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 第十八話 スレチガイラプソディー


 早朝。いや、まだ真夜中と言っていい。
 段々と夜の闇も褪せてくるだろう、人々が眠りの中にある時間。一切の遮蔽物がない海上では、暗がりはより一層強調されて見えてしまうものだ。
 ましてや季節は冬。この時期の朝は夏に比べて格段に遅い。日の出が顔を覗かせるまでもう少し時間がかかりそうだな、と。如月千早はコックピットの中で、高速で流れる代わり映えのない景色に微かな感想を抱く。
 千早はヌービアムのコックピットにいた。
 インベルの時と違ってサブパイロット席ではなく、操縦の主となるメインパイロット席に腰掛けて、普段と少し違う操縦感覚に落ち着かないと感じながら外界の景色に意識を向けている。
 ヌービアムのツインアイカメラを通してモニターに映し出されているのは、延々と広がる海とその彼方の地平線。空は人工の光がない分、東京の空より星が多くて綺麗だ。
 ふと、自分の定位置だったサブパイロット席に視線を投げる。メインパイロット席より少し低い場所に、金髪の少女が寝息をたてて睡眠中。首をかくかくさせながらも一向に起きる様子がない星井美希に呆れて嘆息しつつ、仕方がないとも頬を掻く。本来なら千早共々夢の中にいる時間帯だ。
 現在、東京から海上を横断するヌービアムはその目的地を月見島に定めていた。
 トゥリアビータから鹵獲――否、取り戻したヌービアムの予備パーツやその他IDOL関連の装備を受け取りに行くのが今回の任務である。
 IDOLに関する部品の生産は、機密度の都合上、月見島含む世界数箇所のみに限定されている。アイスランドの戦いで大きな損傷を受けたIDOL達の修理が急を要するため、こうして千早が受け取りを任されたのだ。下手な輸送機よりIDOLの方が断然早い。
 ……それにしても、私がメインパイロットを任せられるなんて。
 二人乗り用に換装されたばかりで真新しい席の座り心地は、悪くない。補佐を重視して機器が雑多なサブパイロット席に比べるとシンプルだし、その分、機体の操縦を任される責任=重みが増したような気さえする。操縦桿を握る手に力を込め、千早はヌービアムの鼓動にも似た駆動音を聞いた。
 プロメテウス3・ヌービアム。ヴェルトールと同じ黒い装甲を纏ったIDOLは、新たなマスターとして如月千早を選んだ。現時点におけるハーモナイズで最も優秀な成績を叩き出したのは彼女であり、また、次点の美希がパートナーとして選出されたのはつい昨日のことである。
 千早と美希が抜けたことによる各コンビの穴はあずさの負傷もあって保留状態だが、結果、アイドルマスター課はこれで五体のIDOLを同時運用可能となった。新型人工IDOLがその姿を現したとはいえ、これは大きなアドバンテージだ。ドロップ迎撃はさることながら、五体のオリジナルIDOLという戦力は牽制にもなる。
 とはいえ、それだけで問題が解決したわけではない。そうでなければ、今の今まで戦いが長引くこともなかっただろう。
 ましてやアイオーンという第三勢力のこともある。問題は減るどころか増えたといってもいい。
 そして千早には、もう一つ不安に思うことがある。
 昨夜。あれから半日も経っていない、屋上での宙との会話。
 あの後、もう一度話がしたくて宙を探したのだが、結局見つからなかった。――自宅の荒み具合が頭を過ぎる。今は父しかいないはずのあの家に、戻りたくない一心で、昨晩はそのまま基地の仮眠室で目を閉じた。
 「俺は取り返す、か……」
