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 第十三話 ヒエムス争奪大決戦/Angel halo


 双海亜美と真美は珍しく神妙な様子で顔を見合わせた。
 作戦の開始から数時間。グリムス山から遠く離れた管制トレーラー内で、バックアップに回ったマスター達とオペレーター数名、そしてジョゼフは不測の事態に対応を迫られていた。
 敵部隊に捕捉されないよう後退して、実働部隊である宙達を援護するのが当初の予定だったが、正体不明の通信妨害が宙達との交信を絶ったのである。グリムス山近辺を覆う強力な重力異常が、その原因だとされている。
 トゥリアビータの妨害――というよりも。どこか自然現象染みた、周囲のあらゆる情報が遮断される、一種の結界が作用しているように思えてならなかった。
 そうして通信が途絶えてからしばらく、そして数分前、事態が転じた。双海姉妹の持つIDOLの“音”を聴き取れる能力で、かろうじて位置関係は把握できていたのだが。その音が、突然途切れたのだ。グリムス山の火口から地球の血液=紅蓮の溶岩が噴き出してくるのと同時に。
 双海姉妹が顔を突き合わせている原因はそれだ。
 「ねぇねぇ、今のヒエムスが起きた音だよね? これ、メッチャやばいんじゃない!?」
 「……ヒエムス、なんかチョー怖がってた?」
 山が燃えている。怒りに叫ぶ憤怒の声のようにも、苦しみに泣き叫ぶ悲鳴のようにも聞こえる噴火の様子が、モニターに大きく映し出されていた。
 異常はグリムス山の噴火だけに止まらず、大地に刻まれたクレバス、その谷底に流れる溶岩までもが流れ出すに至り、周囲を赤黒い灼熱色に染め上げている。空が青空ではなく暗雲でも立ち込めていたら、まさしく黙示録的光景になっていただろう。
 壊れた楽器が奏でる不協和音。そんなヒエムスの、恐怖を孕んだ声がこの大地を荒れ狂わせたのか。
 「音無君、まだ通信は回復しませんか」
 頭を抱える双海姉妹の横で、ジョゼフは静やかに確認を取る。
 「もう調整が終わります。――よし、なんとか繋げました。皆に呼び掛けます」
 小鳥が鍵盤型のキーを叩くと、管制室に響く高低差の激しいノイズ音。しばらく、通信を調整していると、
 『こ……ベル……千早……』
 「あ、繋がった! こちら管制、応答して!」
 『――こちらインベル。千早です』
 『同じく春香です! はぁ、やっと通信が繋がったぁ』
 「ああ、千早ちゃん! 春香ちゃんもよく無事で!」
 聞き慣れた仲間の声に、室内がどっと沸き上がった。皆一様に安堵の声を漏らし、雪歩のように胸を撫で下ろす者もいれば、真のようにガッツポーズで喜びを表す者もいる。火山の噴火を目の当たりにする事態だったのだ、誰しもが春香達の無事を喜んだ。
 一度良い方向に向かうと、連鎖するように他のマスター達からも、次々と連絡が入ってきた。状況を確認すると、各IDOLは離れた場所で立ち往生しているようだ。なんでも、IDOL達が急に動かなくなったらしい。それは戦っていた敵のIDOLも同じだと言う。
 第二防衛ラインのネーブラは、ヒドルンのアルツァヒールが辺りを吹き飛ばしたものの、戦闘を続行できるだけの余力を持っていた。ネーブラとヒドルン、共に疲弊しつつ戦っていたところに火山の噴火だ。その直後に、突如ネーブラが動かなくなり、ヒドルンやエピメテウスも機能を停止。戦闘が中断されて今に至る。
 第三防衛ラインのテンペスタースも、火口内で戦っていたインベルも、ほぼ似たような状態だった。
 テンペスタースは機能停止した際、クレバスから盛り上がって流れ出た溶岩流に流されてグリムス山から遠ざけられた。噴火した火山内部にいたインベルは、凄まじい勢いで外に投げ出され、大砲の如く空を飛ぶ火山岩と一緒に地上に叩きつけられていた。もし重力殻が保たなかったら、機体ごとマグマの中で溶けていただろう。
 『でもどうしてIDOL達は動かなくなっちゃったんだろ。そっちで何か分かります?』
 「はるるん、たぶんね、ヒエムスが起きた時の声を聞いて皆びっくりしちゃったんだよ。気絶してるんだと思う。ダイジョーブ、少し眠ったら目を覚ますよ」
 亜美の言葉を聞いて、よかったと微笑む春香。千早も同意しつつ、今後どうすればいいのか判断を仰いだ。IDOLが動かない以上ヒエムスの回収もままならないし、それはトゥリアビータ側も一緒だ。とにかく、一度体勢を整える必要がある。
 各機体から送信された位置情報を統合させると、ジョゼフは顎に手を当てて、効率的な回収ルートを模索する。
 「我々から一番近いのはネーブラですね。では最初にネーブラを回収しつつ、順次他の回収地点へ向かいましょう。それぞれ修理や調整が必要でしょう。……敵部隊とかち合う可能性もありますが、足を竦ませてはいられませんね。本部との連絡は取れますか?」
