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 第十話 嵐の前の


 大西洋中央海嶺の直上に位置するアイスランド共和国は、アイスランド島を主な領土に、小さな島々で形成された国家である。国土の一部は北極圏にかかっており、反面いくつもの活火山が存在し、その影響で間欠泉が確認されていることで有名だ。
 ロストアルテミスの惨劇によって、島々の多くは水中に没したが、白く輝く銀世界に火山の中で燃え滾るマグマが共存する幻想的な風景は、いまだ失われずにそこにあった。
 炎と氷の世界、アイスランド。
 何も描かれていない無地のキャンパスのような、広々とした雪の絨毯の上に、アイドルマスター課の面々は足を踏み入れていた。
 本日は晴天なり。空は青々と晴れ渡り雲一つない。
 大地を覆う白銀の雪原は、眩い日差しを反射して宝石のように輝きを放っている。その奥で、こんもりと盛り上がった起伏の天辺から、燃え滾るマグマを象徴する煙がもくもくと上がっていた。それを眺めながら、
 「さっ、さみぃ……!」
 かちかちと歯を鳴らして、天川宙は白い息と一緒に言葉を吐き出す。
 気温はマイナス。活火山の影響で、北極圏にかかる他の国々と比べればまだ暖かいとはいえ、アイスランドが極寒の地であることに変わりはない。冬でも滅多に雪の降らない東京育ちの宙には大いに堪えるのである。
 着込んだ分厚いコートの上から身体を摩りながら、眼前で膝をつく四機のIDOL達に目を向けた。大勢の整備員の交わす忙しい声の中で、寒冷用装備の交換を受けている。慣性制御を持つIDOLとはいえ、この極寒の地で行動するには、関節部等が凍りつかないように整備が必要だ。絶大な性能を誇るIDOLも完全ではないのだ。
 「なぁ、如月。おまえは寒くないのか」
 「こういうのは気持ちの持ちようなのよ」
 振り向きもせず、なんの面白みもない返答を寄越したのは、整備服に身を包んだ如月千早だ。相変わらず、彼女は整備班に混ざってインベルの整備をしている。今は各部の動作不良がないかチェックの最中だった。
 可愛げがないと呆れつつ、宙は遠くで煙をあげる山脈に視線を注ぐ。
 「あそこに、ヒエムスのコアがあるのか」
 そう、コア。アイドルマスター課が遠方のアイスランドにわざわざ足を運んだ目的。この物々しい雰囲気も、本作戦の重要性を物語っていた。
 五番目にして最後のコア“ヒエムス”が、この地で発見されたのだ。
 「よくあんな所にあるって分かったな」
 「課長の話だと、アイスランドという土地の性質がヒントだったらしいわ」
 曰く、アイスランドはユーラシアプレートと北アメリカプレートが浮上する線上にあり、本来ならば非常に地震が多い国らしい。しかし実際は、ここ二十年間まったく地震が起こっていないのだそうだ。起こるはずの地震が起こらない。この異常にモンデンキントEUは目をつけた。
 調査の結果、高々と空に伸びたあの山、グリムス山付近に重力の異常を検知した。プレートの動きに干渉できるほど大それた重力異常は自然には起こり得ない。そして、それをやってのける存在といえば、コア以外にはないだろう。モンデンキント本部はトゥリアビータとの勢力を確固たるものにするため、コアの回収を早急に決断したのだった。
 問題は、肝心のコアがグリムス山のマグマの底に眠っていることだ。地下数キロの深さ、一〇〇〇度に達する極熱に耐え、同時にコアを捜索し回収するのは難しい。
 結果、これらの全てに対応し得る能力を備えたIDOLが最も適任だということで、宙達はここにいるのである。コアにはコアを有するIDOLを。宙は納得と頷いた。
 「それにトゥリアビータのことも油断できないわ。私達がこれだけ大掛かりに動けば、あちらも黙っているはずがないもの。もしかしたら――」