 あの時、宙の瞳に、言葉では表せない感情に、心が震えた。まるで死に急いでいるようにも思えて、とにかく宙と話がしたかったのだと思う。だから彼を探そうとした。
 そうしなければ、もう二度と、話せないような気がしてならずに――。
 考え過ぎかな、と。千早はそれ以上思考するのをやめた。自分は不幸だと思うつもりなどない。しかし宙が言ったように、両親の離婚は少なからず自分に影響を与えているようだ。色んな事を考えてしまうのは気持ちがごちゃごちゃしているせい。きっとそう。
 頭を振ってモニターに映る海を見る。黒いという表現が当てはまるブラックホール染みた引力を感じる深い色。それが不気味に波打つ様は、まるで自分の心象のようだと千早は自嘲して、ふと、そろそろ整備島との距離が縮まってきたことに気づいた。
 「美希、そろそろ着くわよ。起きて」
 「う~ん、もうおにぎり食べられないよ……」
 「なんてベタな……!」
 肩を揺さぶろうと手を伸ばしたその時である。
 ヌービアムのセンサーが、高速で飛来する複数の機影を捉えたのは。
 センサーが返してくる情報は戦闘機のそれではない。この時間帯に、この空域で鉢合わせするような話も聞いてはいない。千早は素早く機影の認証を行った。指でパネルを弾くとものの数秒で結果が表示される。
 アンノウン一機。加えてエピメテウス多数。
 トゥリアビータ。
 千早は美希の頭を全力で殴って叩き起こした。
 「いったーい! な、なになに!?」
 「敵襲!」
 言って、焦る視線をモニターに投げた。ヌービアムを戦闘態勢に移行させると同時、肉眼で捉えられる距離にトゥリアビータが侵入する。地平戦の向こうにぽつんと浮かんだ影複数。おまけに、ご丁寧にも宣戦布告まで飛んできたのだった。
 『あら、おはよう。奇遇ね。過激な朝の目覚ましはいかが?』

                  ●

 真夜中、電話で叩き起こされた宙は人気のない街中を自転車で突っ切ると、辿り着いた765プロのエレベーターに飛び乗った。階数のボタンは押さず、モンデンキント職員だけが持っているカードキーを使って地下基地へと向かう。エレベーターの下へと向かう重力を感じつつ、宙は嫌な予感がする、と呟いた。
 屋上で千早と話した後、一旦自宅へ戻った宙は倒れるように眠りについていた。自分で思っていた以上に疲れが溜まっていたらしく、電話がかかってこなければ朝まで熟睡コースだっただろう。それを、こうして汗だくになって暗い夜道を走り抜けて来たのは、小鳥との電話の内容がまどろんだ思考を吹き飛ばしたからだ。
 つまり、ヌービアムとトゥリアビータが交戦に入ったという内容が。
 ……機会が巡って来たかもしれない。
 エレベーターが止まり、ドアが開くと同時に走り出す。その足で真っ直ぐ向かったのは管制室。横にスライドする自動扉を通り抜けると、部屋は慌しい様子でオペレーター達の声が飛び交っていた。
 ざっと見渡すと、春香がジョゼフと話している。春香はドロップ迎撃の当直だったはずだ。ジョゼフの一言一言に顔をしかめていく様子から察するに、あまり良い状況でないのだろう。
 「課長、天海、状況は?」
 「天川さん、早かったですね。――あまり芳しい状況ではありません。ヌービアム一機に対し、トゥリアビータは新型機を投入してきています。おそらくヌービアムの奪還が目的でしょう。どうやら、動きが勘付かれていたようです」
