た時にはしっかり確認したんですけど~」
 「池袋? それってここから反対方向じゃないですか。ビルのある新宿、とっくに通り越してますよ!」
 「あらあら、道理でおかしいと思いました~。二時間近く歩いているのに一向に着かないんですもの」
 それで理解した。この人は極度の方向オンチなのだと。一体どんな風に土地勘狂ったら迷うんだよ、とげっそりした表情で、とりあえず近くのバス停までの道順を教えようとしてやめた。彼女はその道順でさえも間違えるかもしれない。十中八苦、予感が当たるだろうと妙に納得できた宙は、
 「よければ案内しましょうか? ちょうど、俺もそこに行く予定だったので」
 「まぁ、本当ですか? ありがとうございます~。――でもこれって、もしかしてナンパなのかしらぁ?」
 「違います」
 なんだか浮世離れした人だなぁ、などと思いながら。宙は女性を連れて歩き出した。
 その時である。ズボンのポケットから暖色系の淡い光が漏れ出した。慌てて取り取り出してみると、例の結晶が先程とは比べ物にならないほど瞬いているではないか。神秘的な深みを持って発光する結晶はますます輝きを増して、どうしようもなく宙が戸惑い。
 ――それは来た。
 刹那、言いようもない激震が大地を揺さぶった。続けて耳を貫く轟音。爆発を連想させる大音響に、堪らず宙と女性は地面に倒れ込む。突如として襲ってきた異変に、宙は身の肌がよだつのを感じ、逆立ち、敏感になった感覚が何かを捕捉。一瞬の出来事を、混乱する頭が理解しようと熱を帯び、ただ唯一、言葉が去来する。
 落ちて来た。
 「何かが落ちて来た!?」
 反射的に叫んだ宙が顔を上げると、まさに目の前で、海から壁のように立ち上がった水柱が異変を表わしていた。一拍置いて、大量の飛沫が雨のように地表を打ち付けていく。何が起こったのかと、呆然とした宙は、やがて水柱の中から現れる威容を、確かに見た。
 巨人。宙は思わず呟く。紛うことなく、それは巨大な人型であった。
 見上げるほどに巨大な姿は闇の如く漆黒。鋭角的なシルエットは凶悪なまでの威圧感を感じさせる。その、西洋の鎧騎士とも日本の鎧武者ともつかない、とにかく鎧然とした人型に言葉が出ない。人の形をしていながら、戦車や戦闘機のように無骨でありながら機能美を兼ね備えた姿は、まさしく機械のそれだ。
 両肩に装備された巨大な盾と、腰に備えられた翼状の推進器。人とも似つかず獣染みた、あるいは二つを融合したような頭部。後方へ反れる逞しい角や、頬部から張り出した一対のフェイスガード。人型で在らんとする機体と矛盾しているそれらの部位。それだけで見る者を圧倒する異種異様な存在感。
 だが対照的に、巨人の纏う雰囲気には、優しさに似た何かを感じた。
 巨人の頭部から覗く緑光色の一対の瞳は、ただ真っ直ぐにこちらを向いている。巨人。いや、“巨大な人型機械”は、やがて悠然と水面から立ち上がった。
 宙達に影を落とす姿を見て、
 「IDOL、なのか?」
 噛み締めるように呟く宙の手の中で、結晶が一際輝いていた。



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