上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

トリスケリオンPさん主催『第四回一枚絵描いてみm@ster』企画参加作品。

kakimaster04.jpg



 蒼翅のソプラノ


 喋らない少女の姿を眺める日常は、そろそろ十年目になる。
 「お姉さん、今日は森で美味しそうな林檎が取れたんですよ」
 頬を緩ませて、籠の中に入った瑞々しい赤い林檎を掲げて見せたのは、“ヤヨイ”という近くの村に住む娘だった。
 柑橘系の果物を連想させるチュニックにエプロン姿。栗色の髪を後ろで二つに結い、身を揺らす度にそれをちょこちょこ動かしながら、ヤヨイは名前も知らないくせに、もう人生の半分以上を共に過ごした少女に微笑む。
 ところが、その相手はにこりともせず、視線をくれもしなかった。
 青がかった長髪を風のくしで梳かし、なびかせる少女。ヤヨイより一回りほど年上だろうか。綺麗で凛とした顔立ちの、見目麗しき少女だ。
 ヤヨイの眼前に広がる大きな湖には無残にも朽ち果てた船舶が沈んでいて、その残骸に少女は腰掛けていた。ヤヨイは近くの湖畔から彼女を眺めるのが通例になっていて、今日も例に漏れることなく、少女はヤヨイに目もくれず遠くを眺め、ヤヨイはヤヨイで、そんな少女に向けて独り言と変わらない話をするのが好きだった。
 「でも、蒼い鳥は今日も見つかりませんでした。がっかりです」
 肩を落としたヤヨイは、少女が明後日の方向を眺めていても構わず続ける。
 「お婆ちゃんも見たことがないって言ってたから、簡単には会えませんよね」
 そうこうして蒼い鳥を探し続けてこれまた十年近くになる。
 蒼い鳥。村に伝わる伝承の中では幸福の使いとされており、今は亡き愛しき祖母は、幼いヤヨイを連れてよく森の中へと蒼い鳥を探しに足を運んだものだった。そして、初めて彼女に出会ったのもそんな時だったとヤヨイは思い返す。
 少女との馴れ初めを話すならば、それはやはり十年前に遡らなければならない。
 ある日、森の中で祖母とはぐれて迷子になったヤヨイは、この湖で彼女と出会った。今振り返れば、心細くて泣いていた自分に、現在となんら変わりなく無視を決め込む少女の態度は、芯に丸太が突っ込まれているのではないかと疑うほど、一貫していたと思う。
 こちらに見向きもしない。何も喋らない。どうしてかは分からないけれど、とにかく、彼女は明後日の方向を見つめ続けるだけだった。ぼぉ、と。色んなものを諦めたような瞳で。
 代わりに彼女にはおかしな特徴があった。彼女の頭の上に、ひょこひょこと音符のようなものが浮いているのである。これも、何かは分からない。妖精などの可愛らしいものの類かと期待を持っているヤヨイであった。
 そういうものも含めて、子供心に彼女の不思議な存在感はとても魅力的に映ったもので、だからこそ、こうして十年近くもこの場所に通い続けているのである。
 「いいかい、可愛い可愛いヤヨイ。その人のことは誰にも言ってはいけないよ」
 死に際、唯一彼女のことを話していた祖母にそう言われた理由だけは、いまだに知れずにはいたが。
 頭の片隅で他愛もない思考を流し、ひとつの話題を話し終えたヤヨイは、最近噂になっている事柄についてふと思い出した。あまり楽しい話でもないので少々言うまいか悩んだが、結局そっぽを向く彼女の横顔に、まぁいっか、と納得した。
 「お父さんから聞いたんですけど、ちょっと前に、この地域の端っこにある村が帝国の騎士団に襲われたんですって」
 自分で話しておいて、わずかに身震いしながら、
 「“鎧”も出たらしいですよ。怖いですよね?」
 動いているところをこの目で確かめたことはないけれど、人の何倍もあるだろう鎧の存在は考えただけでも恐ろしい。ましてや帝国は力ずくで領土を略奪することで有名な国だった。もしかしたらこの辺りにもやって来るのかな、と考えて血の気が引いた。いけないいけない。そんなこと、考えるから怖いのだ。考えない方向によーそろー。
 雲行きが怪しくなってきた。灰色の雲が流れてきている。雨になるかもしれないからと、ヤヨイは村に帰ることを決めた。
 いつものように独り言のような別れを告げて、ヤヨイは村への道を辿る。
 陽もだいぶ低い位置まで降りてきて、暗くなりつつある森の中を早足で進んでいると、視界の端に古い鎧が映った。なんとなく足を止め、横目でそれの姿を確かめた。
 木々の間に隠れるようにして膝を着く、蒼く巨大な人型。人の着る甲冑がそのまま大きくなったかのような姿は、立ち上がれば木々の頭を超えそうなほどであった。
 鎧。人々はそう呼ぶ。
 太古の人々が造りだした戦争の道具。人が乗り込む形で動く巨大な人型人形は、いまや大国間の争いでは欠かせない強力な兵器であると聞いている。
 遺跡から発掘することでしか得られない鎧が、どうしてこんな田舎の、辺鄙な村近くに放置されているのか。理由は誰も知らない。聞けば、祖母の生まれる遥か以前からあり、村ができた頃にはそこにあったという。
 ヤヨイは見上げるようにして、鎧の全貌を瞳に映した。
