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 第十二話 ヒエムス争奪大決戦/三騎士の強襲


 第三防衛ライン。グリムス山の麓が一望できるこの場所は、すでに無数のエピメテウスと新型人工IDOLによって崩されつつあった。敵の一部は防衛ラインを抜けており、先行するインベルに追いつかんとしているだろう。インベルと敵部隊が接触するのも、もはや時間も問題だ。
 ここを死守しているのは、赤き装甲を身に纏うIDOLテンペスタースである。
 先に開発された三体のプロメテウスシリーズを元に造られた四番機。様々な新技術を試験的に導入した最新鋭機であり、他の機体に比べて外見も一新されている。
 IDOLとしての基本構造に変化はないものの、腕は極厚のブレード状で五指はなく。本来推進器を搭載している脚部も、縦長い噴射口の新型スラスターに変更されていた。
 特筆すべきは、浮遊する形で付随する二門のレーザー砲台だ。慣性制御を利用してテンペスタースの周りに浮かび、ドロップ迎撃の際に邪魔な破片やデブリを破壊するために用いられる。威力は申し分なく、重力殻を中和できる距離ならば、IDOLに対してダメージを与えることも可能である。
 現在のマスターは星井美希と秋月律子。
 群れを成して襲いかかるエピメテウスに、メインパイロットを務める美希は鋭い眼差しで一瞥。フットペダルを蹴り込み、操縦桿を振り回すように後ろへ回すと、応じてテンペスタースが背後に迫った敵を裏拳で吹き飛ばし、二機の砲台を操る律子がそこに照準を定め、これを撃破する。
 「数が減らない……!」
 戦況は芳しくなかった。単純な戦闘能力だけならば、最新鋭機であるテンペスタースはそれこそずば抜けている。しかし相手は数を武器として強引に押し切ってくるため、翻弄されてしまうのだ。
 いや、敵がエピメテウスだけならばこうも悪い展開にはならなかっただろう。問題は、
 「美希、上からまた“あいつ”が来る!」
 「もう! 本当にしつこいの!」
 上方、太陽の逆光を受けて飛来するのは金色の影。
 明らかに軽量化を目的とした細身のボディを、背中と両肩に設けられた大型の高出力バーニアが常識を超えた速度で押し出す。その手に持つのは全長を優に超える巨大で分厚い鉄板。否、それは片刃の刀剣だ。あらゆるものを一刀両断する刃は、刀身に仕込まれたブースターを噴かせて音速を超える斬撃を放つ。
 『――斬』
 ただ一言、抑揚のない機械音声。
 ぶぉんっ! という空間を薙ぎ払う豪快な一太刀。間一髪で逃れたテンペスタースのいた場所は、大気が切り裂かれて突風が巻き起こり、重力異常が起こっているのか景色が歪んでいる。まるで縦一文に切り裂かれたような青空が、その威力を十二分に物語っていた。
 「……あの武器、何か細工が施してあるわね」
 ただの斬撃が重力異常を起こすわけがない。慣性制御を転用した、対IDOL用の兵器であると律子は踏んでいた。
 「新型の人工IDOL、だね」
 美希が言って、二人は眼前の機体を注視した。既存のIDOLとはかけ離れた、掴んだだけで折れてしまいそうな華奢なボディは滑らかな曲線を描き、どこか女性的だ。異種的な姿のそれは、しかし間違いなくIDOLである。
 「第二防衛ラインを突破して来たということは、ネーブラはやっぱり……」
 「律子、悪い方向に考えたら駄目なの! やよいとデコちゃんは無事なの!」
 「“さん”を付けなさい! “さん”を! 私の方が入社暦も歳の上なんだから。――でもそうね、皆無事なはずよね」
 「そうだよ律子……さん。ハニーの通信って、こいつのことを知らせようとしたのかな?」
 「そうかもしれないわね。今となっては通信不良で連絡も取れないし、確認のしようもないけど。せめて春香達の負担を減らすために、数を減らさないと!」
 ここから火山の頂上はすぐだ。突破された数がそのまま、インベルが対峙する相手の数に直結する。ヒエムスの回収という繊細な作業を任されているインベルに、多数との戦闘は困難だ。これ以上、千早達の負担を増やすわけにはいかない。
 それにはまず、敵の新型が邪魔だ。金色のIDOL。戦いの手応えから察するに、エピメテウスより数倍高い性能を有している。IDOLが本来持つことのない戦闘用の装備を有している点も凶悪だ。そして、
 『我が斬撃を避けるか。なかなかやりおる。この“ヒスバルト”の相手には相応しい』
 この人工IDOLは喋るのだ。搭乗者の反応がないことは調査済み。まるでオリジナルコアを持つIDOL達のように、自らの意思を持っていると言うのか。
 「喋るIDOLなんて、あんた一体何者よ」
 『貴公に語る口はもたぬ。ただ我は、強者にのみ従順する。更なる高み、強さを求める我は強き者に敬意を表する。騎士とはそういうものだ。貴公達が敬意を持つに値するのかどうか、我を打倒し、証明してみせよ!』