 「多少調子を取り戻している今の内ならば」
 「では、音無君は本部と通信を繋いでください。各班は移動の準備を。気を抜けませんよ! がんばってください!」
 全員が応と言葉を返し、IDOLチームはその場での待機を命じられた。ヒエムスはいまだにマグマの底。どちらかの陣営がヒエムスを手に入れない限り、この戦いに終わりはない。
 忙しなく動き始めた面々の中、
 『ねぇ、そういえばハニーは? ハニーは無事なの?』
 美希は不安そうな面持ちで問いかけてきた。そういえば宙はどうしたんですか? あずささんは? 今の通信に宙達が参加していないのに気づいて、皆が疑問を口にする。失念していたのは管制トレーラーの面々も例外ではなかった。春香達と連絡が取れたことで、気持ちが緩んでいたせいもあるだろう。
 この状況下、敵も味方も動けなくなった状態で宙達だけ音沙汰がないのはおかしい。ジョゼフは嫌な予感を覚えて、すぐにヴェルトールの反応を探索させた。宙達が残った戦闘区域は、ネーブラの回収位置からやや離れていたはずで、場合によっては回収コースを改めることも視野に入れなければならない。
 だが、オペレーターの返事は期待を裏切る内容だった。
 「ヴェルトールの反応、確認できません。ですが代わりに妙な重力反応が……」
 正面モニターに映し出された情報を見て、その場の全員が首を傾げるハメになった。何故なら画面上に映し出された周辺地図の一角が、ぽっかりと空いていたからだ。まるで地図上に白いペンキを塗ったかのように、何も映し出していない。そこから読み取れる意味は、ただの重力異常ではないことを明確としている。
 光波、電磁波、粒子。あらゆる要素を遮断する、グリムス山周辺を覆う結界の中心と思しき、現世から切り離された異界。
 ヴェルトールはあの異界の向こうに消えた。
 消えてしまった。
 「本部との通信、繋がりました。いかがしますか?」
 小鳥が振り向いて言う。案の定、小鳥の表情は暗かった。小鳥にとって、宙は一言では言い表せない複雑な関係を持つ人物だ。けれどなにより、親友の弟であり、昔は自分によく懐いてくれていた青年が、危険な状況にあるのかさえ分からないのは、不安で仕方ないのだろう。
 「……本部にこれからの指針を仰ぎます」
 告げて、作戦の今後を問うべく本部との通信を繋ぐジョゼフ。彼もまた、一抹の不安を感じながらも、自分の決断が最善だと信じてやるしか術がなかったのだった。
 そしてジョゼフ達は、誰しもが予想し得ない事態が進んでいることを、後になって初めて知ることとなる。

                   ●

 終わりが空から降りて来た。
 それが現れたことでヌービアムとの戦いが終了するに至ったのだから、これは比喩的表現でもあるし、事実とも言える。
 ヴェルトールとヌービアム、動きを止めた二機の頭上。太陽の光とも違う、黄金の光が大地を照らしていた。オーロラを連想させる光のカーテンが空を遮り、現実と幻想の境界を曖昧にさせる。だから、宙には区別がつかなかったのだ。

 煌く天輪を携えて、空より現れた白い人型が、現実なのか否なのか。

 「IDOL?」
 人型に見入っていたあずさが無意識に言葉を紡ぐ。そう、確かに。その人型を自分達の定義に当て嵌めて考えるのなら、それはIDOL以外に有り得ない。巨大な人型という存在を、自分達はIDOLしか知らないのだから。――あまりに神々しく、何より禍々しい。筆舌に尽くし難い威容が光を纏って天より降りて来る。
 頭の天辺には光の天輪。IDOLでなければ、まるで神話に描かれる天使だ。
 外見は完全な人型で、IDOLのそれよりも人に近い。白く透き通ったボディの表面は淡く発光し、四肢はすらりと長く。丸みを帯びた均整なボディライン。よく見ると表面には幾何学模様が浮き上がっては消えていた。そして、それには機械的要素が何一つ見受けられなかった。
 巨躯を押し進める推進器類はなく、武器と呼べる物もなく。ひたすらに、ただただ人型で在り続けるそれは、人形の存在によく似ている。人形の四肢を糸で吊るしたらきっとこんな感じだろう。温かみも、冷たさもない無感情的な在り方。
 特徴的なのは、尖塔のように尖った頭部だろう。はてしない物語に登場する象牙の塔に近いかもしれない。頭部にはカメラアイもなく“顔がない”。
 天使なのか。はたまた道化のピエロなのか。
 「なんて……“気持ちの悪い声”」
 「宙さん、具合が悪いんですか? 声が震えていますよ」
 並々ならぬ、慄然とした声にあずさは振り向いた。宙の様子は顔面蒼白。操縦桿を握る手は小刻みに震えて、天使の姿を直視することさえ拒否している。身体中の細胞一つ一つに眠る原始的な部分が告げているのだ。そもそも人の相対していいものではないのだと。
 くそ、意識が持っていかれる……! 頭がイカれる! ――こんな激烈な敵意を浴びせられたら!