 「ああ、最悪戦闘も有り得る。……例の事件からまだ二週間だって言うのに」
 最近は、忙しくて息吐く暇もない。
 「ええ、まったくね。――ところで」
 千早は作業用端末から顔を上げて、訝しげな視線を宙に向けた。眼前、ではなく。千早の背後に隠れるようにして、周囲を伺っている宙に。
 「また美希から隠れているの?」
 「あれから懐かれてしょうがない。ことあるごとに抱き着かれちゃ堪らねぇよ」
 「どういう意味で“タマラナイ”のかしらね? 満更でもなさそうだけど」
 「そういう棘のある言い方やめてくれないか……」
 千早はぷいっとそっぽを向いてしまった。なんで機嫌悪くなるかなぁ、と面倒くさそうに溜息を吐く宙だったが、最近は似たような態度が続くので段々慣れてきた。何故怒っているのかは、いまだ解明できてないが。
 どうも居心地が悪くなり、用事でも済ませてくるかと立ち上がった。そろそろ美希も諦めた頃合だろうし。そうしよう、と腕を組み、
 「如月、あずささんがどこにいるか知らないか?」
 「……あずささんなら、さっき風景を見て回っているのを見たけど」
 「そっか、ありがとう」
 少し間の空いた千早の返答に首を傾げながら、宙はくるりと背を向けて歩き出す。さくさくと雪を踏み鳴らす音が珍しくて心地良い。

                   ●

 「ありがとう、か」
 背後で宙が立ち去るのを感じながら、千早は感慨深く言った。
 あの事件以来、彼の物腰が柔らかくなったのは周知の事実だった。少し前ならば軽々しく礼など言わないし、必要以上に近づいて来ることもなかっただろう。変わったな、と千早は思う。彼は変わった。否、“元に戻りつつ”あるのかもしれない。
 だのに。どうして自分は、あんな冷たい言い方しかできないのだろう。まるで子供染みた、反発的な自分の態度がひどく気分を不快にさせる。千早は人知れず唇を噛んだ。かたかたと、作業用端末を叩く無機質な音が耳に響く。肝心の内容は半分も頭に入っていない。
 美希が宙にラブコールを送り始めてから、陰湿な自分が鎌首をもたげている気がしてならなかった。どうしてこんな気持ちになるのか。千早自身、知りたくも気づきたくもなかった。だって、別に誰が宙に入れ込もうが自分には関係ないのだから。
 私はなんとも思っていない。
 「ちょっと、千早!」
 唐突に名前を呼ばれ、びくりと背筋を伸ばした千早は、しかめっ面で端末を指差す律子に振り返った。千早と同じく作業服に身を包んだ律子は、眼鏡の奥の知的な瞳に呆れを灯して、そこ間違ってるわよ、と嘆息。
 「ごめんなさい、今直すわ」
 「千早らしくないわね、こんなミス。作戦前に気が散っているようなら、休んだ方がいいんじゃない?」
 「……」
 無言。歯車が噛み合わないような、ぎぃぎぃと擦れる無様な音を頭の片隅で聞いたような気がする。自分はどうしてしまったのだろう。いつもなら冷静でいられる思考が、テレビのノイズみたいに砂嵐に塗れている。知らず内にきつく結んだ唇を見て、律子は、
 「千早もやっぱり女の子よねぇ」
 そんな意味不明な言葉を唐突に言い出した。自分でもよく分かってないところがまた千早らしいわ、ほんと。珍しく悪戯っぽい表情をする律子は楽しそうだが、反面千早はからかわれているようでいい気がしない。むっ、と眉根を吊り上げる。
 「別に私はどうも思っていない。本当に、私は宙のことなんて……」
 「あれ? 天川の名前なんて一言も出してないけどな、私」
 「――っ!?」
 失敗した、と知らず知らず一歩後退さる千早は、すぐにでも逃げ出したい心境に駆り立てられた。これではまるで、自分が宙のことを考えるあまり仕事が手付かずになっているようではないか。……いや、実際そうなのかもしれないけど、こんな思考は恋する乙女のそれとしか言いようがない。