 蒼く強靭な装甲は、ツタが絡まり草花に覆われていても輝きを失わず、広大な空を纏っているかのように思える。左腕には長盾を持っており、地面に突き刺さって鎧の身体を支えていた。豪奢な装飾は施されていないが、どこか気品のある蒼の装甲は、森の中にひっそりと、誰かを待ち侘びているかのようにそびえている。
 この子だけは好きだな。あんまり怖くない。呟いたヤヨイは、ぽつりと頬に落ちた冷たさにはっとして走り出した。まずい、本降りだ。灰色の雲が落とす水滴に追われ森を一気に駆け抜ける。
 森を抜けて坂を下ればすぐが村だ。びしょ濡れになって帰ったらお母さんに叱られる、と眉をひそめたやよいの耳に、ふと、聞き慣れぬ音が飛び込んできた。
 悲鳴。思わず立ち止まったヤヨイは、二度三度と連続する悲鳴に身体が固まった。
何事だろう。誰の声? 頭で整理などできるわけもなく、とかくたくさんの悲鳴が聞こえることへの驚きが身を縛る。ましてや、それが村の方向から絶え間なく流れてくるのであれば、当然だ。
 嫌な予感がする。一度深呼吸して身体を自由にしたヤヨイは、震える足に気合を入れて、森を抜けた。
 「……っ!」
 火が燃え盛っている。煙が立ち上っている。人々が逃げ惑っている。
 村は火に包まれていた。
 「お母さん! みんなっ!」
 弾かれるように走り出したヤヨイの脳裏に、先程までの会話が過ぎる。
 この地域の端っこにある村が帝国の騎士団に襲われたんですって。
 まさか。どうして何の変哲もない偏狭の村に、帝国の騎士団が来るのだ。あるものか。が、否定的な願望とは裏腹に、炎という名の蛇が暴れ回る村は悲惨な状況をヤヨイに叩きつけている。手に持った籠が転がり落ちた。真っ赤な林檎が土に塗れて坂を転がった。
 村に近づけば近づくほど破壊の有様が見て取れ、家は焼け、人は倒れ、逃げ惑う村人達の中には、黒い甲冑を着込んだ屈強な男達が混ざっている。考えるまでもない。帝国の騎士団だ。残虐非道で名を馳せる、死を運ぶ猛獣達だ。
 背筋を伝って上ってくる恐怖に足を止めそうになった時、
 「ヤヨイ!」
 つと視線を投げれば、声の方に母の姿を見つけることができた。お母さん! ひとまずの安心を胸中に落とし込んだヤヨイは母に抱きついた。母の胸に顔を埋めるのはわずかなこと、他の家族を思う気持ちが口を開かせた。ねぇ、みんなは?
 一瞬、母は眉間にしわを寄せて苦渋の表情を作った。それでも娘に心配をさせまいと取り繕った笑顔が、余計に事のほどをヤヨイに悟らせた。う、嘘だよね? 問いかける娘に無言を貫いた母は、家に代々受け継がれてきたペンダントを胸元から取り出すと、そっとヤヨイの手に握らせる。見上げた瞳が母と重なった。
 一息、焼き焦げた空気を吸って、
 「森へ逃げなさい。できるだけ遠くに逃げて、隣の村にこのことを伝えてちょうだい」
 「で、でもお母さんは?」
 「…………」
 ぐっ、と息が詰まった。強く抱きしめられているのだと分かった次の瞬間には、母は突き飛ばすようにヤヨイを引き離し、叫んだ。
 「急ぎなさい。さぁ、早く!」
 胸に詰まった言葉を吐き出そうとしたが、優しかった母が一度も見せたことのない剣幕に、身体が勝手に森へと走り出していた。だめなのに。このままじゃもう二度と会えなくなるかもしれないのに。手渡されたペンダントをぎゅっと握り締めたヤヨイは、
 「まだ見つからないのか! 邪魔になるものは全て焼き払え!」
 邪悪な一言で村を壊していく誰かの声から逃げるように、耳を塞いでただひたすら森へとひた走った。振り向きもせず。いや、怖くて振り向くこともできずに。自分だけ、ただ一人、逃走する。とうとう振り出した大粒の雨が、ヤヨイの零れ出る涙を隠したのだった。
 湖の湖畔。いつものお気に入りの場所まで戻ってきたヤヨイは、珍しく地面に降り立っていたあの不思議な少女を捉えた。おそらく村の異変を感じ取っていたのだろう。少しだけ首が傾げられると、十年の内で初めて、彼女とヤヨイの視線が絡み合った。透き通った優しい色の瞳。
 それだけで、もう限界だった。
 「お姉さんっ!」
 ヤヨイはお構いなしに少女の胸に飛び込むと、そのまま腰に手を回して、ぼろぼろと涙を流して泣いた。雨音で嗚咽は掻き消されている。しかし、少女の耳にはヤヨイの泣き声が確かに聞こえていた。大事なものを失った、その苦しみが。
 「みんながっ! みんながっ!」
 言葉にすると、もう歯止めも何もあったものではない。決壊した涙腺という名のダムは、溢れ出る悲しみの苦痛をせき止めることもできずに、溢れ出る涙をぼろぼろと零れさせる。食い止める術など、まだ十三のヤヨイには到底あるはずもなく、抱きつく彼女の服を濡らしていく。雨と交じり合った悲しみが地面に落ちて。
 喋らない少女は、だが、歪むヤヨイの顔を隠してあげるようにそれを受け入れた。抱きしめもしなければ、無論優しい言葉もない。
 けれど“受け入れてくれた”ことだけでも、ヤヨイの心はわずかでも癒されたのである。
 ――無慈悲な猛獣達は、優しい時間などくれてやるつもりもないというのに。