 振り返ったジョゼフの視線の先、大型モニターには海上で繰り広げられる戦闘の様子が映し出されていた。エピメテウス数機に見たことのない灰色の新型。いや、そのフォルムは明らかにヴェルトールとの互換性を秘めている。偽者がっ……! 吐き出した宙は舌打ちをして、しかし心臓を跳ね上げた。
 あの新型機の動きは間違いない、“彼女”だ。
 どくんっ。心臓が跳ねる。どくんっ。ほら、また跳ねた。心臓が、思考が、過熱してレースカーみたいに凄まじい勢いで加速を開始している。脳内から分泌されるアドレナリンが心拍数を上昇させていく様を、宙は身を持って感じた。機会が巡ってきたんだ。口端が吊り上がるのを抑えながら、宙は告げる。
 「新装備が役に立つ時だ。ヴェルトールで出る」
 コラプサーを装備したヴェルトールと、かろうじて修理の間に合っているインベルの二機ならば出撃は可能だ。インベルは千早を欠き万全な状態ではないが、文句を言っていられる状況ではないだろう。千早と美希の援護が最優先である。
 行くぞ天海。そう言って、走り出そうとすると、
 「我々もそうしたいのは山々なのですが……」
 ジョゼフは言葉の端に漏れた憤りを噛み殺し、
 「許可、することはできません」
 「な、何を言ってるんだよ!? 今にも如月達は――」
 「本部からIDOLの発進命令が下りないのです。こちらから何度も要請を繰り返しているのですが、本部は返答を“待て”の一点張りで……」
 そんなもん! と怒鳴った宙は、しかし首を振るジョゼフを睨み付けた。
 これが組織だ。モンデンキントという名の。どれほどの正義感や義務感があろうとも、それを押し潰ぶすのがこの組織なのかもしれない。騙されている。湧き上がる不安と不信感がリコリスの言葉を反芻させた。何が悪くて、何が正しくて、何が嘘で、何が本当だ? この自問自答の意味は――。
 だが、明確なこともある。今この瞬間も事態は動き続けているということ。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。
 「落ち着いてよ、宙。私だって二人を助けに行きたいよ。でも、でも……!」
 春香は目尻に涙を浮かべて、宙の服の裾を握ったまま今にも泣き出してしまいそうだった。思い至る。春香は宙よりも先に、出撃を進言していたはずだ。大事な友達を助けるために、何度も何度も。
 手の平に痛みが走る。見ると、握り締めた拳の中で爪が食い込んでいた。じわりと滲んだ血を見て、妙な興奮が宙を苛んだのと同時、すっと身体から力が抜けるのを感じる。脱力。次いで、眼球がじろりと管制室を見渡す。
 忙しなくコンソールに向き合う小鳥達も、発進の許可を出せないジョゼフも、ただ無事を願うことしかできない春香も、皆行動できずにいる。動かなければいけない時に何もできない苦しみを全員が共有している。それは宙とて同じだった。皆、ルールという鎖に縛られているからだ。
 無視すればペナルティが課せられる。それ故に動けないでいる。
 だから、その鎖を千切るのは自分の役目だ。
 宙はそっと管制室を後にした。事態の収拾に忙しいジョゼフ達はそれに気づくこともなく、唯一春香だけがその背中を見て、閉じる扉の向こうに消えた宙に呼びかけた。声は届かず、宙はひたすら前だけを見つめて足を進める。ヴェルトールのいる格納庫へと。
 道中、勢い良く鼓動する心臓の音を聴いて、これから自分のしようとしていることを再度確認。千早達の救援とそして――。できるか? と疑問する。同時に、できるさ、とも肯定する。弱い自分を殺せ。過去の弱い自分を凌駕して見せろ。何度も自問自答し、荒ぶる鼓動は成すべきことを成すための高揚だと首肯。
 やるんだ、と。自分でも驚くほど低い声で宙は言った。