 言い訳めいた考えが頭を巡って、千早は自分の想いに疑問する。だって、自分が宙に抱いている感情は。そう、そんなものではないはずだから。
 「お堅い千早でも、恋愛の一つや二つしたって……」
 「違うの律子。そんなんじゃないの」
 低いトーンの声が、絶対的な否定の意味を持って言葉を遮った。ここまで言って何を誤魔化す必要性があるのか、と次に言おうとした律子は、目の前の少女が今にも泣き出しそうになっているのに口を噤んだ。目尻に浮かぶ涙。
 「白状するとね、私が彼に抱いているのは、恋みたいな淡く優しいものじゃないの」
 恋なんかじゃない。もっと自分勝手な、自身の中だけで完結する感情。それはたぶん、宙が自分の姉に抱く感情に似通っている。
 人はそれを憧れと呼ぶ。それ以外の呼び方は、知らない。
 千早は律子に顔を見せないように背を向けた。自分の顔は確認できないけれど、きっとみっともない、ぐしゃぐしゃな顔をしているに違いない。――でもそれは誤解。
 千早の唇は、自嘲気味に嘲(わら)っている。目元に涙がすぅ、と頬を濡らして雪の上に落ちた。違うの、私の気持ちは、違うの。言い聞かせるように呟いた千早の瞳は赤く。
 恋じゃないから、この胸の些細な痛みは、たぶん身体のどこか悪いんだと。
 痛いのに、些細だと思い込んだ痛みが、どこまでも痛い。

                  ●

 さくさく。さくさく。
 雪の絨毯を踏み鳴らす。時たま身体を撫で上げる風に宙の頬は赤みを帯びている。吐き出す息は白く、口から魂が抜けているような、ひどく怪談めいた感想を抱いてしまった。馬鹿馬鹿しいことを考えているな、と。苦笑しながら、宙は大量に止められた雪上用トレーラーの脇を抜けた。
 しばらく歩くと、小さな歌声が耳に響いた。心地良いほど澄んだ声だ。その歌声に導かれるように進む。すると、高台の先に長い髪が揺れているのを発見。彼女――三浦あずさの視線の先にはグリムス山が見えた。
 「こんなところで風景観賞?」
 宙に振り向いたあずさは、微笑みを返して頷いた。
 「ええ、アイスランドを訪れる機会なんて、滅多にありませんから」
 「鼻歌が漏れるくらい上機嫌というわけだ」
 唐突に働いた悪戯心でからかってみると、頬を赤くして慌てるあずさ。き、聴こえてたんですか? 案の定、面白いくらい純粋なリアクションに、宙はくっくっと喉を鳴らす。
 「私の方が年上なんですよ! 人生の先輩なんですからね!」
 からかうのはだめなんです! と必死になる様子を見ていると、言葉とは裏腹に、どちらが年上なのか疑問になってくる。容姿はまさに大人という風なのに、少々幼く可愛らしい仕草があずさには似合っているような気がした。それでいて、墨を流したような黒髪が風に攫われると、絵画に収めても遜色ない姿が宙の瞳に映る。
 宙はあずさの隣に並ぶと表情を引き締めた。こうしてあずさを探していたのは、彼女に用事があったからに他ならない。
 「……実は、あんたに話しておきたいことがあって」
 意を決するような面持ち。真剣な眼差し。覚悟さえ漂わせる目の前の青年に、自然とあずさも姿勢を正していた。
 「はい、なんでしょう」
 「お詫びとお礼を言っておきたかった」
 あずさは意表をつかれたようにきょとんと目を丸くして、首を傾げる。と言うのも、あずさにはこれと言って謝られるようなこともなければ、感謝されることをした覚えもなかったのだ。なにかの間違いではないだろうか。内心が表情に出たのか、そっちに覚えがなくてもこっちにはあるんだ、と宙は強く言った。
 「突然、どうしたんです?」
 「最近になって少し理解できたことがある。あんた達のことだ」