 どんっ! と地響きにも似た振動に足元が揺れ、びくりと顔を上げた。振り向く。森の木々の間から、断続的に地面を揺らす何か。
 こっちに来る。
 それが分かった。雨雲によって灰色に染め上げられた森の中で、木々の間から、威圧のようなものを撒き散らしながら何かが進んでくる。怖い、と。ヤヨイは少女の身体にしがみついて、少女も訝しげな瞳で木々の間を睨む。しばらくして、みしみしという、木の幹が千切れる繊維質な音と、葉の擦れる音がして――。
 木の倒れた音と一際大きい“足音”を伴って、そいつは現れた。
 「ひっ……!」
 嗚咽に混ざって恐怖が滲み出た。森の奥からのっそりと現れたのが、木々を超える身の丈を持った巨人だったからだ。鎧。反射的に声が零れた。
 濃紅の、血のような赤を塗した装甲――その一部には本当の血も付着しているかもしれない――を纏い、金色の装飾が各部にあしらわれた巨人。人間の形を模る四肢は屈強に膨れ上がり、左の肩には黒いマントを羽織っている。人の持つ物より遥かに巨大な両刃の剣が、右の手の中で怪しく光を反射した。
 話に聞いた帝国の鎧人形である。それも一体ではない。後から現れた鎧の数は一、いや二体。合計で三体の鎧の、顔の部分にある鉄格子のような覗き窓から、視線が向けられるのが分かった。
 どうして鎧がこんなところにまで。疑問を湧き上がらせた時、
 「ようやく見つけたぞ。貴様が封印の娘だな!」
 高らかに響き渡ったのは男の笑い声だった。見れば、鎧の足の影から、複数人の帝国兵を引き連れて一際黒く豪奢な甲冑を着た壮年の男が歩いてくる。嫌な雰囲気の人だ。ヤヨイの第一印象は覆ることなく、これまた嫌味に口端を吊り上げた男は、こちらに歩み寄りながらこう言った。
 「我が名はクロイ=コヤス。帝国騎士団を総括する者だ」
 大仰にヤヨイ達を――いや、例の少女の方へ指を向け、
 「伝承は真だったわけだ。かつて世界を滅ぼした巨大樹。そしてこの地に、それを封印した青い髪の娘がおるとな!」
 巨大樹の伝説。ヤヨイも聞き覚えがあった。亡き祖母が話してくれた御伽噺だ。
 古に、世界を覆うほど巨大な大樹あり。自然を破壊し、争いによって血を流し続ける醜い人々を滅ぼすため、巨大樹はその根を持って全てを巻き込み、人間は絶滅の危機に瀕したという。
 そんな世界を救ったのは蒼い鳥を駆る青髪の少女であった。少女は人々を守るため蒼い鳥と共に戦い、自らの身を犠牲にすることで巨大樹を封印することに成功した。滅びかかっていた世界は一人の少女によって救われたのである。
 もうずっと古くに民話として定着した伝承だった。しかし仮にも帝国の騎士団ともあろう者達が、幼子の子守唄代わりともなっている子供だましな伝承に、何を求めているというのだろうか。村を、たくさんの村人を、家族を焼き殺してまで。
 正気の沙汰じゃない。でも――。
 「お姉さん?」
 ヤヨイの問いかけはわずかに心配の色を含んでいる。少女は相変わらずこちらに見向きもしなかったが、けれどもヤヨイは心臓を鷲掴みにされるような衝撃を得た。
 少女が怒っている。今まで見せたことのない、相手に確かな憎悪を突き刺す鋭い瞳を、クロイに対して向けている。まさか本当に、お姉さんが伝承の? 本当にそんなことがあるのだろうか。
 「反抗するというか。……捕らえろ」
 クロイが手首をくいっと返すと、帝国兵達が腰より剣を抜き放ちながら襲いかかって来た。ぱしゃぱしゃと水溜りを蹴る音と、甲冑に跳ね返る雨を見た途端、ヤヨイは考えるより先に少女の手を引いて森へと駆け出していた。
 逃げなくちゃ。お母さんに、逃げなさいって言われたんだから。母の最期の言葉が過ぎり、最後の大粒の涙を宙に振り払ったヤヨイは生き残ることを優先したのだ。同じく、狙われた少女を見捨てていけるはずもなく。
 「逃すな! 村娘は殺しても構わん!」
 背筋の凍る指示を背後に聞きながら、追っ手に恐怖を振り切って、ヤヨイは森の中をひた走った。
 やがて動悸が限界まで高鳴った時、ヤヨイは足を止めた。いや、止めざるを得なかった。何故ならば、後ろから着いて来ていた少女が何かに気を取られるように立ち止まったからだ。どうしましたか? 焦る心境を言葉に乗せながら問うて、つと少女の視線に先を窺うと、そこにはあの鎧が膝を着いていた。
 ツタの絡まった古代の蒼い鎧。雨を弾く装甲の輝きは、失われてはいない。
 あれを使えればという思考が一瞬だけ顔を出したが、駄目だとすぐに首を振る。使えるはずもない。使ったところでどうすると言うのだ。戦えるはずもないのに。
 お姉さん、逃げましょう!? ヤヨイが少女の手を引いた時、だった。
 ひゅんっ! と風を切る音が耳に届いた次の瞬間、ヤヨイは胸の辺りに強い圧力を感じた。わっ、と驚きが漏れ、なんとかたたらを踏んだはいいものの、すぐに膝が折れる。何事だ、と胸元を見下げる。
 最初はそれがなんだか分からなかった。長く細い棒のようなものが自分の胸から“生えている”。なに、これ? 思うや否や、ヤヨイの視界は暗転した。
 「ヤヨイ――っ!!」
 最後の最後に聞いたのは、聞き覚えのない女の人の声だった。