 『……不気味な奴。愛想もない。出会いの印象も最悪。嫌いなタイプね』
 不意にリコリスが怪訝そうに言った。彼女も天使の放つ敵意を察しているようだ。あずさだけが気づいていない? そんな馬鹿な。不可解な気持ちになりながらも、
 「こんな奴を相手にすることはない! リコリス、あんたもだ。すぐにこの場から離れろ、今すぐだ!」
 『……? 酷い狼狽振りね、坊やらしくもない。まぁ、でもそんなところも可愛いじゃない。怖いのならお姉さんの後ろに隠れていてもいいのよ?』
 くすくすと喉を鳴らすリコリス。宙は怒声をあげた。
 「遊んでる場合じゃないんだよ! せっかく忠告してやって――」
 途中で宙は口を噤んだ。否、宙もあずさも、リコリスでさえ言葉を失った。
 天使は咆哮したのだ。口もないくせに、歌うような旋律で空気を振るわせた。あまりにも美麗な音色が故に、咆哮と呼ぶには些か語彙があるかもしれない。だがそれは間違いなく咆哮だった。獲物をしとめる猛獣の合図は咆哮に他ならないのだから。
 瞬きをする。たったそれだけの行為。次の瞬間、天使はヌービアムの背後に回っていた。
 瞬間移動。
 『後ろっ!?』
 音速という域ではない。超越している。推進器すら備えていない人型が、何を持って瞬間移動などという芸当をこなせるのか。疑問を抱く暇すら与えず、天使はヌービアムに肉薄。細く透き通ったその腕で、ヌービアムの両腕を捻り上げた。
 『私と戦う気!』
 軋むヌービアムの装甲。細腕に似つかわしくない桁違いの怪力は尋常じゃない。ヌービアムは天使を引き剥がすべくもがくが、出力では完全に力負けしている。
 『力任せに押し倒す! この私に! 調子に乗るものいい加減になさいな!』
 悪態はもはや悲鳴だ。得体の知れない相手に恐怖と怒りを覚えながらも、リコリスは拘束から脱出しようとする。頭突き、蹴り、体当たり。腕を封じられている以上、機体のあらゆる箇所を使って攻撃を慣行する。
 だがしかし、重力殻の出力を上げて弾き飛ばそうとしたその瞬間。損傷を負っていた右腕がついに耐え切れず握り潰された。
 なんだ、この圧倒的な展開は。衝撃に、唇をわなわな震わせるリコリス。このままでは左腕もやられてしまう、早く離れなければ。
 「リコリス! ちくしょう、だから言ったんだ!!」
 宙は衝動的に操縦桿を動かしていた。アルツァヒールの照準を天使に定め二度引き金を引く。放たれた強力無比な稲妻は天使にヒット、最小出力に設定されているとはいえ威力は絶大だ。無色光が散る。
 天使は見た限りは無傷。警戒したのか、天使はヌービアムから離れて後退。再び距離を置いて対峙する。
 「今のは重力殻でしょうか? あの機体も、やっぱりIDOLなのかしら~?」
 あずさは天使の情報を解析しながら言った。
 アルツァヒールが当たった際、光弾は天使の手前で拡散した。波紋を浮かばせる特徴的な反応は、重力殻で間違いないだろう。少なくとも、アルツァヒールを防ぐには慣性制御を使用するしかない。そして、慣性制御を扱えるのはIDOLだけだ。
 「あずささん、いいな、逃げるぞ! リコリス、あんたもそいつから離れろ! 人が親切にも助けてやったんだぞ!」
 『傲慢な言い方ね。別に助けてなんて言った覚えはないけど?』
 「うっさいな、無我夢中って奴だ。文句あるのか!」
 『呆れた……。私と坊やは敵同士でしょうに』
 溜息を吐かれて、確かにそうだと言葉に詰まる。思わず助けてしまったけれど、リコリスは何度も苦渋を舐めさせられた相手で、美希に銃を向けもした。決して相容れるような関係では、ない。これは天川宙としての優しさなのか、それとも甘さなのか。悪い意味とはいえ、深い関係にある相手を見捨てられなかったのか。
 どちらにせよ、宙には自分自身の行動が納得できなかった。あえて、何かしらの理由をこじつけるとするならば、
 「……あんたを倒すのは俺なんだ。ぽっと出の野郎に倒されたんじゃ、困るだろ」
 我ながら古典的な台詞だと思う。一昔前のスポ根漫画でさえ古臭い台詞が、しかし一番しっくりくるような気がした。
 そう、納得。と、リコリスもすんなり受け入れたようだ。まったく、奇妙な関係である。
 ヴェルトールとヌービアム。本来竜虎の如く相克すべき二機が、どんな天の気紛れか、同じ“敵”を目標としている。糸に吊るされた不気味な天使人形は、相変わらず直立不動。