 「私達ですか?」
 「うん、そうだ。――俺は、あんた達に救われたんじゃないかって」
 話し始めた宙の様子は独白に近かった。教会で罪人が懺悔するかのような、ひどく切実で、罪を吐き出そうと苦しげでもあった。けれどあずさには止められない。彼の紡ぐ一言一言を受け止める義務が、自分にはあるような気がしてならなかったからだ。
 宙は懺悔していく。この半年間を追憶しながら。
 「ずっと怖かった。姉さんが死んでから、世界中が、俺を嘲笑っているように思えて。優しい顔で近寄って来ては、崖から突き落とすみたいに、また裏切る。そうして楽しんでいるんじゃないかって。本当に、そんな風に怯えて毎日を過ごしてた」
 そんな時、あずさに出会って、ヴェルトールが降って来た。最初は頭が追いつかなくて、足が竦んでいたけれど、彼女の手の平が自分を支えてくれた。道を示してくれた。
 けれど、そんなあずさの存在でさえ、宙は恐ろしく思えてならなかったのだ。いや、無条件に優しかった分、特に欺瞞に満ちているように見えたのかもしれない。誰も信じることができないから、あずさの気持ちも疑ってかかることしかできなかった。壁を作って、誰も彼も遠ざけて、殻に閉じこもって。
 無様だよな。宙は吐き捨てる。無様過ぎて笑えてくるよな。
 だが、それでも、宙の心を少しずつ溶かしてくれたのも同じくあずさだった。
 彼女だけではない。春香とやよいの明るさは気分を陽気にさせてくれたし、千早や律子と話していると楽しかった。亜美と真美の悪戯には手を焼いたけれど、雪歩が淹れてくれるお茶を飲むと、怒るのも馬鹿馬鹿しく感じられた。伊織や真との口喧嘩も今となっては当たり前だし、美希に追いかけられるのも満更ではない。
 なによりあずさと二人で過ごす時間は、まるでマツリと一緒にいた時のように、心が安らいで、落ち着くのだ。
 天川宙の心にはいつの間にか彼女達の笑顔があって、
 「あんた達を信頼している自分自身を、ようやく認めることができた。許せてやれたんだ」
 過去は二度と正すことはできないけれど。今までの自分を認めてやることはできる。
 だからまず、今まで酷いことばかり言って遠ざけた謝罪を。そして、それでも見捨てずに手を差し伸べてくれたことに感謝を。言わずにはいられなかったのである。否、謝罪とか感謝とかよりも、もっと端的に気持ちを言葉にするならば、
 「俺の隣にいるのがあんたで、良かった」
 口では伝えきれない様々な気持ち。もっと多くの気持ちを伝えられる言葉はないかと模索したが、結局、ありふれた台詞に収まったのだった。出来るかぎりの万感の想いを込めて、その一言とする。気恥ずかしさもひとしおではあった。心中を吐露するというのは、なかなかにして、緊張するものだ。そして息継ぎ。
 「だからこれからも、俺とヴェルトールに乗ってくれ」
 ぐっと握り締めた拳を開いて、あずさに差し出し、握手を求める。
 握手は信頼の証でもあった。なにせ、宙は人と触れ合うことを極端に嫌がっていたのだから。初めて出会った時、宙はあずさの手を拒んだ。でも、その手の温もりは今でも覚えている。もう一度あんたの手を握ってもいいかな? 手の温もりを感じてもいいかな? もう触れても怖くはないから。
 「あらあら、水臭いですねぇ」
 そんな宙に、あずさは気さくに言って、
 「断るわけないじゃないですか。私達、パートナーでしょう?」
 「……ああ、そうだな。まだまだ格好良く行かない半端者だけど――」
 不意に、宙は言葉を詰まらせた。
 三浦あずさは泣いていた。否、花も恥らうような微笑みを浮かべながら、目尻から大粒の涙を零していたのだ。虚をつかれた気分で、宙は戸惑うことしかできなかったが、あずさはあくまで笑い続けていた。