 「騎士とか何とか、ずいぶん偉そうな奴ね!」
 剣を上段に構え背部のバーニアを閃かせたヒスバルトに、テンペスタースもレーザー砲台で威嚇射撃を慣行。重力殻相手に効果が薄いのは分かっていても、近接距離ならば脅威にもなる。相手も理解しているのか、肩のバーニアを利用し三次元的な動きでこれを回避。姿勢制御が上手く、速い。まるで雷のような機動だ。
 見た限り武器はあの刀剣のみ。驚異的な機動力による揺さ振りと接近、瞬間加速による音速に等しい斬撃がヒスバルトの戦闘スタイルだと思われる。周囲に群れるエピメテウスとの連携は怖いが、テンペスタースとてモンデンキントの最新鋭機。そう簡単に負けるようではアイドルマスターを名乗る資格はない。
 律子はエピメテウスの位置関係を確認、把握。ヒスバルトを中心に陣形を布いた敵機の数はざっと十数体。
 ここを突破して行った数を差し引けば、おそらくトゥリアビータの残存勢力はこれで全部だろう。ネーブラが奮戦してくれたのか、大いにその数を減らしたとはいえ、逆に言えば、
 ……私達は残存勢力の全てを相手にしなくちゃいけない、ってことよね。
 気が重い。緊張の重圧が身体を苛む。だがしかし、やらねばならないのだ。
 「律子……さん。緊張してたら身体が動かないの。もっとリラックスだよ?」
 「そんなこと百も承知よ。……でもあんたは何とも思わない? 通信の繋がらない宙達のこと。謎の騎士かぶれだって邪魔をしてくる。不安じゃないの?」
 思わず口走ったネガティブな本音。けれど美希は、
 「美希は平気だもん! だってハニーがヌービアムと戦ってるの! 辛いだろうけど、それでもハニーは戦ってるの。だから美希もがんばる!」
 そう言って、胸元で手の平をぎゅっと握った。不安に打ち負かされそうな自分が、馬鹿馬鹿しく思えてくるほど純粋な気持ちで。宙の姿を活力に変えて。
 おそらく美希は、負けたらどうなるかだなんて考えていない。宙ががんばっている。宙がヌービアムに勝とうとしているのなら自分も勝つのだ、と。好きな人の隣に立つには、それくらいの気概でないといけないのだということを、星井美希という少女はよく理解しているに違いない。
 ……千早、あなたのライバルは強敵よ?
 ふぅ、と一息。眼鏡のフレームを指先で押し上げ、
 「そうね、弱気な私が馬鹿だったわ。やるわよ、美希。サポートは任せなさい。私達の勝利条件は目の前の敵を全滅させること。いけるわね!」
 「OKなの、律子!」
 律子さん、でしょ! という咎めの声と同時、テンペスタースは眼前のヒスバルトに向けて空を蹴った。突貫。瞬間加速は大気を破り、両者の距離を瞬時にゼロとする。特異な形状の腕部をヒスバルトに突き入れたテンペスタースは、しかし構えた剣の腹で受け止められることになる。
 ヒスバルトの反撃。ぱんっ、と小気味の良い音を鳴らして攻撃を弾くと、動かした腕の軌道を利用して剣を振り上げ、上段から真一門に振り下ろす。
 律子の脳裏に選択肢が浮かぶ。受けるか、避けるか。
 視界から得られる情報の中に、妖しく光るヒスバルトの刀身が、ふと過ぎった。
 決断は即座。
 「美希、重力殻で受けてはだめ! 避けて!」
 「えっ!?」
 疑問の声とは裏腹に、美希はほぼ反射でフットペダルを蹴倒し、テンペスタースは身を逸らすように後退する。その行為と、
 『――ぬん!』
 剣の切っ先がテンペスタースの胸先を掠るのとは、わずか一秒と差はなかった。
 機械のくせに気合の一声を込めた斬撃。重力殻に受け止められるはずの一撃は、その防御圏に触れた途端、何事もないように通過した。壮絶な切断力は衰えることなく。避けていなければ、テンペスタースは頭から真っ二つだったに違いない。
 「やっぱりあの剣は重力殻に干渉する!」
 振り下ろした剣を、ヒスバルトは流れる動作で刃を上に。返す刀で振り上げる。切り裂かれた大気が突風となって剣筋を描き、青空に三日月の軌道を映し出していた。その太刀筋の、なんと流麗なことか。間一髪、眼前を通り過ぎた三日月に、美希は汗が頬を伝って落ちるのを感じた。
 あらゆる一撃が紙一重。わずかでも気を抜けば、斬られる。
 再び、間合いを取る。迂闊に間合いに入れば危険だ。
 剣を腰だめに構えたヒスバルトは、
 『如何にも。この剣はIDOLを狩るための物。我のみに与えられた尊き誇りなり。刀身に高密度の重力場を形成し、我が俊足と慣性制御にて、あらゆる物を断ち切る無敵の剣よ。貴公達の脆弱な鎧など、紙切れ同然に切り裂いて見せようぞ』
 種明かしすら厭わない。原理が理解できたところで防ぐこと敵わぬ、と。暗黙の自信が見え隠れしているようだった。
 『だが、なかなかどうして』