                    ●

 ヤヨイの胸元に“矢”が突き刺さる瞬間を目撃してしまった少女は、刹那、自分の頭が真っ白に洗い流されるのを食い止めることができなかった。視界の端で帝国兵が弓を構えているのがちらりと見えた。
 「ヤ……」
 喉の奥から濁流の如く溢れ出る感情を防ぐ術を、少女は知らない。
 「ヤヨイ――っ!!」
 “約五百年ぶり”に発せられた声、慟哭。曇天の空まで突き抜けた声に反応し、少女の周りをたゆたゆっていた音符の形をしたそれが、勢いよくひび割れ、砕け散ったのは一瞬のこと。一拍おいて、明らかな地鳴りが足元を不確かなものとし、離れた場所で水の弾ける音が轟爆とした大きさで響き渡る。
 少女は目撃した。帆船の沈んだ湖の中央。そこから、視界に収まりきらぬほど巨大な木の根が姿を現したのを。
 巨大樹。かつて世界を滅ぼした自然の化身。五百年前に少女が封印した代物だった。
 「あれが巨大樹か! ははっ、ついに私はやってのけたぞ!!」
 高笑いは鎧を引き連れて追いついたクロイのものだ。きっ、とクロイを睨みつけた少女は永らく封じていた声で怒りをぶつける
 「何故こんなことを! 巨大樹を求めて何をするつもり!?」
 「ウィ、無論世界を統一するのだよ。帝国ではなく、私色にね」
 「あれは人が扱える代物じゃない。だから、かつて私達は多大な犠牲を払ってあれを封印した。今度こそ本当に世界が滅ぶかもしれないのよ?」
 「五百年もあれば人が進化するには十分だ。私は、上手いことやってみせるさ」
 馬鹿な。そういう物言いひとつ取っても、人は五百年前とまったく変わっていないというのに。慢心が世界を滅ぼしたというのに、この男は分かっていない。
 倒れ伏せたヤヨイを抱き上げた少女は唇を噛む。こんな男の野望のために、ヤヨイは犠牲になったのか。
 十年前に出会った少女。ただ一人、巨大樹の守人として孤独な年月を生き永らえざるを得なかった少女にとって、ヤヨイの笑顔だけが心の拠り所だったのだ。許されるであれば、彼女と言葉を交わしたいと何度考えたことか。
 だがそれは不可能な願いだった。巨大樹の封印は、少女の“声”を媒介にして成り立っていたのだから。例え一言でも言葉を放とうものならば、巨大樹は再び世界に降臨する。故に少女は口を噤み続けたのである。ヤヨイを蔑ろにしてでも、世界の平和を望み続けるのが少女の選んだ道だったから。
 そうだ。守らなくては。少女は一度目を伏せ、風化した決意を再び立ち上がらせる。大事な人達を守ろうとした、あの想いを。
 「“蒼翅”っ!」
 少女は叫んだ。それに呼応して、背後で何かが鼓動した。
 鎧だ。蒼い装甲をした太古の鎧。蒼翅と呼ばれた鎧は、突如、巻きついたツタを引き千切って胴体部を開放する。中には鎧を操るための装着具が主の帰還を待ち侘びていた。
 蒼翅。かつて少女と共に戦場を駆け抜けた歴戦の鎧である。
 少女はヤヨイを安全な気の影に隠すと、彼女の前髪をすっと梳いた。ごめん、私、行くね。少女は蒼翅に向かって駆け出す。行かせるな! という怒声を矢尻に飛んでくる矢を避け、開かれた鎧の胴体部に飛び乗った。
 矢を弾いて胴体がしまると、半ば立つ形で背もたれに背をつけ、鎧の四肢と連動する操具を装着する。一見、拷問器具にも思えるそれ。両足両腕が固定されると、身体自体を保護する胴甲冑的な操具が頭の上から下りて、各部位の連結部位に合致した。永い間動かしていなかった不安を踏み潰すが如く、少女は操具ごと右足を踏み出す。
 鎧の鼓動は間接の火花が証明。草花の戒めに身動ぎした蒼翅は、それらを意にも介さず動き出した。一歩、大地を踏みしめた脚部のバランサーから吹き出る蒸気。機体を前のめりにさせながらも続く左足を蹴り上げた蒼翅が、駆動音を響かせて両足で地に踏み立った姿は、荘厳以外のなにものでもない。
 蒼の装甲。神々しいまでの雄々しい姿。少女は確信した。いける……! 帝国の鎧にはない、二つ目の覗き窓が怪しく緑光色を奔らせて。
 「う、動いた!?」
 「恐れるな、たかが骨董品だ! 鎧で相手をする!」
 歩兵に追いついた帝国鎧が叫んだ。全部で三機。両刃の剣を携えたものが二機に、槍を構えるものが一機。扇状に蒼翅を囲んだ帝国鎧は、木々のカーテンを向こうに包囲を縮めつつある。多勢に無勢。けれど――。
 少女の動きに連動した蒼翅は、左腕に装着した盾から伸びた柄を握り、引き抜く。収納状態から刃を展開したのは長剣。雨を裂いた切っ先を斜めに構えると、左腕の盾を前へ。蒼翅の爪先が地面に跡をつけて広がる。
 荒い息遣いが聞こえる。ああ、これは自分のものか。瞬きひとつせず、上下する肩を抑えながら、少女は帝国鎧を両の目で捉え。
 剣の切っ先から雨の雫が落ちた瞬間、重く圧し掛かる機体の重量を想いの重みとし、蒼翅は大地を蹴った。土くれが宙に舞う。
 標的は正面の帝国鎧。手には両刃の剣。応戦の体勢を取った敵に、蒼翅は剣を振るう。
 下から上へ。斜めから脇を狙った剣筋は、だが振り下ろされた一太刀に軌道を逸らされた。互いの刃を滑る剣の腹は、火花を散らして弾かれる。
 「くっ……!」
 思わず漏れた呻き。こちらの長剣に対し、敵の剣は短いが、その分斬り返しは素早い。予想通り、弾かれた勢いを利用しカウンターで横一文字が来る。間に合わないという判断は、少女に咄嗟の行動を取らせた。
 左腕を突き出す。引き起こされる事象は拳撃――ではなく。拳の更に先端、盾の先を敵の頭部に突き刺す結果を生み出した。弧を描く剣筋よりも直線の突き。どちらが先に到達するかは言うまでもない。深くめり込んだ盾は先端を潰しながらも引き抜かれ、同時に帝国の鎧が力なく背後へ倒れた。
 「まずは一体!」
 踵を返すとどろどろになった地面に丸い跡がつく。跳ねたと土砂で装甲を汚しながら、剣を持ったもう一体に向かって、跳ぶ。
 跳躍。
 「なっ……!」
 帝国兵の驚きも当然のことだ。鎧はその重量故に跳躍など夢のまた夢。が、同じくその重量だからこそ、一筋縄では進行を妨げることができない突撃兵として重宝されている。
 馬鹿なっ! と続いた帝国兵の動揺を切り崩すように、上段からの振り下ろしが帝国鎧の胴体を袈裟切りにし、真っ二つに別った。鮮明に飛び散った鎧の赤の混ざる潤滑油。どんどんと勢いを増す雨に汚れを拭き取らせる。