 泣かせるようなことを言ってしまっただろうか。少なくとも、彼女の涙の原因が宙であることに疑いようはなかった。あずさが泣いていると、何故か心に帳が降りたような心持になって、不安になる。宙の表情には、段々と焦りが濃く表れてきた。
 ところがあずさは目元の涙を拭うと、あなたのせいではない、ときっぱり断言した。
 あずさは笑う。目と頬を赤らめて、嬉しそうに破顔する。
 「ごめんなさい、私、胸にぐっと来ちゃって。“隣にいるのがあんたで良かった”、なんて。まるで愛の告白みたいじゃないですか?」
 愛の、告白? 無意識に口にして、記憶をビデオテープみたいに巻き戻してスピード再生。間抜けな感じに収縮された声と映像がぐるぐると脳内を駆け巡り。……オレ、ナンツーコトヲ。さぁ、と血の気が引いた表情からして一変、耳まで真っ赤に染まった宙は、白く凍りつく吐息が本当に自分の魂なのではないかと思った。
 うふふ、と微笑を絶やさないあずさは嬉の感情一色。
 「い、いや、俺は、そんなつもりじゃ……!」
 意図した意味があるわけではない。しかし、そのような意味に取れてしまうのも事実だ。口は災いの元とはよく言ったものだが。いや、だからと言って、別に何が悪いわけでもあるまい。あずさに伝えた気持ちは本当のものであるし、そういう意味も含んで然るべきでは云々かんぬん。問題があるわけでは云々かんぬん。
 と、目がくるくる螺旋を描いた自問自答の末。
 「って、からかってるな!」
 「さぁ、なんのことでしょう? ただちょっと、悩んだ宙さんも可愛いなぁって思っただけですよ」
 いつの間にか悪戯な笑みを浮かべていたあずさに、宙はしてやられた! と頭を抱えた。くすくすと笑う彼女は、もう涙を流していない。さっきのお返しです。人差し指を口に当ててウィンクする仕草に、くらりと毒気を抜かれてしまって、それ以上追求するのをやめた。子供扱いされているみたいじゃないか、これじゃあ。
 ……こういうのも悪くない。
 宙は胸の奥が暖かくなるのを感じた。たぶん彼女達を信用するということは、こういう他愛もない話で一喜一憂できる関係を築く、ということなのかもしれない。
 「えいっ」
 すると、あずさは宙の右手を握ってきた。指し伸ばされたその手を取ったのだ。
 半年前、宙は掴まれた手を払ったのを思い出す。反射的に、恐怖と嫌悪の入り混じった感情で。けれど、今はその感触を確かめるため、ゆっくりと握り返した。互いを離すまいとするように掴み合った手と手。寒空の下、冷え切ってしまった肌は、段々と温もりを取り戻していく。寄り添いあったヤマアラシの如く。
 しばらく、二人は無言で手を握り合っていた。風の音を聴き、青く広がる空を眺めながら。世界には二人だけしか存在しないかのような錯覚さえ、宙は覚えた。
 このまま時が止まってしまえばいいのに。
 宙があずさの横顔に視線を移した時。
 「ハーニーイー!」
 どんっ。後ろから抱き着いてきた星井美希のせいで顔から雪に突っ込んだ。
 「ばっか、この! 星井!!」
 「わ、ごめんハニー。痛かった? でもハニーがあずさと二人きりみたいだから、むむ、これは危険だな! って思ったの。だから走って来たの!」
 「はぁ、さいですか……」
 雪のおかげで擦り剥きはしないが、何より冷たいので鼻が真っ赤なトナカイ状態になっていた。ぶるりと身震いして、背中に張り付く美希を引っぺがす。不満全開な表情で離れる美希は、最近行動が目立ってきた。隙あらばハニーハニーと懐いてくるのだ。例の事件の影響は思ったより大きいらしい。
 好意を持ってくれる分には悪い気がしないのだが、美希は極端過ぎて、対象である宙は周囲の目が気になって仕方がない。特に千早の冷ややかな目とか。今も隣で戸惑っているあずさの様子だとか。
 「あずさもなかなか積極的だね。さすがは恋のライバルなの!」