 ところがヒスバルトは思いもしない行動を取った。左の無手を軽く掲げると、周囲に取り巻いていたエピメテウスが、波のようにすっと後退したではないか。テンペスタースとヒスバルトを囲み、まるでリングを思わせる陣形を形成する。
 目を白黒させる律子達に、ヒスバルトは感情のない声で言う。
 『貴公達は、量で攻め落とすには惜しい』
 騎士の誇りが疼くのだ。故に、
 『一騎打ちを申し込む! 構えよ、赤き戦士(テンペスタース)よ!』
 「……な、なんですって?」
 エピメテウス達が観客と化した中。さぁ、いざ! という様子のヒスバルトに、正直驚きを隠せなかった。罠だろうか。何らかの策略があるに違いない。そう勘繰った律子に、痺れを切らしたヒスバルトは心中を明かす。
 『案ずることはない。我は強さの果てを志す騎士。強者が相手となれば、一対一の決闘を望むのは自然な道理。そうでなければ、勝利の栄光は霞んでしまうものだからな。自らの力のみで貴公達に勝つ。それ以外の思惑など在りはしない』
 「……ねぇ、美希、なんだかこの人(?)が悪い人には思えないの……」
 「あんた、よく生真面目とか頑固だって言われない?」
 ぬぬ、と言葉に詰まるヒスバルト。人間の表情ならば、きっと顔をしかめていることだろう。
 『確かに、主人には堅物と呼ばれることも珍しくない。だが、それは我らが決闘に関わることか。否だ。我が望むのは、死力を尽くし、互いに極限の状態で勝敗を決する戦。無用な詮索など意味はなし。さぁ、炎の如く赤き戦士よ、よく聴け。我が名はヒスバルト、トゥリアビータが誇る無双の剣にして、最強の騎士。互いの誇りを賭け、いざ尋常に勝負!!』
 妙に熱苦しい口上を終え、ヒスバルトはテンペスタースに剣先を向ける。うわぁ、古臭い。そんなこと言ったら怒るだろうなぁ、と思った律子は、あれ、でも相手は人工IDOLだし? う~ん、でもやっぱ怒るわよねぇ。などと考えて、首を振った。いけないいけない、今は戦いに集中しなければ。
 「その勝負、受けたなの!」
 『よく言った赤き戦士よ!』
 「なんで美希は乗り気なのよ! あんた状況分かってる!?」
 駄目だ、これ以上この雰囲気を続けたら場が締まらなくなる。本気で頭を抱えた律子に、美希は首を傾げて疑問する。あんたのせいよ! と突っ込む気力すら惜しい。
 けれど思いは杞憂だった。わずかな沈黙の後、背部のバーニアを噴かしたヒスバルトは、上空に向かって飛翔した。すぐに目で追うが、そこに金色騎士の姿はなく。どこへ!? レーダーに飛びついた律子は、結果、敵がテンペスタースの背後へ回りこんでいるのを知る。
 なんという速度。なんという加速。一瞬にして敵の死角に回り込むその様は、まさしく一陣の風そのものだ。美希が操縦桿を動かすのより早く、律子はコンソールを操作。両肩に待機したレーザー砲台をヒスバルトにロック。
 二門の砲台から放つ音は三度。間を置かず連続で放たれた光線は一直線に伸び、接近コースを塞いで交差する。高出力のレーザーは、アルツァヒールに及ばないまでも強力だ。重力殻があるとはいえ、装甲の薄いヒスバルトならばひとたまりもないだろう。
 故にヒスバルトは一度距離を取らなくてはならない、はず。
 『この程度で我を止めることができるものかっ!』
 それでも騎士は止まらない。ヒスバルトは自分の正面で交差するレーザーの檻を、後退ではなく前進にて対応した。背部のバーニア出力を限界まで引き上げ、肩のバーニアで姿勢制御、左右高速スライドを可能とする。元来、三次元的な機動を得意とするIDOLが、更にその要素を強くすればどうなるか。想像に難くない。
 ゴォンッ、と。大気の破裂する音を律子は聞いた。
 加速したかと思えば次の瞬間墜落さながらに下へ避け、円を描いて天へと昇る。人が乗っていたのなら臓物を破裂させてもおかしくない。
 ボディをくねらせ、回転させ。まるで海を泳ぐイルカを連想させる、しなやかかつ豪快な軌道を描いて、ヒスバルトはレーザーを掻い潜る。否、あれはイルカなどではない。凶悪な牙を持った、獲物を狙う大鮫だ。
 速度はまだ上昇する。全てのレーザーを回避すると、それまで軌道修正に使用していた肩のバーニアを後方へと向ける。極めつけには、ヒスバルトの誇る刀剣に内臓されたブースターが火を噴いた。加速に次ぐ加速。加速×加速×加速。
 刹那、音は置き去りにされて。ついに大気の壁を越えた鮫は、音速となってテンペスタースに襲い掛かった。
 「――っ!」
 コックピット内、美希と律子に言葉の交換はない。そんな暇などなかった。音速に達した一閃だ。回避など、できるはずもない。残された道は防御のみ。だが重力殻を無効化する剣に対し、防御は=敗北に他ならない。――反射的行動。身体の一部を斬らせて剣筋を逸らさせる。
 ……腕一本犠牲にするだけで済むなら御の字だけど!