 「繰り返しだけど、言うぞ。急いで逃げろ」
 『臆病者、とは言えないわね。坊やの言う通り、私もあれの相手をするのは遠慮したいけれど……。おいそれと逃がしてくれる気もないみたいよ』
 「えっ?」
 「――エネルギーの集束を確認、取り囲まれています! 数多数!」
 『来るわよ!』
 あずさの報告を受け、力任せに操縦感を引いた。ヴェルトールは右へ、ヌービアムは左へ。全ての推進器を噴射し、全力で回避行動を開始する。
 一拍遅れて宙は視認した。機体を囲んで環状に生じた空間の歪みを。そこから射出された無色の閃光が無数。空間を貪って飛来する攻撃はまさにアルツァヒールのそれと同等だった。重力塊。――回避、交錯。
 高速スライドそしてターン。死角は肩のバインダーを可動させて盾で防ぐ。すると、重力塊の一つが眼下の山に接触。ゴボリッ、と。スプーンでアイスを掬うかのように山がごっそり削られるのを目撃して、宙は声にならない悲鳴を噛み殺す。
 直撃すれば被害は免れないだろう。迎撃、回避を最優先だと判断。一足早く回避行動に移ったヌービアムが接近した重力塊を殴り飛ばしている。重力殻を手足に集中することで密度を上げ、纏い、攻撃しているのだ。
 あのように方法はある。対抗できるか。
 「なら撃ち落す!」
 二挺のアルツァヒールを重力塊へ。高速で飛来してくるそれに狙いを定める暇もなく、“数撃ちゃ当たる”の精神でトリガーを絞る。高速機動――目まぐるしく変わる視界、モニターが大地を大写しにしたかと思えば、次には青い空が広がっている。逆さになった山々が、縦横無尽に駆け巡る機体のそれを象徴していた。
 「……っ! 機体直上、大きいのが来ます! このタイミング、駄目、避けられない!」
 取られた! 上を! 舌打ちして怒りを顕わにしても事実は変わらない。地を抉り取った威力にヴェルトールはどこまで耐えられるだろう。ぐっと歯を食い縛った時。
 『不注意よ、坊や。もっと全体を見切る視野を持ちなさい』
 真上、回し蹴りで重力塊を蹴り飛ばしたのは他でもないヌービアムだった。霧散する重力塊を見届けることもなく、ヴェルトールに視線を投げる。勝ち誇ったリコリスの表情がまざまざと想像できるのが悔しい。
 『これで、さっき助けられた貸し借りは無しね。注意力が散漫よ?』
 「不注意はあんたもだろ?」
 悔しいので、ヌービアムの背後から落ちてくる重力塊を撃ち落してやる。
 「これでまた貸し一つ」
 『……やってくれるじゃない』
 互いの表情は見えないが、この時の二人はまったく同じ表情をしていた。にやりと口元を吊り上げたのだ。背中を任せる形で滞空する二機。
 「どうする? あんたでも離脱は難しいのか」
 『坊や達を囮に使ってもいいのなら疾く逃げさせてもらうのだけど』
 「素直に無理だって言えよ……。囮なんかに使われる気はないからな」
 『そう、残念。救援を呼ぼうにも通信妨害で繋がらないのではねぇ』
 「妨害は全部トゥリアビータの仕業だろうが!」
 『お馬鹿さんね、よく考えて御覧なさい。味方の通信も邪魔していたら本末転倒でしょうが。こいつのせいよ、こ、い、つ、の』
 リコリスの言葉をあずさが継ぐ。
 「リコリスさんの言う通りかもしれません。通信、レーダーも含めてジャミングのレベルが一番高いのはこの一帯です。あの天使を中心にして……」
 『ほら、嘘は言っていないでしょう?』
 「……逃げられない、救援も期待できない。――度胸を見せる時かな」
 静謐とした天使はこちらの存在を捉えて逃さない。まるで泥の沼が段々と迫って来るようなイメージ。すでに足元は呑まれてしまっている。目的も行動も何一つ理解できない異分子について、唯一はっきりしているのは、戦闘は避けられないということだけだった。
 凶敵。重力殻の波状攻撃は脅威の一言に尽きる。ヴェルトール単体では、最悪敵わないことぐらい、宙も承知していた。だから状況を打開するために最も効率的で確実な方法も、また――。
 あずさをちらりと盗み見ると、彼女は絶妙なタイミングで振り向き、頷いて、
 「私は賛成ですよ、宙さん」
 「俺はたまにあんたが読心術の使い手じゃないかと疑うよ」