 格納庫への扉をくぐると、すぐの場所にヴェルトールは鎮座していた。
 以前とは比べ物にならないほど凶悪な外見に変貌しても、緑光色の優しい瞳は、宙の存在に気づくと明るく点滅する。引き締めた表情から、思わず頬を緩めてしまったのは、ヴェルトールからの信頼を肌で感じたからだろう。どこまでも心強い相棒を、自分のわがままにつき合わせてもいいのか少し迷ってしまう。
 大丈夫、こいつだって分かってくれるさ。身勝手な結論を無理矢理納得させて、整備員が作業する間を何気ない表情で素通りした。
 非常時なのはこちら側にも伝わっているので、宙が入って来ても誰も咎めるものはいない。何人かが、大変なことになったね、と話しかけてきたのを如何にも難しそうな顔で頷いて見せて、宙はヴェルトールのコックピットに繋がるタラップに足を掛けた。
 と、不意に背後から、
 「ん? 宙、そんなところで何をしとるんや? まだ発進許可は下りてないやろ」
 キャットウォークから宙の存在に気づいたのは整備班長だ。アイドルマスター課で長い間IDOLに関わってきた彼女は、他の若い整備員に比べて意識の切り替えがよくできている。まだマスター搭乗の連絡が来ていない中で、コックピット乗り込もうとした宙を不審に思ったのだろう。
 よりにもよって面倒臭い人物に当たったな。舌打ち、歪んだ表情をおくびにも出さず、そのまま、
 「コックピットで待機命令、連絡来てないの!? じきに発進命令も来る、しっかりしてよね!」
 「何やて? ホンマか」
 ばつの悪そうに、すまん、と告げた整備長は、管制室に確認を取るため宙の視界から消えて行く。
 まずい、あんな即席の嘘すぐばれる。思い立ったが吉日の行き当たりばったりな強行策とはいえ、失敗しては全てが台無しになる。急げ、と身体に命令を飛ばし、コックピットに滑り込んだ。起動していないコックピットの中は暗い。
 メインパイロット席に腰を下ろすと、モニターがぱっと明かりを灯した。
 「相棒、頼みがある。基地のシステムに介入して、少しの間だけ時間を稼いでくれないか。二、三分でいい。……発進できるだけの時間が稼げればそれでいいんだ」
 例のハッキング事件でIDOL達が活躍したという話は聞き及んでいた。ヴェルトールならば基地のシステムに介入し、発進カタパルトのコントロールも奪えるだろう。そして、基地が混乱している間にヴェルトールで発進する。宙の考えた作戦はとてもシンプルなものだった。
 博打要素が大きい上、成功するかも五分五分。大胆な方法だが、宙にはこれくらいしか思いつかなかったのもまた事実。
 それでもこの状況で手を拱いているわけにはいかないのだから。
 実行に移す価値は大いに、ある。
 ぴこっ! と電子音を鳴かせたヴェルトールのそれを肯定と受け取る。起動キーであるアイを挿入すると、命を吹き込まれていくかのように点灯していく機器。操縦桿を握る手に確かな暖かさを感じ、宙は大きく深呼吸して、目を伏せる。ただ黙ってその時を待つ。――しばらくして、外部集音器から拾われてくる音の中に整備長の声を聞いた。
 『宙、やっぱり発進許可なんて出てないやないか。いい加減に……っ!?』
 言葉は最後まで紡がれない。理由は分かっている。宙は口端をにやりと歪めて、ヴェルトールに礼の言葉を送った。
 外の職員達は驚いたであろう。突如、基地のあらゆる箇所で電力が落ちたのだから。それだけではない。主電源だけに止まらず、基地の管制システムまで混乱に貶めたヴェルトールは、更には地上へ出るためのルートを確保した上で、カタパルトのコントロールをこちら側に奪ってみせたのだ。