 両腕を掲げ、重力殻を最大限に。南無三! 腹を括って呟く。
 果たして斬撃は――、来ない。
 来たのは蹴りだ。
 「フェイントなの!?」
 驚く美希の声を踏み潰すかのように、加速体勢から強引に捻られたヒスバルトの脚部が重力殻にぶち込まれた。鉄と鉄を叩き合わせたかのような甲高い音が響き、衝撃と共にテンペスタースは蹴り飛ばされる。
 斬撃が来る、と思っていた。斬り捨てられる最悪の可能性すら思い浮かべて、腕を差し出すつもりでいたのに。
 だが予想に反して来たのは蹴り=打撃。斬られることを前提に防御体勢に入っていたため、打撃の衝撃は想定していない事態だった。足など壊れてしまえ、と言わんばかりの全力蹴撃。止めることも叶わず、ただ受けてしまった打撃は、十二分に衝撃を伝播する。結果、テンペスタースは体勢を崩すことになる。
 ヒスバルトの狙いはこれだった。
 斬撃に並々ならぬ自信を持っているヒスバルトは、必ず剣で攻撃してくると美希と律子は読んでいた。しかしそれは囮。斬撃にのみ向けられた意識外からの打撃によって、体勢を崩し、防御も回避もできない完全無防備な状態を狙うことこそ、ヒスバルトの策。
 それらは全て、一撃必殺を誇る斬撃を確実にするための布石。ともすれば、律子達の読みは外れていない。ヒスバルトは確かに、自らの剣に自信を持っていたのだから。ただヒスバルトの自信が、剣単体ではなく、己の剣術、技術そのものに対する自信であっただけのこと。
 『その首もらいうける!!』
 青空を遮って、剣を振り被るヒスバルトの姿を美希は見ていた。ひどくスローとなった世界に、美希は戸惑いを覚えた。何故ならば、時間の概念が捩れたこの世界を、美希は二週間前に体験していたのだから。
 暗い闇を覗かせる銃口。白濁する意識。死への秒読み。恐怖で震え上がった美希を、しかし救ってくれた宙。銃で撃たれることも厭わず、ただ美希を守るために盾にならんとした青年。ああ、そうだ。自分はその姿に恋をしたのだ。自分を守ろうとしてくれた勇姿に。
 宙はまだ戦っている。ヌービアムを相手に、必死に食らいついているはずだ。だから自分もこんなところで負けられない。今この瞬間、振り下ろされようとしている剣が敗北を決定付ける証明ならば、星井美希はそれを殴り飛ばしてでも勝利しなければならない。
 ……テンペスタース、やきもち焼いてる? でもね、美希、どうしても勝ちたいの。ハニーに振り向いてほしいの。あずささんにも、千早さんにも、美希は負けたくない。だから目の前のヒスバルトにも負けたくない、誰にも負けたくないの!
 だからテンペスタース、力を貸して。
 願う心はテンペスタースとシンクロする。出力上昇、唸りを上げる駆動音。例えこの状況でも負けることはないと、己の力を誇示するかのよう。
 「ありがとうテンペスタース! 絶対勝とうなの!!」
 美希の表情は輝いていた。操縦桿を押し込み、テンペスタースは掲げた両腕をわずかにずらした。振り下ろされようとしている一閃。それを受け止めようとする行動である。
 不可能だ。加速と慣性制御、二つの要素で強化されたヒスバルトの斬撃は、もはや防ぎようがない。下手に受け止めようものならば、重力殻すら切り裂く刃が装甲ごとテンペスタースを真っ二つにすることだろう。
 そうだ、“このままでは”無理だ。
 それならば。現状を打開する要素を加えればいいだけの話。
 ヒスバルトの刀剣が頭上に影を作ったのと同時、その変化は現れた。頭上に掲げた腕部、特異な形状をした腕が、先端から割れたのだ。いや、正確には開いたのだった。形状の変化は、例えるならば蟹のハサミ。開いた口は、中から黒い凹凸を見せる。
 ブレード状の特異な腕部は、実はバイスとして装備されている。バイス、つまりは万力だ。通常のIDOLは“殴る”ことを主体としているが、様々な試験的要素を組み込まれたテンペスタースは大型バイスを装備することで、殴る以外に“砕く”ことが可能になったIDOLでもあった。周囲に慣性制御を張り巡らせたバイスの威力は絶大の一言。
 タイミングを合わせるの。美希は呟いて、空間を切り裂いて振り下ろされる剣を――、掴んだ。掴んだ先からギャリギャリと歪な摩擦音と火花を散らして接触する武器と武器。
 だが刀身を両手のバイスで挟まれた剣は、あまりの圧力にそれ以上刃を進めることができない。
 『馬鹿なっ!? 我が一撃を!!』
 ヒスバルトの声に動揺が走る。それは受け止めた美希だって同じだ。背中に嫌な汗が滲むくらい、悲鳴をあげてもおかしくないくらい博打的な賭けだった。まさにデッドオアアライブの精神で望んだ行為は、ほぼ奇跡の産物と言ってもいい。
 音速を超えてくる一撃を受け止めようと言うのだから、命知らずにもほどがあるだろう。律子なんて、眼鏡がずり落ちて口元が引きつっている。
 だが何はともあれ、事実受け止めて見せた。にやりとした美希は、
 「これぞ、秘技・真剣白羽取り、なの!」
 『なんと!』