 「パートナーですから。宙さんの考えてることは、お見通しです。それに複雑な心境なのは、宙さんの方ですよ~? 宙さんは、自分が正しいと思うことをやってください。私はそれを全力でサポートしますから」
 にっこり微笑むあずさに、心臓がどきりと弾む。邪念が洗い流されていくような清々しい気持ちになって、気恥ずかしく頭を掻く。感謝してるよ。うふふ、がんばりましょう~。ささやかな会話を区切り、宙はリコリスに言った。
 「リコリス、非常に不本意だけれど、提案がある」
 『奇遇ね、私も提案があるわ』
 一瞬の空白。それだけで、二人の間に契約が交わされた。
 最強の敵は。
 今この時だけ、最強のタッグとなる。
 「一時休戦! 今は目の前の意味不明野郎を!!」
 『叩き潰す!!』
 がつんと機体の拳を打ち付け合うことこそ契約の証。なんだ、同じことを考えてやがったか。私と同じ意見だなんて、少しは頭を使ったようね。互いに応酬する皮肉。それは言外に相手を認めるような口振りを秘めていた。
 さぁ、条件は整った。宙とリコリスの間に合図はない。だが予定調和の如く、二人は同時にフットペダルを蹴った。ドンッ、という空気を裂いて進む破裂音。それを契機に反撃が開始された。
 白透の天使はするりと人差し指を天に向ける。天を突く指先の一点を中心に重力が急激な勢いで循環を開始、それを天使が軽く弾くと、球状の重力塊が放射状に放たれた。まるでピアノの鍵盤を叩くような繊細さでありながら、差し向けられた重力塊は凶悪の権化そのものだ。
 蜘蛛の糸よろしく放射状に連続される重力塊を無力化するならば、本体を撃破するより手立てはない。故に、ヴェルトールとヌービアムは推進器をフル稼働。爆発的な加速力が機体を押し進める。目指すは同じ、あの天使へと。
 『先に先行するわ、坊や達は援護を!』
 「そうさせてもらうよ。ヌービアムこそ、片腕を失くしてるんだから調子に乗って前に出過ぎるなよ!」
 『あら、私を誰だと思っているの?』
 実力的にはリコリスの方が数段上だ。損傷があるとはいえ、宙達を圧倒して見せた戦闘力は衰える気配がない。少なくとも、近づくにつれ激しさを増す攻撃の只中に突っ込んでいく芸当は、宙にはできない。
 だから宙達は援護に回るべきだ。アルツァヒールという高威力遠距離武装を頼りに、ヌービアムに集る重力塊を蹴散らして進路を作ることこそ最善。
 宙とリコリスの考えた作戦は奇しくも同じだった。
 「あずささん、重力塊の軌道パターン計算を!」
 「はい! ――最初は上方四時の方向、数二です!」
 迷いなく銃撃。稲妻が奔り、ヌービアムを狙って急降下した重力塊を粉砕。進行方向を前方の一点に絞ったヌービアムは、援護の及ばない範囲の攻撃を回避するだけで、ただ一直線に天使への道を辿っていた。その姿、瞬きの間に吹き抜ける疾風そのもの。
 ……リコリスの思考が手に取るように分かる。理解できる!
 次にヌービアムが移動する位置、回避するタイミング。こちらの援護と、噛み合った歯車のように連動するが故に必然と導かれる答え。言うなれば一対の翼。比翼の鳥、共に羽ばたく翼そのものだ。
 そんなことが可能なのか。陣形もコンビネーションも、一度とて試したことがないものなのに。多くを共に戦い抜いてきた戦友のような、思考を共有した、一糸乱れぬ脅威の連携。相手の癖すら考慮に入れるような連携が、自分達に果たして可能なのだろうか。
 いや、今考えるべきことではない。確かなのは、それが天使を撃破することに繋がっているということだけだ。それで十分ではないか、天川宙。自分に言い聞かせ、ヌービアムの進行方向から迫る重力塊をまた撃ち落す。
 気づけばすでに、ヌービアムはトリークハイトブレッヒャーを発動できる間合いへと詰めていた。
 『まずはその重力殻を、壊すわ!』
 攻撃地帯を――、抜ける!
 突き込んだのは残った左腕。だがそれだけで十分だ。最大出力で穿たれた拳が天使を保護する重力殻に深々と突き刺さり、侵食していく様は豪快の一言。天使は、オペラ歌手が謳うかのような鳴き声で、甲高い悲鳴をあげる。美しい音色の中に含まれるのは恐怖か、痛みか。
 それでもまだまだ。その程度でヌービアムを貶めた贖罪にはなりもしない。重力殻の表面に指先を突っ込ませ、ガリガリと抉るように捻り開く……!