 「くそ、二つ目ぇ!」
 蒼翅の特徴を揶揄しての叫びか。仲間をやられた怒りを矛先に、槍を構えた帝国兵が突撃する。木々を押し分けながら、帝国兵は思う。突くという点において、槍は剣より数倍優秀だ。森の中で振り回すような愚行はしない。操者の乗り込んでいる部分に必殺の一突きを加えてやればいい。中距離ならばこっちが有利――。
 と、考えたところで帝国兵の意識は闇の彼方に落ちた。
 蒼翅の投擲した剣が寸分狂わず帝国鎧に突き刺さったからだ。
 「あとは巨大樹を……!」
 無残に崩れ落ちた帝国鎧から剣を抜き取りつつ、今も空に向かって伸び続ける巨大樹を目標に定めた。このまま野放しにしておけば、巨大樹は際限なく成長を続け、やがてその根が人々の住む土地を覆い尽くすだろう。その前に。
 「その前にどうしようと言うんだね?」
 「……っ!」
 横に身体を逸らしたのは直感からだった。直後、黒い塊のようなものが胸の前を擦過する。腕っ……!? 驚愕に見開かれた少女の瞳には、その黒い塊が腕に見えた。否、間違いではない。“攻撃”の飛んできた方向に視線を向けると、そこには、漆黒の鎧が佇んでいるではないか。
 雨雲によって一足早く暗闇の訪れた時刻、闇に溶けるような漆黒の鎧が、雷の奔った束の間にシルエットを浮かび上がらせた。黒色に成金趣向とも取れる金色の装飾。先程の帝国鎧より一回り大きい機体は、昆虫にも似た不気味な光沢を放っている。
 ……ただの鎧とは違う。
 操者としての感が少女の背筋を振るわせた。ちらりと窺った地面には、へし折った木々共々、飛ばされてきた敵の腕が転がっている。そう、飛ばされてきた。敵は自らの腕を飛び道具として使用してくる――!
 「巨大樹の元には行かせない。私の“黒金”が相手をしようじゃないか」
 この声。帝国兵を率いていたクロイ=コヤスという男か。
 「巨大樹はあなたなんかに制御できる代物じゃない! 使った者ごと人間を滅ぼすのが巨大樹という悪魔なのよ!?」
 「ウィ、知っているとも」
 「ならば何故!」
 「そんなものぉ、やってみなければ分からないからだろうが!」
 刹那、ワイヤーによって繋がっていた腕が巻き戻され、蒼翅を背後から強襲した。反射的に振り上げた剣によって軌道がそれ、かろうじて難を逃れた少女は、その流れで剣を腰だめに構え、戦闘態勢を取る。
 腕が黒金に戻る、それが契機となった。土砂を散らし地面を蹴る蒼翅と、巻き戻した腕と間接を合致させた黒金が逆の腕を発射するのは、ほぼ同時。腕の先端に装備された鋭利な鉤爪が木を裂いて飛んでくる姿は狂犬か、はては死神の鎌か。
 「この程度っ」
 だが所詮は一直線で軌道が丸分かりの攻撃。軽く身を沈ませることで回避した蒼翅は、肩口をワイヤーに掠らせながら、その速度を生かして一気に肉薄する。
 だが、
 「おおっと!」
 もう片方の腕で剣を防いだ黒金に違和感を覚えたのは一瞬。少女がそれに気づく前に、蒼翅は足を全力で踏ん張らねばならなかった。
 ……こ、これは。
 パワーが違い過ぎる。蒼翅が機体ごと押されている。片手で蒼翅を押し返すほどの出力、やはりただの機体ではない。
 力押しでは負ける。そう判断した少女は、黒金の腕を弾いて後方へ距離を取ろうとし。
 気づけなかった。黒金の腕間接から伸びるワイヤーが巻き取られていることに。
 「しまっ……!」
 「遅いんだよ!」
 ごんっ、と鈍く装甲の歪む音がした。破損確認。横薙ぎに巻き戻された腕は頭部側面を強打して主の元へ戻る。衝撃。たたらを踏んだ蒼翅に、だめ押しで二撃目が繰り出され、間一髪、後方へ跳び退った蒼翅は回避に成功。――わずかに血の味が口内に滲んだ。
 まだだ。損傷は軽微。戦いに支障はない。
 「早く巨大樹を止めないと」
 「無駄無駄ぁ!」
 状況が有利と知るや否や、クロイは追撃を開始した。伸びる腕に圧倒的なパワー。正面からでは切り崩せないと判断した少女は、射出された腕から逃げるため、半ば飛び込む形で木々の陰へと身を翻した。落ち着け、まずは体勢を立て直す。少女は木々が障害物となるよう蒼翅を走らせる。雨が装甲に弾けて四散する。
 「どうしたのかね? 巨大樹を封印した者の力はこの程度か」
 逃げる少女をクロイは追走する。少しでも木々の間から姿を見せれば、操者ごと胴体を貫かんと腕が飛んでくる。息吐く暇もない。
 「この黒金は私のために改良を繰り返した特別な鎧。そんじょそこらの量産機とは違う、スペシャルなんだよぉ!」
 「スペシャル!?」
 「この黒金に、そんなカビ臭い骨董品が、勝てるわきゃねぇだろぉ!!」
 また腕が飛ぶ。避けても、地面にどすんっと落ちる音と巻き戻る音がする度に、次の射出に対する恐怖が浮かんでくる。まともに食らったら終わりだ。ましてや時間もさほど残されてはいない。
 ……しかけるっ!
 決断する。対して黒金を駆るクロイとって、この状況は好意に間違いなかった。黒金がスペシャルとはいえ、あの蒼翅という鎧もただの機体ではない。あれが五百年前の戦いに使用されたものであるならば、それ相応の能力を有しているはず。万が一が起きる前に確実に息の根を止める。
 禍々しく口端を歪めたクロイ。そして黒金の腕を、木々の間から姿を現す蒼翅に向け、
 「いまだ!」
 射出した。一直線に木々の間をすり抜けた腕は、先端の鉤爪を見事標的に打ち据えた。装甲を貫く音がする。良い響きだ。
 これで邪魔をする者はいなくなった。巨大樹の力は自分のものだ。帝国だけなどと小さなことは言わない。あらゆる大国を巨大樹の力で攻め落とし、この世界の王として君臨するのだ! 止まらぬ高笑いを盛大に吐き出したクロイは、愉悦の表情で敵の屍骸に一瞥くれてやった。
 そこには、先にやられた帝国鎧の残骸が転がっている。
 同時、それとは反対側で何かが地面を抉る音が聞こえた。
 「な、にぃ……!?」
 囮。屈辱の一言が脳裏に爆ぜ、がつんと頭を殴られる錯覚を受けた。が、それでも背後の音に対して反応したのはクロイの実力である。もう片方の腕を振り向きざまに放ったクロイは、見る。
 放った鉤爪に貫かれる、蒼翅の盾を。
 「こちらもだとぉ!?」
 ならばどこに。どこに消えたというのだ。クロイは絶叫染みた疑問を撒き散らし、ふと、己の鎧に影がかかったのを知る。いつの間にか、雨雲の隙間から見事な満月が顔を覗かせていた。そして月を背景に落ちてくる蒼き装甲の影あり。