 「ああ、もう、聞いてるこっちの心臓に悪いわ! 大体――」
 ――クルヨ。
 「えっ」
 次の瞬間、宙の意識は遥か頭上の宇宙空間にあった。驚愕を通り越し疑問すら浮かばない、ただ漠然とした意識の中で“あいつ”は宙になにかを見せたがっている。情感的に悟ったのだろう、己の意思は、ただ虚空の闇を見つめている。
 背後には青い地球。そこに。

 “なにか”、得体の知れない輝く“なにか”が堕ちて来る。

 あの存在は人間には毒だ。いや、この惑星の生きとし生けるものにとって猛毒を超えた死の具現。地球という生命の体内に入り込む凶悪なレトロウィルス。人間としての本能がそう告げている。
 全身から否応なく嫌な汗が吹き出た。宙は生まれて初めて、究極的に純粋な恐怖に襲われた。理性の更に奥に眠る本能が悲鳴をあげている。にも関わらず、どうしてあれを美しいと感じてしまうのだろう。不明確。不明瞭。曖昧模糊。理解不能。漠然と映像を見させられている宙にそれの存在を理解することは不可能だった。
 しかし、もし端的に、簡潔にイメージを説明するならば、
 「IDOLだ」
 呟いた瞬間、宙は再び極寒の空気の中にいた。隣では美希とあずさは話している。おかしなことに、あの映像はまさしく刹那のものだったようだ。身体は汗もかいていない。ただ、震えているだけ。あれの姿だけが頭にこびりついて離れない。
 自分はどうしてしまったのだろう。震える手を握り締めた時だ。
 警戒用のサイレンが鳴り響いたのは。

                   ●

 インベルのコックピットで最終調整を行っていた千早は、サイレンの音で弾かれるように顔を上げた。一瞬の間を置いてコックピットを飛び出し、ひゅうと吹いた風に髪を押さえて周囲を見渡す。気のせいか、穏やかだった空は嵐の前の静けさを連想させた。眼下ではアイドルマスター課のスタッフがIDOLの間を駆け抜けて行く。
 これは来たみたいね。率直な感想はおそらく的中だろうと予測しながら、コックピット横に接続された仮設タラップを数段飛ばしで駆け下りて走り出す。有事の際、アイドルマスターは管制室としての役割を備えたトレーラーへ集合するように指示を受けてあるのだ。とにかく状況の確認が最優先事項だと決定。
 「千早ちゃん!」
 行き交う職員の中で春香と並ぶ。二人とも無言で頷いて、白い息を吐きながら指定のトレーラーを見つけると、たんっと小気味の良い音ステップを踏んで乗り込んだ。
 トレーラーの中は暗く、長方形の空間に所狭しと機材が並べられている。本当に簡易的なあしらえで、少々詰めてようやくマスター全員を含む職員が数名、入れる程度の広さだ。車両の中だと思えば十分広いのだろうが、やはり窮屈である。
 すでにマスターの何人かは集合している。小鳥を始めとするオペレーター一同は、状況の確認のためコンソールに指を走らせていた。
 一息、走って荒れた呼吸を沈めるために深呼吸して、
 「状況は!?」
 背後、飛び込んできた宙の声に振り返った。自分達と同じように走ってきたのだろう、息を整えながらこちらに視線を向けてくる。私も今来たばかりで、と口を開いたと同時、宙の後ろから乗り込んできたあずさと美希を見て、無意識に口を閉じた。
 一緒にいたんだ。きゅっと胸が締め付けられるような幻痛。馬鹿な、宙はあずささんを探していたのだから、一緒にいたのはすごく自然なことでしょう? 自分に言い聞かせる行動が、千早にはひどく滑稽に思えてしまった。じゃあ何で美希も一緒にいるの? と思えてしまう辺り、もう病的だ。
 律子の言葉を思い出す。恋の一つや二つ――。これが例え恋だとしても、こんなに苦しいならば私はいらない、と。千早は頭を抱えてその場に蹲りたかった。何でこんな大変な状況で、自分はこんな悩みに振り回されなければならないのだろう。