 瞬間、天使の咆哮が新たな重力塊を召喚。天使を中心に集束した重力塊は上方、下方、右方、左方。四方を埋め尽くす破壊の具現が間断なく射出された。舌打ち一つ、重力塊の一つを蹴り込むことで足場とし、咄嗟に直撃を免れる。
 ヌービアムの後退は、すなわち重力殻を修復する時間を与えてしまうことと同義。一度体勢を立て直す機会を与えてしまえば、特攻が全て無駄になるだろう。再び重力塊の嵐を突破するのは、至難の業だ。
 天使から遠ざかるヌービアム。裂かれた重力殻は閉じようとして、
 『よく合わせたわね。このタイミングなら文句はないわ』
 リコリスの、微笑を浮かべての一言。天使はその意味が分かるだろうか。否、知ろうとするだろうか。どちらにせよ知ることとなるだろうが。その微笑みは、勝利への確信から生まれるものであることを。
 ヌービアムの背後、その一直線上より。
 ヴェルトールはアルツァヒールを手に天使の前へと躍り出た。
 これこそが連携の真髄。片腕を失ったヌービアムが、援護があるとはいえ、重力殻の破壊と本体への攻撃、二重の手順を踏んで天使を撃破するのは難しい。単機では不可能。だからこそ、ヌービアムの攻撃はブラフ。
 派手な攻撃はヌービアムに注意を惹きつける演出であり、わずかな意識外を狙って本体を叩くのはヴェルトールの役目であった。
 天使との間を隔てる邪魔なものは、何もない。
 「抉じ開けた防御の一点をぉ!!」
 極小の傷、それだけの隙間があれば十分。
 まさに閉じようとしていた重力殻の隙間に、アルツァヒールの銃口を捻じ込んだ。ガゴンッ! という鋼の歪む音。閉じようとする隙間の圧力に無理矢理突っ込んだせいで、銃口が今にも壊れそうな鈍い音で抗議している。
 だがそんな音も、何もかも、わずかな時間のこと。
 「天使は雲の上に帰りやがれ」
 銃口の奥に宿した光が瞬間的に膨れ上がって、爆発。
 鼓膜を揺さぶる規格外の砲撃音が威力の絶大さを証明した。空気を入れ過ぎた風船は破裂するしかない。空気は閃光、風船は天使そのもの。
 ――黙示録的爆発。彩るのは白と黒のち紅蓮。青空のキャンパスに赤い華が咲き誇る。
 黒い二機のIDOLは素早く戦線を離脱。遠巻きに爆発を見届けると、黒煙の向こうに天使の欠片一つ残っていないのを確認し、安堵した。
 『最後は呆気ないものね。てこずらされた割には』
 流れた空気が勝利の愉悦ではなく、生存への感動である点を考えれば、如何に緊張を強いる戦いだったのか思い知る。
 「アルツァヒール着弾地点に反応はありません。ふぅ、やりましたね~」
 ほぉ、と胸を撫で下ろすあずさ。暴力的な重力塊の嵐を潜り抜けたのだから、生きた心地がしないのも無理はない。
 『なかなかやるじゃない坊や』
 「宙さんはすごいんですよ~? ねぇ、宙さん。……宙さん?」
 返事のない宙に振り返ってみれば、宙の表情は曇ったままだ。どうしたんですか? あずさの問いに答えることができない。せっかく危機を脱したというのに素直に喜べないほど、何かを、大事な何かを見落としているような気がしてならないのだ。一体何を見落としているのだろう。
 宙は画面の映像を拡大した。綺麗さっぱり跡形もなく天使は消滅していた。痕跡の一つも残さずに。破片すら残さずに。
 刹那、身体を奔り抜けた感覚に宙は叫んでいた。
 「上だ!!」
 宙達の遥か上空、そこには、まるで最初から二機を観察していたかのように天使は君臨していた。
 『まったくしぶといわね……!』
 リコリスの怒りを嘲笑って、天使は両手を広げて咆哮した。霊妙な旋律を起点に変化は生じる。二機のIDOLを中心にぐるり、と球状に空間が湾曲。無色の壁が外界との境に生まれ、檻と化して宙達を投獄する。
 本能的に危険を察知。アルツァヒールを壁に向けて発射したが、壁はびくともしない。アルツァヒールの影響を受けないとは、なんという規格外強度。
 それだけではない。あろうことか、檻は少しずつ萎みつつあるではないか。
 天使は空間もろとも宙達を圧死させるつもりだ。いや、圧死なんて生易しい言葉じゃない。収縮する空間は、最終的に米粒にも満たないほどになって、死体すら残さず消滅するのは必然。
 「おいおいおいおい!」
 『はぁ、絶体絶命というやつかしら』
 「なんであんたはそんな冷静でいられるんだ!?」
 『最適な判断を下すためには常に冷静でいることが大事。私の美学なの。そして良い女の条件でもあるわ』
 「な、なるほど、参考になります~」
 『あんたは参考にしなくていい! そのままでいてくれた方が……』
 『はいはい、ノロけるのもいいけどこの状態を何とかしてからにしてちょうだい』
 誰かノロけているもんか! 顔を赤くして反射的に怒鳴ってしまったが、確かに今はこの牢獄からどう抜け出すのか、考えるのが先だ。
 状況整理。
 現在、天使は檻の外、宙達の真上にいる。宙達は檻の中心地点だ。彼我の距離は縦一直線でさほどないが、檻に囚われている限り手は出せない。加えて、二挺のアルツァヒールの内、無理をさせた片方にガタが来ていた。最大出力で撃てて一回。残るエネルギーも少なかった。
 手札は少ない。これで檻を破壊することができるだろうか。