 クロイが目を見開くより早く、上空より“落ちてきた”蒼翅がワイヤーごと黒金の腕を裂いた。
 「飛んだぁ!?」
 跳ぶではない。蒼翅は飛んだのだ。それほどまで高く舞い上がること鎧など、聞いたこともない。いや、現実的に有り得ない。
 が、蒼翅はそれを可能とする。
 「こっちもスペシャルなのよ!」
 蒼翅の装甲には、今や採掘不可能となった特殊な鉱石が使用されている。羽のような軽さと屈強な鋼にも負けぬ剛性を兼ね備えた特殊な鉱石を。浮遊石と名づけられた装甲を纏う蒼翅の跳躍力は、他の鎧の比ではない。
 蒼翅は勝負を決するべく、剣を振るって更に跳躍する。前へ。
 「ちっ! まだ腕は残って……っ!?」
 いるんだ、と最後まで紡げない。巻き戻そうとした腕が、貫いた帝国鎧に深く刺さり過ぎ、抜けなかったのだ。喉の奥から灼熱を込めた絶叫が漏れた。眼前、迫った蒼翅の切っ先が視界を覆い尽くし、
 「おのれぇ――っ!!」
 勝負は決する。
 蒼翅の長剣は寸分違わず黒金の胴体へ突き出され。
 その寸前で刃を停止した。
 その命を奪うことまでは、しなかったのである。
 「な、なにを」
 何故とどめを刺さない。決着をつけようとしない。疑問に駆られたクロイは、その視界に妙な光景を納めた。
 囮として使われた帝国鎧の足元に、操者である帝国兵が倒れている。傷を負ってはいるが、生きている。どういうことだ。奴は操者ごと切り捨てたのではなかったのか。
 少女は静かに言った。
 「他の鎧の操者も無事。殺しては、いない」
 もう誰も殺したくない、と。少女は掠れた声で確かにそう告げた。
 五百年前の巨大樹を止める戦い。その引き金は、自然を淘汰して巨大樹の力を得ようとした人間達であった。多くの犠牲者が出た。巨大樹を止めるために、たくさんの仲間が死んで、そして、巨大樹の力を得ようとする多くの人間の命を、少女がその手で奪ったのも事実だった。
 あれから永い間、後悔と自責の念に囚われ続けた。いつしか封印のことなど忘れて、声を出して楽になりたいと考えることもままあったものだ。そういえば、大好きだった歌もどれくらい口ずさんでいないことだろうか。
 黒い念に押し潰されそうになった頃、彼女が現れた。ヤヨイという少女が。
 彼女の笑顔があったから、封印を貫こうと思えたのだ。いつも変わらず笑顔をくれるあの子がいたから。言葉を返せないことに胸を痛めたけれども、孤独な夜が明ければ、それでもまた笑顔と共に走って来るあの子の存在が、どれほど大きかったことか。
 でも、ヤヨイはもういない。もう笑顔を見せてはくれない。
 もう誰が死ぬのを見るのは嫌だ。もう、この手で命を奪うのもごめんだ。
 「だから生かします。代わりに、自分の罪を悔いなさい」
 告げ、刃を収めた蒼翅は、くるりと背を向けた。私の勝ちだと、クロイに結果を突きつけて。
 クロイにとってそれは恥辱以外の何者でもないというのに。
 「ふざけるなよ小娘ぇ……」
 破裂音が響いた。黒金の腕間接とワイヤーが強制切断された音だ。振り向けば、黒金が背を向けて走り去るところだった。詰めが甘いのだよぉ! この期に及んで何をする気!? 
 「巨大樹の力を使うに決まっているだろうが!」
 クロイの一言に冷たい汗が背筋を伝った。させないっ! と蒼翅を動かそうとして――できない。
 いつの間にか、切断されたワイヤーが蒼翅の足に絡まり、動きを阻害しているではないか。やられた。苦渋を零した少女はワイヤーを切り捨て、即座にクロイの後を追う。全速力で森を抜けた少女は、湖畔の向こうで天へ伸びる巨大樹を間近で確認して。
 そして見た。黒金が中のクロイごと、巨大樹の根に攫われるのを。
 クロイは絶叫せざるを得なかった。
 「ど、どういうつもりだ巨大樹! 貴様を蘇らせたのは私だ、この私なんだぞぉ!?」
 巨大樹は壮絶なパワーを誇るはずの黒金をまるで赤子のように扱い、太く強靭な根で絡め取っていく。折れた装甲同士が擦れて発する火花が夜の闇に咲いた。こうなっては、もうどうしても助けられない。
 「無駄よ。巨大樹はただ破壊するだけの存在。――制御なんてできるはずもない」
 「そんなはずはない! 私こそ、世界の王で、私こ――」
 びちゃりっ。黒金の装甲が拉げる音よりも、もっと柔らかい何かの潰れる音の方が耳に残るのは、最低以外のなにものでもない。自然、少女は根に潰された黒金から視線を逸らした。ほら、言った通りじゃないか。誰もあの悪魔を手玉に取ることなどできやしない。
 助ける価値があったのか? あんな男を。救う価値があるのか? 永久に費えぬ野望を持った人間なんかを。心の奥底で誰かが呟くのを、少女は聞いた。
 だから答えた。あるに決まっている、と。ヤヨイのあの笑顔を思い出しながら。
 止めなくちゃ。今ならまだ間に合う。巨大樹の天辺に存在する核を破壊しさえすれば。
 これで最後にするのだ。
 「お願い……」
 少女は、
 「飛んで……」
 この世界に賭けた全ての想いを糧に、
 「飛んで、蒼翅!!」
 叫んだ。
 その想いを力に変えて、蒼翅はその姿を変容させた。
 胴体部がスライドし頭部に合致したかと思えば、それは鳥の頭を連想させる鋭いシルエットを形成。同時並行して両腕が横に半回転し、ハンドガードが三本爪へと姿を変え中央から二つに分かたれた腰部に移動。
 背部に装備された姿勢制御棒が腰の後ろに展開すると、最後に、蒼翅の巨体を支える両足が変形し、巨大な両翼となって広がった。
 その姿は、まるで、巨大な蒼い鳥。
 伝承に記された、少女と共に巨大樹を封印した蒼い鳥。
 真の姿となった蒼翅は軽く首をもたげると、全長に匹敵する翼で大気を打って飛び上がった。背中には少女が跨っている。伝承と同じく。
 大きく旋回した蒼翅は、両の翼で更に大気を打ち、一瞬の内に高く舞い上がった。風の鳴る音が少女の耳に響き、彼女はふと懐かしさを覚える。ええ、そうね。昔もこうして風を感じながら歌ったっけな。知らず微笑を浮かべた少女の口から歌が紡がれるまで、然して時間がかからなかった。
 少女は行く。大事な想いを貫くために。己の歌に希望を載せて。
 蒼い鳥が夜を裂いて舞い上がる。