 迅速にも程がある電撃作戦的介入は、電子的にもIDOLが優れているのを証明して見せたと言っていい。おそらく、部屋に閉じ込められた職員もいるだろうし、一時的とはいえ外の状況が掴めなくなった管制室の一同は混乱しているだろう。迷惑をかけてしまったな、と思う一方、それだけの価値があると自分を納得させる。
 伏せた目を、ゆっくりと開く。
 「――行くぞ、ヴェルトール」
 ――“行こう”。
 宙が操縦桿を倒すと、モニターに表示されるアクトオンの文字。黒い重装甲が身じろぎし、ヴェルトールの異変に、整備員達が悲鳴をあげてキャットウォークから遠ざかっていく。それと同じくして、予備電源に切り替えた基地全体が赤い照明に照らし出され、格納庫の異常を察知した管制室から小鳥の声が響いた。
 『宙くん、そこで何をしているの!? まだ発進許可は下りていないのよ!』
 止めても無駄だ。小鳥の声に耳を貸さず、
 「ほら、退けよ! ケガしても知らないんだからな!」
 強引な物言いで整備員達を退去させると、奪ったコントロールでキャットウォークを移動。カタパルトへの道が開くと同時、ヴェルトールを吊るしていたハンガーがレール上を滑り始めた。火花を散らして超重量の機体をカタパルトハッチまで運ぶと、フックが外れてカタパルト上に機体が滞空する。
 管制制御、及びコラプサー各部人工コア良好に作動中。――いける。
 『天川さん、聞こえていますか! これは命令違反ですよ!』
 「分かってるさ、頭では理解できてる。けど、感情ってものはそうもいかないだろう!」
 「感情論で組織は動きませんよ!」
 「感情で動いて何が悪い」
 宙は手を振り、
 「人間なんだから、当然だ!」
 発進を止めてください! ダメです、間に合いません! ジョゼフと小鳥のやり取りを無視して、宙はフットペダルを踏み込んだ。
 「ヴェルトール、アクトオン!」
 瞬間、増設されたバーニアが怒涛の勢いで噴出しヴェルトールの巨体を推し進める。カタパルトを数秒で駆け抜けると、黒いIDOLは真夜中の東京上空に舞った。星も見えない大空を、影も落とさぬ暗い闇の中を飛翔する宙の目に、ふとモニターの端に映った病院が飛び込んできた。あずさが入院している病院だ。
 あずさはきっと夢の中だろう。彼女はどんな夢を見ているだろうか。心地よく寝ているだろうか。いや、それは明日話せばいい。千早と美希を救って帰って来て、自分の中の問題を片付けて、夜中にこんなことがあったんですよと驚かせてあげよう。
 うん、それがいいな。いつもと何も変わりなく、あずさが笑顔でいられるような話題を持ち込んであげるのだ。
 もう他のことに気を散らしてはいけない。視線を逸らした宙は、向かうべき場所へと意識を傾けた。振り返らず、自身の成すべきことだけを信じて。
 それは、もう二度と戻れない暖かな場所との別れだった。

                   ●

 「……ヴェルトールが発進した? こちらは許可を出した覚えなどないが?」
 「マスターの独断行動か。困ったものだな、カイエンの玩具にも」
 「止むを得まい。“クチバシ”の試射はまた次の機会とする。あれは我々にとっての隠し玉だ。隠しておくに越したことはない」
 「どちらにせよ“月”と戦う前にトゥリアビータは片付けなければならん。コラプサーの実証実験にもなろう。下手にクチバシを使って、ヴェルトールを傷つけては本末転倒だ」
 「あれは他のIDOL以上に重要な存在ですからね」