 そう考えていた宙の思考を読み取って、リコリスは難しいと告げた。
 『ヌービアムのフレームストレスもそろそろ限界。互いに機体には無理が祟っている。檻の強度を見る限り、トリークハイトブレッヒャーは論外。最大出力のアルツァヒールでも破れるかどうか、ね』
 芳しくない。リコリスは気圧の下がった、ふてた様子で言う。
 『でも、機体のダメージで一番大きいのは、坊やとの戦闘かしらね』
 「なっ、それならどっこいだろう!」
 顎を突き出すように反論すると、やれやれとからかう声が投げられる。事実だもの、坊や。その坊やってやめろよ。可愛くていいじゃない坊や。喧嘩なら買うぞてめぇ。
 わざわざ機体の頭をぶつけ合いながら口喧嘩する大人気ない二名。そうこうしている内にも檻は縮みつつあるというのに、そんなことは蚊帳の外とばかりにド突き合う二機のIDOLは、端からすればシュール以外の何物でもない。無論、危機的な状況下でわざわざツッコミを入れられる勇者(と書いて常識人と読む)はあずさしかいないわけで。
 あの~、と。散々言い合う二人に少々引きながらあずさは手を挙げた。
 「計算してみたんですけど、二機の慣性制御で檻を中和すれば、アルツァヒールで穴を開けることができそうです。ほんの数秒、一人分、辛うじてですが~」
 『あら、坊やのパートナーの割には、よく出来た子じゃない』
 おい待て今馬鹿にされたような気がするぞ。さぁ、何のことかしら? いい加減、そろそろ時間がないので、再び険悪な雰囲気に突入した二人を嗜める苦労人のあずさだった。
 『つまり、こういうことね。――坊や達がリスクを負う必要がある』
 あずさは頷いた。重力殻と同様の特性である檻は中和できるとして、肝心の壁を貫くにはアルツァヒールの威力が必要不可欠。必然的に、檻に残るのはヴェルトールの役割だ。宙達が犠牲になるという、単純明確なことだった。ヌービアムが天使を倒せない場合、それは――。
 「一撃だ……ん?」
 『一撃ね……あら』
 宙とリコリスの声が重なった。両者ともに考えることは同じ。脱出したとして、待っているのはあの重力塊の嵐だ。機を逸すればチャンスを逃す。一撃。一撃だ。脱出と同時に一撃で天使を倒すしか、“お互い”に助かる方法はない。
 「あんたが裏切らなければ、の話だけどな」
 『坊やがしくじらなければ、だけどね』
 互いが生き残らなければ契約の意味がないだろう。自分だけが助かろうなんて愚考は、両者共に毛頭ない。
 『どちらにせよ、何もしなければ全員潰されてゲームオーバーよ。わずかでも希望があるのなら、私は命を賭けるわ。……私は、生きる。死ぬなんて真っ平ごめんよ』
 リコリスの生きるという言葉には、とてつもない重みがあった。リコリス自身が生を重んじているが故なのか、人とは違う生きることへの執着が感じ取れた。
 宙とて生への渇望は当然。あずさと一緒に、仲間の元へ帰る。そういう意味ならば、リコリスの意思には共感できた。必ず勝って帰る。そのためならば、確立の低い賭けだろうが受けて立ってやる。
 「リコリス、やれるのか。片腕で奴を仕留めることなんて、本当に」
 『確実なことなんてこの世にないわ。結果を引き寄せるのは自分の力。だから、こう言ってあげる。――私を信じなさい』
 「……ああ、ちくしょう! やってやるさ、男は度胸だからな!」
 わずかな時間での意見交換、手順の確認。リコリスが提示した最終攻撃手段は――なるほど、それならば勝敗はある。それ以外に手段もないだろう。
 天の采配に期待しようとして、相手が天使の姿をしているので思い止まった。神頼みなんかするな。リコリスの台詞を思い出せ。伊織も言っていただろう。最高の結果、その先にある最高の未来は自らの手で掴むものだ。
 さぁ、最後の足掻きを始めよう。
 「目に物見せてやろうぜ、相棒」
 二挺の銃口を檻の天辺へ掲げ、一度深呼吸、後に。
 撃つ――!
 刹那、双銃から解き放たれる無色の閃光。あまりの高出力に機体が後方に沈み、反して光は柱のように天に伸びていく。着弾は瞬きの間すら超えて早く。着弾を確認した瞬間、打ち合わせ通り、ヴェルトールとヌービアムは慣性制御を最大展開。檻の中和作業と同時並行で作戦を進行させる。
 見る見る内に消耗されるエネルギー残量。にも関わらずまだその形を保つ壁。壁は悶え苦しむように波打ち、波紋が勢い良く広がっていく。
 「腕部フレームに負担大……。射撃限界時間まで、あと三〇秒!」
 「気張ってくれよぉ……」
 太陽より激しい閃光の照り返しが機体に影を落とさせる。操縦桿のトリガーは絶対に緩めない。仲間の元へ帰る。その想いが宙を鼓舞し、諦めぬ勇気をくれる。
 「ブチ……抜け……」
 想いを糧に、強大な敵を、凌駕しろ。

 「ブチ抜けヴェルトール!!」

 射撃限界ゼロ秒。その瞬間、ヴェルトールのコアが出力臨界を突破し、瞬間的にアルツァヒールの威力を限界以上に引き出した。結果、破損したアルツァヒールの片方が爆発して。天に昇った極光は天井の壁を貫いて道を開く。
 「今だ!」
 ヌービアム、射撃が途切れる寸前に急激上昇。反し、ヴェルトールは一時的なオーバーロードで崩れ落ちていく。
 『坊や!』
 「構うな、あんたを“信じる”!」