 「別にそんな技名ついちゃいないわ! だけど美希、よくやったわ!」
 掴んだ剣を離すわけがない。軋みをあげる剣に対し、美希は操縦桿のトリガーを力一杯引き絞り、応じてバイスが少しずつ剣に食い込んで行き、そして――。
 真ん中からバラバラに、ヒスバルト自慢の剣を見るも無様に粉砕した。
 『おおっ、我が剣が……!』
 「よそ見してる暇は、ないと思うな!!」
 もはや恐れるものは何もない。武器を失って戦闘力が半減したヒスバルトに、美希は容赦なくパンチを叩き込み、律子の操るレーザー砲台が連続で光の線を描く。怒涛の反撃とはこのことか、連打される猛撃がヒスバルトを追い込んでいく。
 『よもや、ここまでとは!』
 「これで美希達の勝ちなの! とどめっ!」
 打ち付けられ、サンドバック状態となった眼前の敵にとどめを刺すべく、テンペスタースはトリークハイトブレッヒャーを放とうと拳を溜めた。完全勝利。その言葉を具現するべく集中する慣性制御は、一撃の下にヒスバルトを砕くだろう。
 勝った! 確信した次の瞬間、
 『詰めが甘いっ!』
 ジャッ! という鋭く風を凪ぐ音。それがヒスバルトの五指だと気づいた時、テンペスタースの胸部に五本の亀裂が奔った。稲妻を描いたようなその傷は、装甲を深々と斬り付けて。よろめいたテンペスタースの隙を突いて、金色の騎士は後方へと難を逃れていた。
 こと速さに関してならば、ヒスバルトの方が数段上手である。隙さえあれば、相手の間合いから離脱することなど造作もないだろう。
 『我が剣は折れた。我が誇りは折れた。認めよう、貴公達は強い! ――だが、まだ膝を屈するわけにはいかぬ。我にも主人から授かった命がある。貴公達をここで倒すことだ。そしてなにより、強者との戦いを楽しむ自分がいるのだ。この愉悦感、そうそう手放せるものではない……!』
 朗々と語る金色の騎士は、自らの五指を目の前で広げてみせる。指に装備された長い爪は、慣性制御によって切断力を増し、厚さ一メートルの鉄板でさえ優に切り裂く。加速剣ほどの威力はないが、先程の奇襲でテンペスタースも手負い。十分に対抗できる。
 「本性は戦闘凶、ね。なんて人間臭い……」
 「ううっ、美希ちょっと疲れたかも。でもがんばるの! ここで負けたらハニーに褒めてもらえないもん!」
 結局、美希を突き動かす原動力はそこであり、宙への恋心が尽きぬ限り美希は諦めない。律子は思う。これくらいの素直さが千早にもあればなぁ、と。そんなこと考えても仕方がないかと自己完結し、宙がやって来てからのアイドルマスター達の変化を思う。
 ……先輩の私がへこたれてたら、威厳も何もないわ。威張れなくなるわね。
 一息、深呼吸。それだけで意識を切り替え。眼前、向かい合う敵へと集中する。
 さぁ、戦いはまだまだこれからだ。テンペスタースとヒスバルトは、再び激突した。

                   ●

 グリムス山の頂、火口直上。円形の口の中で紅蓮に煮え滾るマグマは、まるで目玉のようにも見える。生命の存命を許さない灼熱地獄。そこから噴き上がる灰色の黒煙が、硫黄と大地が焦げる異臭を充満させていた。無論、インベルの中で保護された春香と千早はその臭いを嗅ぐことはない。
 極寒と極熱。反した二つの状況が、目の前に広がっている。
 インベルは皆と別れてからほどなくして火口に到着した。ヴェルトールと別れ、ネーブラと別れ、テンペスタースと別れ、背後から追いかけるトゥリアビータの全てを仲間に任せて。自分達は、仲間の決死の想いを背負ってここにいるのだと、千早は再認。
 「皆、無事かな?」
 「愚問よ、春香。私達は私達のやるべきことをするだけ」
 「うん……」
 春香の心配はもっともだ。グリムス山に向かう途中、宙から届いた通信も、すぐに聞こえなくなってしまった。管制室や他の仲間との連絡も取れない。トゥリアビータの通信妨害か。それともまさか――。きっと前者だと思い込んで、千早は胸の鼓動を抑えていた。もし宙に何かあったら、それは殿を譲った自分の責任だ。自分が宙を止めていたら。
 いや、過ぎたことを考えても意味はない。時間が惜しい、急がなくては。千早は一応管制室に通信を試みるが、荒れたノイズが聞こえてくるだけだ。連絡は取れない。本来なら亜美と真美のバックアップの下、万全の体勢で行われるべきだった回収作業だが、こうなったら自分達の判断だけでやるしかあるまい。
 「行くわよ、春香」
 一声かけて、千早はインベルの出力を最大まで上昇させる。あまりの高出力故に周囲の黒煙が吹き飛び、それはあらゆるものを拒む殻となってインベルを包み込む。そのままゆっくりと火口に向かって、インベルは降下を開始した。
 マグマの表面は、ごぼごぼと泡が噴き、不規則に波打っている。まるで生き物のような脈動を感じさせる灼熱の海に、インベルは足を踏み入れた。重力殻とマグマ表面が接触。球状の重力殻は波紋を浮かばせながら機体を守り、マグマを押し退けて火口内へと侵入。降下速度はそのままだ。