 葛藤が表に出ていたのだろうか。トレーラーの中へと入ってきた宙は、千早の様子がおかしいことに気づいて、何気なく言葉をかけた。おい、大丈夫か如月。その声が耳朶を打って、余計心の中が掻き乱される。ああ、なんて、苦しい。
 宙が千早に手を伸ばして。肩に感触として確かめた時、千早は考えるより早く動いていた。
 「いやっ!」
 強かな音が部屋に木霊する。その場にいた全員が、何事かと千早と宙の方を向いて。あれほど忙しなかった部屋の空気が凍りついたように静止する。
 「……痛」
 呆然と、搾り出すような小さな声を漏らす宙。払われた手はわずかに赤くなっていて、叩いた本人の手にも打った感触が強く残っている。その行為に誰よりも驚いたのは、他ならぬ千早自身であった。
 私は今何をしたの、何をしてしまったの? 加熱した思考がようやく冷静さを取り戻してきて、千早は様々な感情の入り混じった何とも言い難い表情を浮かべた。例えるならば、まるで親に叱られた子供のような、泣きそうな表情。
 「違うの宙、私……」
 「どうかしたのですか?」
 各部署に指示を下していたジョゼフが問い質す。千早は何も言えずに、腹の辺りで手を組んで俯き、時間が巻き戻ってくれるならどんなにありがたいか、などとらしくない自分の思考に歯噛みして。
 沈黙を打ち破り質問に答えたのは宙だった。叩かれた手を軽く振って見せて、
 「いや、全然何でもないさ、うん。それより状況は?」
 「ええ、どうやら、あまり時間がないようです。設営したレーダーがIDOLと思わしき未確認物体の接近を捉えています。嫌な予想が当たりました、おそらくトゥリアビータでしょう」
 「……あれじゃないのか」
 「……? いや、とにかく事態は急を要します。敵もヒエムスの存在を嗅ぎつけたと見てまず間違いないでしょう。我々はトゥリアビータよりも早く、ヒエムスを回収しなくてはなりません。もし敵の手にヒエムスが渡れば、今まで築いてきたパワーバランスが壊れかねません。それだけは何としても避けねば」
 事の重要性は全員が把握している。皆、一様に頷き、ジョゼフの指示を待つ。
 「IDOL四機はすぐに出撃。敵IDOLを足止めしつつヒエムスの回収を行います。ヴェルトール、インベルのマスターは固定。ネーブラには水瀬さん、高槻さん。テンペスタースには星井さん、秋月さんが。残りのマスターはこちらに残りバックアップ支援をよろしくお願いします。さぁ、全力で行きましょう!」
 その後の行動は迅速だ。マスター達の搭乗を待つIDOLの元へと駆け、胡乱としたままの千早も春香に背を押されインベルへと向かう。
 「出すで、もたもたすんなや!」
 整備班長の怒声を聞きながら、千早はIDOL横の仮設タラップに足を踏み出し。その脇を通って行く宙を思わず呼び止めた。
 「さっきはごめんなさい」
 「いや、悪いのは俺だった。……少し前までの自分を忘れていた」
 人に触れられるのを極端に嫌がっていた宙。自分からそれをやってしまったら、拒否されても仕方がない。
 「違う、それは違うの!」
 次の言葉を紡ぐ前に宙はIDOL達の影に消えてしまった。これ以上その場に止まるわけにもいかず、コックピットへとタラップを踏み鳴らす。今は緊急事態。集中するのだ。任務に集中している間だけは、きっとこのどうしようもない悩みから開放されるに違いない。それだけが千早にとって大きな救いであった。
 「今は、目の前のことだけを考えなくては……!」
 サブパイロット席に腰を下ろし、全てのステータスを確認。――オールクリア。出撃準備完了。
 全IDOLに向けられた小鳥からの通信を開く。
 『皆、よく聞いて。私達はポイントを特定されないようにこの場を離れる。とにかく空に上がって! 指示は追って出すわ!』
