FC2ブログ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

9/5に仙台で開催される細かすぎて伝わらないアイマスオンリー。そこに出展する作品の冒頭サンプルです。続きが気になった方は、是非買いに来てくださいね(てへっ♪


表紙 B5  サイズ( 188  × 263 )完成



 君が聴こえなくなる前に。


 耳のないウサギに耳を喰い千切られる、そんな夢を見た。
 耳を奪われ、途端、あらゆる音が意味を失って世界が静寂に満たされる。いや、静寂などと生温い表現では足りない。これは無音だ。痛みに呻くより、如月千早はそのことに絶望を禁じ得ず、泣き喚いた。
 音を失うのは歌を、強いては命を失うのと同義である。音楽を追求し続けることこそ人生の意味である千早とって、音が意味を成さない世界に生きている価値はない。冗談ではなく、命を絶とうとさえ考えた。そんなうたかたのような悪夢が、頭にこびりついて離れなかった。
 そんな悪夢を見たものだから、寝覚めは最悪以外の何物でもない。喘ぎながら目蓋を開けた如月千早は、べたついた寝巻に顔をしかめた。部屋の窓から覗く風景は薄い藍色で、夏の蒸し暑さが早朝から仕事を始めている。ベッドから抜け出し、部屋を出て、しんとした自宅の階段を下りる。向かったのは風呂場であった。
 衣服を脱いで頭からシャワーを浴びると、ぼうとした頭が芯からほぐされていくのを感じる。すると途端に夢の内容が脳裏を掠め、耳を喰い千切ったあのウサギの姿を思い出して身震いし、咽喉まで込み上げた悲鳴を辛うじて抑えた。
 自室に戻ると、もう眠る気にはなれなかった。音楽プレイヤーのスイッチを入れ、耳を覆うヘッドホンから流れ出る音楽に身を浸し、夢の内容を洗い流してほっと一息。手持ち無沙汰を嘆き、仕方がなく今日の予定を反芻する。
 忙しくなるのは午後からで、午前中は何もない。プロデューサーが気分転換をすべきだと半休をくれたのだ。貴重な休みではあるが、特にやりたいことがあるわけでもなく、どうやって時間を潰そうかと千早は首を捻らなくてはならなかった。
 如月千早はアイドルである。十五歳。今年高校生になった。“歌姫”なんて肩書きを与えられる程度には有名であることを自負しているが、それがどうしたことか、最近は仕事を減らしてレッスンを重ねるだけの日々が続いている。
 俗に言うスランプであるということは嫌でも実感させられていた。声の張りがないだとか、高い声が存分に出ないだとか、技術的な悩みはもちろんあったけれど、一番の悩みはもっと抽象的な問題だ。つまり歌が奔らない。何を歌っても納得がいかない。
 今までそういうことは数多くあったけれど、今回は飛び抜けて大きな違和感が千早を苦しませていた。――部屋の隅にある机を見やると、無造作にカッターナイフが置かれている。何度かそれを手に取りたくなるほどには、千早は崖っぷちなのだ。
 「静かね……」
 両親は離婚して、もうこの家には片割れしか残っていない。その片割れの人も、今は死んだように眠っている。あの人達の気持ちが如何なるものなのか、まだ考える余裕が、千早にはなかった。代わりに午前中は何をしようかと考える。
 しかし千早は愕然とした。休日の過ごし方を、すっかり忘れてしまっていたからだ。
 仕事が忙しかったこともあるけれど、仕事以外にやりたいことがないとは開いた口が塞がらない。
 これは考えても埒が明かないぞ、と。親が目覚める前に家を出て、始発の電車で事務所近くの駅まで行き、喫茶店でぼんやりとしたり、開店したCDショップを見て回ったりしてみた。特に楽しいことなんてない。――ないけれど。
 その直後の出来事だった。
 「あなたの歌を聴かせてくれませんか!」
 白昼堂々、道のど真ん中で、前触れもなくそう叫ばれた。
 友達なんていない、たった一人で有意義とは程遠い時間を過ごしていた千早にとって、誰かに声をかけられること自体そもそも想定外であった。
 さすがに千早も訝しげな表情を取ってしまう。道行く人々が何事かとこちらを横目に見ながら過ぎて行き、声をあげた千早と同年代と思しき少年は、視線を向けると茹蛸のように真っ赤になったので、なるほど、突発的な行動だったのだなとすぐに理解した。
 千早は反射的に思考。拙いぞ。そう思い至った。ばれたかもしれない。
 如月千早は芸能人であるからして街中を歩いている時でも気を抜けない。ある程度変装しているとはいえ、一人の時にファンから囲まれでもしたら、それはもう抜け出すことさえ困難なのだ。
 「悪いけれど、私、歌えないわ」
 自分の歌を多くの人間に聴いてもらうことが千早の喜びではあるが、今はどうしてもだめだ。スランプを抱えた不完全な状態を晒したくはない。
 「……そうですよね、ごめんなさい」
 しゅんとなった少年は慌てて頭を下げた。彼があまりにも深々と頭を下げるものだから、もしかしたら、私の歌は簡単に歌えるほど安くはないのよ、などという意味に取られたのかもしれない。誤解されるのも気分が悪いので弁解しようという心算も働いたが、通行人の一部がこちらを指差しているのに気づき、千早は脱兎の如く逃げ出した。
 脱兎。今朝の夢の内容を思い出し咄嗟に耳を掴んだ千早は苦々しく唇を噛んだ。
コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム













管理者にだけ表示を許可する

FC2カウンター
プロフィール

o-van P

Author:o-van P
 しがない物書き。アイマスとロボットをこよなく愛する人間。どんな時でも仲間を求める習性がある。

ブログランキング&サーチエンジン
アイマス・攻略ブログ
Project・ZEROm@s
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。