 「うわ……、モニターが全部真っ赤だ」
 「光学センサーはどうやら駄目みたい。有効範囲は数メートル程度。計器だけが頼りね」
 春香の言う通り、モニターは赤黒い色に覆われている。それ以外一切の存在を感じさせない空間は、やはり生命が踏み入ってはいけない領域なのだろう。深さ数千メートルの位置にあるヒエムスの回収とはすなわち、人が触れてはいけない禁忌への道のりなのかもしれない。
 インベルは黙々と潜行を続ける。重力殻で守られているとはいえ、もし何かしらの問題で重力殻内にマグマが進入したら、一〇〇〇度に達する熱が装甲を焼くことになるだろう。例えインベル自体は無事でも、コックピット内の温度は急激に上昇し、蒸されて死ぬか、下手をすれば燃え死ぬことになる。
 そんな“もしも”が分かっているからか、春香と千早は互いに無言。静寂が支配する。
 深度一二〇〇……、一二五〇……、一三〇〇……。重力殻(レイヤー)フィールド形成指数、最大を維持。外装温度三五七度。圧力限界まであと三〇〇〇。フレーム、内部機関共に正常に稼働中。――千早は計器を注視してあらゆる異常も見逃さない。
 「暑いね、さすがに。やっぱりマグマの中だからかなぁ、空調ほとんど利かないし」
 沈黙の中、口を開いた春香の一声は暑さに対する抗議だった。千早もその意見には賛同せざるを得ない。コックピット内温度は三二度を超えたところだ。外は一〇〇〇度以上の灼熱だということを考えれば、文句は言えないのだけど。
 蒸し暑いコックピット内はほとんどサウナ状態で、真夏の太陽すら生易しく、汗がだらだらと肌を伝う。もう下着にまで汗が染みて、酷く不快だ。息苦しくなって、堪らず深く息を吐き出した千早は、こんな姿を宙に見られたくないな、と思った。
 ……こんな時に、また宙のことなんて。
 集中しなさい、如月千早。ヒエムスのことだけを考えるの。自分に言い聞かせ、計器が表示するコックピット内温度が三十八度に達したのを見て視界がくらりと揺れる。早くヒエムスを回収しなければ。
 「……目標推定位置まで、およそ三〇〇。もう少しよ春香、がんばりましょう」
 「あはは、帰ったらすぐにシャワー浴びたいね」
 苦笑いを春香が浮かべた時である。
 突如、不自然な揺れがインベルを襲った。
 「えっ、なに!?」
 「くっ、周囲にIDOLらしき反応複数! 追いつかれたの!?」
 光学センサーではほとんど捉え切れていないが、前方にぼんやりと人型が見える。それは黄色のモノアイを光らせると、一気にインベルへ肉薄した。春香は直感的に防御行動、インベルが腕部をクロスして攻撃に備える。
 衝撃。重くぶつかり合う重力殻と重力殻。接触面から閃光が迸り、そこでようやく敵の全貌を確認することができた。同時に、接触回線から聞こえてくる少女の声。
 『ふっふっふっ、驚いた? あんまり遅いから、リファ追いついちゃったよ?』
 「人工IDOLに、女の子が乗ってるの?」
 春香は眼前の機体を見てそう言った。エピメテウスではない。翠色をした、今まで見たこともないIDOLだ。
 インベルとほぼ同等のサイズ。脚部はくの字に曲がった太い逆関節で、不吉な違和感を醸し出す。過剰に膨れ上がった両肩が、それの異質ぶりに拍車をかけていた。とてもIDOLとは思えない、怪物さながらの形状。
 ……トゥリアビータの新型機? でも、この雰囲気は……。
 ヴェルトールによく似ている。既存のIDOLから外れた外見は、断片的な情報と憶測も相まって、戦闘用IDOLであろうことは容易に予測できた。
 自らをリファと名乗る少女は、
 『ヒエムスはぁ、リファがもらっちゃうからねー! 行くよ、“ヒクリオン”!』
 翠色の怪物ヒクリオンは、突き出した拳をインベルの重力殻に力強く押しつける。無色の光が火花のように散り、防御姿勢のインベルはこれを受け止めて動けない。なんということだろう、ヒエムスまであと少しだというのに。
 このままでは駄目だ。春香はそう思って、フットペダルを踏み込んだ。両腕の代わりに、足蹴りでヒクリオンを蹴飛ばそうというのだ。あっちへ行って! 叫んで、インベルは脚部を後ろに引いて勢いをつけると、一気に前へ――。
 蹴り、出せない。
 コックピットに伝う更なる振動に息を呑む。何かが脚部を掴んで、インベルの動きを封じようとしているのだ。しかも、衝撃は一度だけにあらず。二度、三度と続いた振動。何事かと計器を確認する千早は、
 「エピメテウス!? 足だけじゃない、背中にも!」
 「う、動けない……!」
 ヒクリオンの指揮下である複数のエピメテウスが、身体中に取り付いていた。振り解こうにも一斉に張り付かれては、さすがのインベルもパワー負けしてしまう。加えて前にはヒクリオン。
 まさに八方塞がりの状況下、危険状態を知らせるレッドアラートを耳障りに感じて、千早は思わず舌打ちした。千早ちゃん、どうする!? ちょっと待って、考えているから!