 「“シカンダ”。敵に対抗するための剣。カイエンはどこまでアレのことを把握していたのだろうか。奴が一線を退いてからはその手の研究が進まなくて困る。近々、再びこちらに引き戻すことも検討しなくては」
 「どちらにせよ、今は現状の解決が最優先だ。アイドルマスター課にIDOLの発進許可を出せ。こうなっては、動いてもらわねば困る」

                   ●

 銃口が閃く。
 連続される銃撃音が海上に響き、千早は呼吸すら忘れてフットペダルを蹴り倒した。応じてヌービアムが横ロールすると同時、三発の弾丸が、回避コースを塞ぐ絶妙な弾道で襲い掛かる。動悸は加速。咄嗟の判断で蹴り上げた脚部が弾丸を消し飛ばし、辛うじて危機的状況を脱する。
 動きが間に合っていない。ヌービアムは今、完全に敵の手の内にあった。
 「千早さん、どうするの!?」
 「なんとか耐える! ここで墜とされるわけには……!」
 突如の襲撃は、千早と美希に焦りを植え付けるのは十分過ぎる出来事であった。エピメテウス数機に加えて灰色の新型機。その新型の姿に、ヴェルトールが重なる。
 おそらくヴェルトールの同系機。灰の色は、むしろ塗装前の未完成さを醸し出していて、ヴェルトールを象徴する肩のバインダーもなければ、アルツァヒールを装備している様子もない。代わりにミサイルポッドやレールガンなど、対IDOL兵器を多数装備したその機体に、ヌービアムは圧されつつあった。
 逃げ惑うヌービアムをエピメテウスが追従し、灰の新型がレールガンで狙い澄ます。まるで、猟犬に追わせた獲物へ狙いをつける狩人そのもの。無理矢理な機動とランダム回避を駆使しても、必ず銃弾が飛び込んでくる。
 無人の動きではない。もっと熟練した人間――エースだ。
 上方から降り注ぐ無数の銃弾に唇を噛み締めた千早へ、
 『動きが鈍いわね。せっかくの機体が台無しじゃない』
 くすくすと笑うその声は、
 『私からその子を奪ったのなら、それに相応しいだけの働きをしてご覧なさいな! この“サイーデ”と同等の働きをね!』
 自信に満ちた威圧。灰色の狩猟者――サイーデから女の声がした。奪う。相手の言葉を反芻した千早は言った。
 「あなたもしかして、リコリスって人ね!」
 『あら、ご存知? 私も有名になったものね』
 「ううっ、この人嫌いなの! 東京で会った時すごく怖い思いしたもん!」
 あっかんべと舌を出した美希。銃を突きつけられるという、強烈なトラウマを刻んだ相手を、精神的にも受け付けられるはずもない。
 美希はふてくされた表情になりながらも、間断なく撃ち出される弾丸の軌道予測を千早に伝え続けている。彼女の心中には、ここを耐えれば宙が助けに来てくれるという想いがあったのだ。
 「持ち堪えればハニーが助けに来てくれる。そしたらあんたなんかけっちょんけっちょんなんだから!」
 ちくり、と。千早の胸中に痛みが走る。先程、宙がこちらに向かったと連絡があった。ここを持ち堪えれば彼が助けに来てくれるだろう。だが、つい数時間前のやり取りが頭を過ぎり、失望された、見限られた、そんな風なイメージが如月千早を殴りつけ、胸が苦しいと軋みをあげる。
 ……くっ! こんな思考は邪魔なだけなのに!
 宙への信頼が裏返って不安に変貌する。千早の中で、宙はもうかけがえのないほど大事な存在となっていた。
 幼い日の憧れではなく、対等な位置に立つ男性として。宙は千早にとっての支えとなっていたのだ。そのことを理解していながらも認める勇気が足りない。拒絶されたら、否定されたら、如月千早は一人ぼっちになってしまうから。そんなことは嫌だ。
 ……それは弱い私! 私はそんなんじゃ!