                   ●
 「え、お話はそれで終わりですか?」
 最後の結末を前に老婆が口を噤んだことから、まさかと目を瞬かせて、思わず疑問が口から出た。
 とある湖の近くに、古くより蒼い鳥の伝承が残っていると聞いてやって来た吟遊詩人の少女は、そこで一人の老婆に出会った。かなりの高齢であるにも関わらずたった一人で小屋を構えた老婆は、少女が古い伝承を求めてやって来たと知るや否や、古い昔話を聞かせてくれたのだ。
 老婆はにこりと微笑み、
 「……夜が明けると、そこには何も残っていなかったと言うわ。巨大樹も、蒼い鳥の少女も、何もかも。残ったのは静かな湖だけ」
 「はぁ……」
 壮大な物語を聞き終え、感嘆とした息を吐き出した少女。老婆は尋ねた。良い歌は思いつきそうかしら? そう、少女は歴史に残る歌を作り出そうと意気込み、こうして伝承求めて遠方より足を運んだのだ。
 頷き、はいと答える。
 「そう、よかったわ。……もう暗くなるし、今日は私の小屋で止まってお行き。暖かいシチューをご馳走するわ」
 「よろしいのですか?」
 「ええ、あなたの歌を、この老婆に聞かせてくれないかしら」
 「はい、喜んで!」
 花のような笑みを浮かべた少女は、ぺこりと頭を下げた。なんと可愛らしい。自然と頬を綻ばせた老婆は、そうだ、名前を聞いていなかったな、と思い至る。問えば、少女はこう答えたのだった。
 「私の名前はチハヤと言います」
 「そう、良い名前ね。綺麗な名前だわ」
 行きましょうか。二人は並んで湖畔から離れ、小屋へと向かって歩き出す。
 不意に、老婆は湖に向かって振り向き、山並みに沈む黄昏に目を細めた。眩しい光の中に、老婆は、かつての“あの少女”を幻視した気がした。
 「あの子はあなたにそっくりだわ。ねぇ、お姉さん?」
 老婆の胸元で、傷のついたペンダントが陽光に光を反射する。
 今日もまた、世界はこうして夜を迎えるのだった。