 そこから先は一瞬の出来事だった。
 外界へ到達。ヌービアムと天使の距離は数十メートル。その距離を、一気に詰める。
 対して天使の行動は迎撃。指先をひらりとヌービアムに向けて、放つは重力塊。それをヌービアムは――避けない。回避行動を取ればそれだけ時間にロスが出る。ターゲットはあくまで天使のみ。不退転を心に刻んだリコリスに迷いはなく。
 重力塊とヌービアムが交差する。わずかに頭部を逸らしただけで済ませるヌービアムのすぐ横を、重力塊が突き抜けていく。それだけだ。例え頭部の半分を抉られても、ほら、十分に攻撃できるじゃないか。瞬時の交差の後、激突。
 左拳で重力殻を穿ち、身を振って回転蹴りに繋げるコンビネーション。敵の頭をかち割る蹴撃は――不発に終わる。寸前で、天使は遂に腕を使った。身を守るために。
 リコリスはにやりと口元を横に裂いた。
 『馬鹿ね、本命はこっちよ』
 すると、そのタイミングで。ヌービアムと天使の間に黒い塊が飛び込んできた。ヌービアムが脱出した小さな穴から、閉じられる寸前に、である。
 アルツァヒール。
 ヴェルトールが最後の力を振り絞って投げ渡した切り札だ。
 ヌービアムは手を伸ばし、手中に収まったアルツァヒールを天使の胴体部に突きつけた。重力殻は無効化。腕のガードも抜いた。もう奴を守るものは、何もない。
 エネルギー供給良好。最大出力へ。
 勝利の絶対的確信と共に、リコリスはトリガーを引き絞る。
 轟音を証明に天使を飲み込んでいく無色の極光。史上最強の武装アルツァヒール。ヒドルンに搭載されたレプリカを上回る威力が発揮され、今度こそ、本当に、天使のボディを蒸発させていく。天使の歌うような悲鳴が心地良い、とリコリスは思った。
 ところが不意に、リコリスの視界の端に灼熱色が過ぎった。
 それが遠くのグリムス山から噴き上がる炎であることに、遅れて気づく。地鳴りのような衝撃音が耳朶に響き、溢れ出たマグマが地上を染め上げていた。逆に空は雲一つない快晴。天国と地獄を分け隔てたかのような対極世界が視界に広がっている。
 その遠くの山より奔った“悲鳴”の波動が、リコリスの頭に杭を打ちつけたような激痛を穿った。同じくして、ヌービアムの全システムが突如としてエラーを発生させたではないか。
 慣性制御を失って、自由落下を始めるヌービアム。
 『しまった……!』
 天使はまだ、焼き尽くされてはいない!
 直後、人の感性では捉えきれない未知の不協和音が世界に木霊した。
 怒声、悲鳴、奇声。そのどれとも当て嵌まらない声。先程までの歌うような鳴き声とは似ても似つかない醜い声で。憐れみすら漂わせる声で。アルツァヒールの閃光から焼き爛れながらも這い出てくる天使が、不協和音を奏でる。
 「リコリス、避けろ!」
 ヌービアムの直下。宙は墜ち行くヴェルトールの中で、天使が右腕を振り上げる瞬間を見逃さなかった。
 『――っ!?』
 宙の声は遅い。天使の右腕が振り下ろされて、追従した重力塊がヌービアムを貫いた。装甲が砕け、拉げる音だけを残して、ヌービアムは地上へと落下していく。
 「嘘、だろ!?」
 なんという、ことだ。撃墜された。あのヌービアムが。そんな馬鹿な、という思考が駆け巡って。そのせいで、二発目の重力塊がこちらに狙っていることに反応できなかった。
 「宙さん!」
 あずさの悲鳴と同時に放たれる重力塊。はっとして操縦桿を引くものの、タイミングが悪かったのか、中途半端な回避行動は、重力塊の軌道上にコックピットを剥き出しにしてしまっていた。IDOLの背部、頭部のすぐ後ろの位置。そこを、凶悪的な破壊力が抉り通って行った。
 「きゃあぁぁっ!!」
 コックピットの天井が破られて空が垣間見えると、高高度の冷たい空気が突風となって流れ込んできた。慣性制御の保護を超えた衝撃に平衡感覚すらなくなる。瞳から光が失せ、破片を撒き散らしながら墜落するヴェルトール。
 突然のG、落下の感覚に気を失いそうになりながらも、宙は自らの視界の中で見た。拉げたコックピット。破損箇所の隙間から覗く青い空。天使は苦しみながら逃げていく。ああ、逃げてしまう。あれだけ過酷な戦いの結末が、これとは。
 けれどそんなものはすぐに頭から吹き飛んだ。宙は目の当たりにする。サブコックピット。そこに座っているあずさを。彼女はそこにいる。そこにいるのに。
 彼女からは鮮やかな赤い血が流れていて。あずさは一言も喋らない。
 「あずさ、さん?」
 冗談だろ、そんな。どうして彼女は傷ついて。自分の目の前で血を流して。
 いなくなってしまう。
 姉のように。また、自分の前から、大事な人がいなくなってしまう。
 宙の脳裏にかつての記憶がフラッシュバックした。姉の葬式の風景。最後に言葉を交わした時の風景。それが、打ち砕かれた硝子のように割れて消えていく。嫌だ。宙は奇声さながらの叫びをあげた。
 もう、一人にしないで。
 「あずさぁ――――ッ!!」
 叫びも空しく、宙は地上へと墜ちていく。あずさの傷ついた姿が心を一杯に埋め尽くして。宙は墜ちていく。白い白い奈落の底へと。



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