 不安を振り払うように、千早はフットペダルを踏み込み、ヌービアムの脚部バーニアを噴かせた。空気の壁を突き破って前方へ加速する巨体が、破壊の意を持って飛来する弾丸を、上下左右の豪快にスライドするアクロバティック飛行で回避していく。
 ただ逃げるだけではない。サイーデが次弾を装填するわずかな隙を突き、拳の届く近接距離へと潜り込んだ。カメラを通じて千早とリコリスの視線が交差。
 瞬間的激突。繰り出した右拳は、しかし身体を逸らしたサイーデの顔先を掠るに止まった。惜しい! 美希の残念がる声を聞きつつ、千早は即座に次の行動を開始。回避、回避、回避。相手の懐で無防備になるのは撃墜と同義だ。
 カウンターで突き出された膝が胸部を擦過し、火花が散る。回避は紙一重だった。脚部を振り上げ、推進器の口を前方に向け、火が吹き出ると同時に機体が後ろへ弾き飛ぶ。
 安全圏への退避。千早は深呼吸。瞬時の攻防の緊張から自分を落ち着かせる。
 『へぇ、やればできるじゃない』
 「あなたは何様のつもりですか! 上から目線で人の動きに採点を下して! それに宙だって、あなたと会ってからおかしくなってしまった。一体彼に何をしたの?」
 『……知らない。勝手に誤解して、勝手に苦しんでいるだけですもの』
 低い声。思わず、ぞっと肌が鳥肌立つ。
 『私はリコリス。他の誰でもない……!』
 密かな“苦味”が込められた叫びが、電磁加速された弾丸と化してぶつけられる。思わず出た舌打ち。機体を翻したその刹那。
 両腕を重ねて振り上げたエピメテウスが、すぐ背後に飛び出してきた。
 「しまっ……」
 た、と唇が言葉を形作る前に衝撃が走った。容赦なく背部に叩きつけられた拳に、ヌービアムは腰を横に折りながら水面へと落下する。撃たれる……! 千早の脳裏を翳めた銃弾に貫かれるイメージは、彼女の身体を一瞬で凍えさせる。
 それを、まさしく“狩る”側の瞳で狙い済ませたリコリスは、十字の照準をヌービアムに合わせ――。
 『……っ!』
 躊躇いなく引き金を引こうとした瞬間、サイーデの目の前を遮るように光線が迸ったのだった。
 如月千早は、息の絶える寸前で水の中から顔を出した時のような、酸素と共に生の実感が空っぽの肺の中に入ってくるのを感じた。
 眼は、銃口から自分達を救った光線の残滓に向けられている。鼻は、絶え間ない操縦で服に染みた汗臭さを嗅いでいる。肌は、後から実感として湧き上がってきた恐怖で駆け抜けた背筋の悪寒を伝えている。舌は、叫んだ際に思わず噛み切ってしまった口内の血の味を味わっている。耳は、ある機体の接近を知らせるアラームを聞いている。
 身体を司るありとあらゆる感覚という感覚、五感が生きていると訴え、千早は荒い息を吐く。直後の行動は、千早も美希も、そしてリコリスも同じ。皆、同じ方向に視線を投げたのである。
 目撃する。光線の源。水飛沫をぶちまけながら海面すれすれを飛来する黒い巨影。強化装甲によって肥大化したシルエットから一対のスタビライザーを広げ、手にしたロングライフルをアイオーンに向ける機体を。
 誰かが呼んだ、その機体の名は。
「――ヴェルトール!!」
 助けに来てくれた。美希は満面の笑みを浮かべ、千早は胸が高鳴った。本当に、姫を救うために颯爽と現われる騎士のようしか思えない登場だ。
 腰のウィングスラスターと増加バーニアが更に出力を上げ、威圧を込めて敵を刺し貫くカメラアイを覗かせて、ヴェルトールはサイーデに対し両手のライフルを狙いもつけずに連発した。
 光弾。直線を描く無色光は、アルツァヒールのそれと酷似している。当然だ。威力では劣るものの、アルツァヒールを解析し、擬似的に再現したそれに類似性がないわけがない。唯一の武装を失ったヴェルトールにとって、これ幸いとばかりに打ってつけの代物に違いなかった。
 ……けれど、あの機体がそう簡単にやられるわけが……。
 千早の想像通り、すでにサイーデは新たな状況に適応し終えている。即座に、振り回す勢いでレールガンの先をヴェルトールに固定し、大盤振る舞いに連発。複数の列を成し、針の穴に糸を通す正確さで放たれた弾丸が、ヴェルトールに殺到する。
 だがどうしたことか。ヴェルトールは回避行動を見せようともしない。それどころか、一直線に突っ込んで来るではないか。確かにサイーデへの最短距離はそのコース。撃墜を覚悟しているとでもいうのか。自殺行為だ。千早が背筋を冷たくする前で、群れを成す弾丸が愚か者を滅さんと直撃した。――爆発。
 「ハニー!」
 美希が口を覆いながら言って、
 「――違う!」
 海が炸裂した。轟っ! という雪崩や地響きにも似た大音響が、海を割ることによって拡散する。伸び上がる水柱が雨を生み、爆発で発生した水蒸気から浮かび上がる緑光の瞳。次の瞬間、水上を滑るように移動していたヴェルトールが、水面から羽ばたく水鳥のように舞い上がった。その姿、己が力を誇示するが如く無傷。
 ヴェルトールの両肩。大型化され、人工コアをそれぞれ搭載した多重装甲バインダーが、機体の前面を守るように展開されていた。無傷の理由はそれである。強力な盾としての機能が、機体に纏う重力殻と相まって、二重の堅牢な守備を生み出しているのだ。
 ……なんて、強力な!