コメント

「一枚絵で書いてみm@ster」参加中の月の輪Pです。

「聖戦士ダンバイン」や「機甲界ガリアン」「聖刻1092」を彷彿させるワールドで親しみやすかったです。バトルも熱かったですね。クロイ=コヤス、脳内で声が絶対聞こえちゃいますね。

No title

月の輪Pさん>
 感想ありがとうございます!
 今回の作品はエスカフローネというアニメを意識して書いてみました。自分の得意なロボット分野で書いてみたため、かなり異質な作品に仕上がっているかもしれませんが、楽しめていただけたなら幸いです。

拝読させて頂きました。

「一枚絵」に重厚感のあるロボットSSが投下されたことに
個人的に大喜びしてしまいました。
喋らない千早と、沈黙するロボット。そしてやよいと黒井社長。
封印の鍵が「千早」ではなく千早の「声」という展開が新鮮でした。
中盤の千早と黒井社長のバトルが非常に熱くて盛り上がったのと、
駄目だと思っていたやよいが生存していたラストでホッとなりました。
長編ストーリーなのに、繰り返し読みたくなる作品なのが嬉しいです。
大作おつかれさまでした。面白かったです!

Re: 拝読させて頂きました。

寓話さん、感想ありがとうございます!

読み返して~と言っていただけて本当に嬉しいです。正直、今回は趣味の赴くままの作品だったので、客観的に見てどんな反応を受けるのか心配でした。

今回は天空のエスカフローネという作品に影響を受けて書いています。あの重厚感溢れる描写に少しでも近づけていれば嬉しいです^^
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム













管理者にだけ表示を許可する

FC2カウンター
プロフィール

o-van P

Author:o-van P
 しがない物書き。アイマスとロボットをこよなく愛する人間。どんな時でも仲間を求める習性がある。

ブログランキング&サーチエンジン
アイマス・攻略ブログ
Project・ZEROm@s
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。