 苛立ちが、逆に思考を鈍らせていく。複数の人工IDOLを相手にするのに、怖いのはこういう状況に陥ることだった。一体一体の能力は低くても、複数ともなれば数に圧倒される。ましてや新型機の存在もあるのだ、普段より何倍も未知数の危険に溢れている。せめて、もう少し早く接近に気づいていれば。
 ヒクリオンの攻撃がインベルを抉る、嬲る、削る。だがこちらとて最大出力で重力殻を張っている。そう簡単には破れはしない。
 防御できている間に、反撃の糸口を見つけなくては。そう思った時。
 『その腕、邪魔だなぁ。……もいじゃおっか』
 ヒクリオンに動きがあった。リファの声を合図に、膨れ上がった両肩の装甲、六角形ダイスにも似た形状のそれから大蛇が飛び出したではないか。否、蛇ではない。上二本、下一本で組み合わさる爪を携えた、長い長い腕である。隠し腕。蛇に見間違えるのもおかしくない、奇妙な腕だ。
 怪物的な外見を更に強くしたヒスバルトは、蛇が牙を剥くのに見紛おう、両爪を広げてインベルの腕を掴み、捻り、爪痕を装甲に刻みつけた。十字に腕部を重ねて固めていた守りが破られていく。
 遂に両腕は捻り挙げられ、十字架に貼りつけられた聖人さながらの格好となったインベルに、春香と千早は悲鳴をあげそうになった。
 リファはコックピットの中で邪悪な笑みを浮かべていたことだろう。宣言通り、邪魔な腕はもいでしまおう。やり方は至極、簡潔的だ。
 つまり、握る。
 ……装甲強度が!
 千早の声にならない悲鳴と同時に、みしみしと軋むインベルの腕。四本の腕を駆使されれば、丸太のように太く、岩のように硬いインベルの装甲でも堪らない。やがて、装甲の限界がやってくる。
 先に根をあげたのは左腕だった。バコンッ! と左腕が折れ曲がって、痛みに震えるかのように赤い表示がモニターを埋め尽くした。
 「重力殻貫通! 五番から十二番までのアクチュエーターが圧壊、セカンドアーム損傷!」
 「だ、大丈夫。壊れたセカンドアームを切り離せば!」
 「馬鹿、ダメよ春香!!」
 行動を咎める声は、しかしわずかに遅い。春香の判断で切り離されたセカンドアームは、紫電を奔らせながら腕部から離れ。――インベルの重力殻内を爆発で紅に染めた。
 機体の慣性制御から開放されたセカンドアームが、攻撃を受けて不安定な重力の影響を受けて、重力殻内部で爆発したのだ。重力殻という密閉空間内で爆発したため、被害は全てインベルへと跳ね返ってくる。
 強い。エピメテウスよりも遥かに強い敵が、雑兵を連れて襲いかかって来る。
 『あはは、弱い弱い。モンデンキント最強って言うインベルもこの程度だもんねぇ。やっぱりヒクリオンはすごいね! さぁ、インベルなんか放っておいてヒエムスのとこ行こ!』
 勝利を確信し、あとはエピメテウスに任せて、リファはヒクリオンを反転させた。目標はヒエムス。ここからならば、すでに目と鼻の先だ。
 光学センサーで見える範囲からヒクリオンの姿はすぐに消えた。反応はマグマの奥底へと。先を越されてしまった事実に、千早は歯を食い縛った。仲間が敵部隊を引き付けてくれていたというのに、なんたる失態。なんたる無様。
 重力殻形成率は軒並み低下。マグマの圧力に耐えうる最低限の出力しか出ていない。エピメテウスを引き剥がそうにも出力が不足だ。絶望的。
 ……宙、私はどうしたら?
 泣き言を言える状況でないのは理解している。けれど、どうしても口から漏れてしまうのだ。いつも自分の実力を信じてきた。春香と一緒にがんばって来た。それなのに、少しでも心が痛いと思うと、考えるのは決まって宙のことだった。自分と似ている彼のこと。甘えだ、そんなものは。弱さだな、と思う。思ってしまう。
 悔しさを握り締めた。その時、
 「ごめん千早ちゃん、私のミスだよね。ミスばっかりでごめん。……でもね、私は泣かないよ! 絶対勝つもん!」
 春香の声はコックピット内に凛々しく響いた。千早が振り向くと、そこにはまるで衰えぬ闘志を瞳に秘めた、天海春香の姿があった。操縦桿を握り、必須にエピメテウスを引き剥がそうと足掻く姿は滑稽かもしれない。無駄な足掻きだという人もいるだろう。それでも、春香は絶対に諦めない。
 「宙は約束したんだよ、絶対に勝つって! だったら私達だって、こんな簡単に諦めちゃダメだよ千早ちゃん。さぁ、前を見て!」
 「春香、あなた……」
 表面温度は七〇〇度を突破。機体の損傷も甚大だ。下手をすれば、インベルはマグマの溶解炉でドロドロに溶けて、ただの鉄の塊となってしまうかもしれない。
 だがしかし、諦めない。
 今この瞬間、アイドルマスターの誰しもが苦しみながら戦っている。例え苦しくても、辛くても、決して負けぬと逃げずに戦っている。自分達もそうであらねばならない。皆が作ってくれた時間、減らしてくれた敵の数だけ、春香と千早はその想いに応える必要がある。故にここで立ち止まることなど許されない。
 天海春香と如月千早のコンビは、モンデンキント最強のアイドルマスターなのだから。