 ヴェルトールの進撃は決して止まらない、止められない。飛び上がる黒のIDOLが狙うは、灰の鈍色めいた装甲鎧う敵のみ。両腕のライフルで今度こそ狙いをつけると、吐き出された光線は二発ずつ。当たりは正確だ。光線はサイーデの重力殻を減衰させ、機体をよろめかせる。これ以上ない隙、だった。
 そして、そこで初めて、ヴェルトールのマスターは――天川宙は絶叫した。
 『この時を、待ち侘びた!!』
 絶叫の強さを体言するための攻撃。すなわち、最大出力で展開した重力殻ごとサイーデに突貫すること。または体当たり、とも言う。
 けれど侮ることなかれ、合計三つのコアによって、既存のIDOLを遥かに凌駕した“ヴェルトール・アルタスク”の重力殻強度はオリジナルIDOLの倍以上に匹敵する。それが秒速三〇〇メートル超過でぶつかったらどうなるか。
 結果は、甲高い激突音と共に訪れた。
 『考えが、甘い!』
 ただの力押しで、リコリスがやられるはずもない。重力殻同士が接触する瞬間、サイーデは躊躇なく右足を蹴り上げた。迎撃のためではなく、蹴撃の反動を利用して機体を避難させるために、だ。
 一方向に真っ直ぐ投げられたボールが横からの衝撃に弱いように、ヴェルトールもまた、わずかに方向を逸らされて、その勢いをも利用し、サイーデはヴェルトールの真下を掠る形で安全圏への逃れ落ちた。
 『やる……!』
 無論、宙とてケリが着くとは考えていない。即座に機体を回転させると、ヌービアムを背後に匿うかのような位置に陣取った。
 その、攻防の激しい一瞬。圧倒的な光景に声も出なかった千早は、スタビライザーを広げるヴェルトールに魅入ってしまった。空気や音、あらゆるものが、その時だけ絶対的な静寂に満たされて。完全な静寂の中心に、ヴェルトールは存在していた。
 最初に沈黙を破ったのは美希だ。
 「ハニー? ねぇ、ハニーなの?」
 『ああ、二人とも無事か?』
 「ハニー! 美希、きっとハニーが助けに来てくれると思ってた! やっぱりハニーは美希の王子様だね!」
 『その調子じゃ、どうやら平気みたいだ。如月もな』
 「……助かったわ」
 言葉を振られて、千早は簡潔に言った。屋上の件もあるし、あまり堂々と話せるような状況ではなかった。だから視線もすぐに逸らしてしまう。千早の様子から、そう言った細かい心情まで分かってくれたのだろう。宙は千早にそれ以上何も言わず、二人に対して安堵の息を吐き。
 ヴェルトールは、ライフルの長い銃身を持ち上げて、真っ直ぐある機体に向けた。剣の切っ先を突きつけるように。
 灰色のIDOLサイーデ。リコリスの機体。
 寡黙な、緊張という名の電流が空気に走り、相克するヴェルトールとサイーデの視線が、夜の空に交差する。
 これはチャンスなんだ。宙は呟く。
 ここに、とある男の戦いが始まった。



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Author:o-van P
 しがない物書き。アイマスとロボットをこよなく愛する人間。どんな時でも仲間を求める習性がある。

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