 ……甘えが弱さなんじゃない。そのことを弱さだと思ってしまう私の心が弱さなんだ。誰だって人に頼りたくなる。支えて欲しいと思うこともある。だったらその甘えを、私は強さに変えるべきだったんだ。
 「ごめんなさい、少し弱気になっていたみたい。春香、あなたの言う通り、私達は負けられない。いえ、負けない!」
 「千早ちゃん!」
 「やるわよ、インベル!」
 想いを具現する担い手は、純白の巨人。瞬間、インベルの出力が急激に上昇した。傷を負いながらもなお、マスターの想いに応えようとするインベルに、千早は礼を言う。ありがとうインベル、もう少しだけがんばって。
 ある青年は、男は度胸だと言った。だが時と場合によっては、
 「――女も、度胸!!」
 春香と千早の声はシンクロして。叫びは力となってインベルが動く。出力の瞬間的増大。エピメテウスに束縛されて鈍い音を響かせながらも、インベルは残った右腕のセカンドアームに慣性制御を集中した。
 ――刹那。
 「いっけえええええええ!!」
 トリークハイトブレッヒャーが、周囲に向けて威力を拡散させた。一撃必殺の技法がマグマに満ちた世界を揺らし、インベルを中心として球状に広がった重力波が、マグマもろとも周囲の邪魔者を徹底的に吹き飛ばす。力任せの無茶苦茶な方法。だがそれ故に、単純な破壊力は折り紙つきだ。
 エピメテウスから開放されたインベルは、即座にヒクリオンを追った。この視界の悪い中での高速潜行は危険だが、ヒエムスが奪われてしまったらそこで終わりだ。レーダーを頼りに地の底へと潜っていくと、しばらくしてヒクリオンの機影を捉えた。
 そしてその更に先には、心臓のように胎動する物体が。間違いない。
 「あれが、ヒエムス……!」
 『うそ、追いついたの!? ヒエムスは渡さないよ!』
 言葉は合図に。両機、同じタイミングで爆発的加速。マグマの圧力に機体が歪むのも顧みず、ただ一心に、目の前のコアへと手を伸ばす。
 絶対に渡さない。絶対に勝ち取る。敵対していながら、心に抱く心境だけは同じ。
 手を伸ばせば届く。その距離まで到達した、次の瞬間。
 ――ヒエムスは“それ”が近づいて来るのに気づいて、恐怖のあまり泣き出した。

                   ●

 墜落。
 ヴェルトールは成す術もなく雪原に倒れ込んだ。
 「こ、この野郎……!」
 『調子に乗って殺されに来るから、こういう結果になるのよ』
 リコリスの声には憐憫の色すら含まれている。その程度で私を倒そうなど絵空事もいいところだ、と。
 本気を出す、と宣言したリコリスの言葉に嘘偽りも誇張もなかった。為虎添翼の様相を呈したヌービアムは、ヴェルトールを完全に手玉に取り、猛攻の末に雪原に叩きつけた。驕っていたつもりはない。けれど成す術はなかった。
 右腕をボロボロにして、装甲を焼き焦がせ、赤いカメラアイを獰猛に光らせるヌービアムの姿。煉獄の悪魔と言われても疑わないだろう。
 『遊べて楽しかったわ。やっぱり、私達は同じだからなのかしら』
 「おまえと一緒になんか――」
 その時、だった。
 宙は思わず空を仰いだ。今まさに自分の命が絶たれようとしている、この瞬間に。それでも反射的に空を見上げていた。半ば強迫観念的な思考が強制的に空を仰がせたと言っても過言ではない、意識の内側からの暗示。
 それはどうやらリコリスも同じだったようだった。つい先程まで息をすることすら躊躇う高速戦闘を繰り広げ、命の賭け合いをしたのが、嘘のように静まり返って。時が止まってしまったかのような、無音の世界が出来上がっていた。何がヴェルトールとヌービアムの動きを止めているのか。この恐ろしいほどの静寂は何事なのか。
 「――来る」
 宙が呟いた時。

 空気が、変わった。

 大気が変わる。景色が変わる。空が変わる。大地が変わる。世界が変わる。
 肌が鳥肌立ち、吐き気すら込み上げてくる。身体中の細胞がけたたましく警告を響かせている。異常を超えて、空間が異界となるほどの威圧。
 空間を蹂躙する“それ”は、人の誰しもが持っているものだ。だがここまで強大な、色と色が交じり合った“それ”は人の物でありえるだろうか? 応えは否。断じて否。
 感情。それが今、空間を支配するものだ。醜くおぞましく、凍てつく感情。尊大で美しく、燃える感情。ああ、駄目だ。この感覚を正確に表す言葉を宙は持ち合わせていない。だがこれだけは分かる。今から現れる“それ”は、世界そのものを恐れ、世界そのものに恐怖されるほどの、此の世ならざる存在。
 宙は無意識に身体を抱いていた。世界そのものに圧し掛かる感情は、そこにいるだけで人という存在を犯し、侵し、冒し、逃れる術はない。
 天が割れた。青空が割れて、神々しく、禍々しい光が降り注ぐ。それはまるで神話の一場面の再現だ。闇を、光を食らい尽くしながら……“それ”は天上より姿を現した。
 天使の降臨である。



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