 「了解!」
 インベルを固定していたワイヤーが全て取り外され、整備班の退去を確認した後、素早く慣性制御を作動させる。春香とのアイコンタクトは一瞬。春香がフットペダルを踏み込み、千早は細かい制御を行って、インベルは雪の粉を撒き散らしながら浮上を開始する。
 飛び上がる機体は四体。迫り来る敵に立ち向かうため、インベルは天高く蒼穹を切り裂いて発進した。
 「インベル、アクトオン!!」

                    ●

 上空、青いペンキをぶちまけた様な空に、バーニアの轟音を響かせながらヴェルトールは舞い上がった。コックピットで操縦桿を握る宙とあずさは、同様に上昇して来たIDOL達を確認して、すぐさま送信されてくる情報を確認する。
 グリムス山を中心とした周囲には高い山もなく、延々と雪原が広がっているだけだ。地上はクレバスや多少の起伏が見受けられるものの、空中で戦う分には障害物もなく見晴らしが良い。これはある意味、“奴”を相手にするには不利だと宙は思った。正面からのぶつかり合いならば実力的に分が悪い。
 奴――ヌービアム=リコリスは必ずやって来る。人工IDOLであるエピメテウスだけでは、四機のIDOLを相手に戦力不足なのは、相手だって重々承知しているはず。ましてやコアを巡る戦いともなれば、トゥリアビータは総力を結集して戦いを挑んでくるだろう。それ故に。リコリスは必ず宙の前に現れる。
 言い知れぬ不安を生み出していたあの映像は、しかし空に上がって薄れてきていた。ヴェルトールの中にいることと、何よりこれから挑む戦いへの緊張が、それ以上のことを考える余裕を拭い去っているからだ。深呼吸一つ、モニターを通して前方を見据える。
 『九時の方向、敵機を複数確認! ……なんて数なの。四〇、いえ五〇!』
 小鳥の言う通り、ヴェルトールのレーダーにも無数の赤い点が、画面を埋め尽くさんばかりに表示されていた。少なくても、宙はここまで大規模な軍勢を見たことがない。トゥリアビータもそれだけ本気だということか。
 その中から、異常な速度で突出してくる機体が一機。ああ、来ると思ってたよ! あずさが表示された情報を読み上げて、案の定、プロメテウス3・ヌービアムだと断定。
 開いた通信から、小鳥が告げる。
 『よく聞いて。予想通り、トゥリアビータもかなりの戦力を投入してきたわ。事前に説明した作戦に変更はなし。数に物を言わせた強行突破が予想されるけど、この戦闘の勝利条件はあくまでヒエムスの回収。それを忘れないで』
 今回は相手も相応の戦力を投入してくることを予想し、四機のIDOLを分散させる作戦が執られていた。
 一機が殿を務めて敵戦力を足止めし、そこをフロントラインとして戦線を展開。他三機はグリムス山に向かいつつ、一定距離を空けて一機ずつが防衛ラインを構築。最終的に残った一機がグリムス山に突入、コアを回収する流れとなっていた。
 二重三重の防衛線を張ることで時間を稼ぎ、トゥリアビータよりも先にコアを回収する。数で劣るも、勝利条件が明確になっている条件下だからこそ可能な作戦だった。相手とまともに戦う必要性はないのだ。
 そういう理由から、最も多くの敵を引きつけることになる殿は、実力的に認められた春香と千早=インベルが任されていた。つまり、先行して来るヌービアムとぶつかるのもまた、インベルということになる。
 宙はわずかに逡巡した。操縦桿を握る手に汗の感触。意を決して、口を開く。
 「あずささん――」
 「……やっぱり宙さんも男の子なんですねぇ」
 ところが。あずさは宙の言葉を予測していたのか、仕方がないですね、と先回りして言った。呆れたように吐息して微笑を向けてくる。全部承知していると言わんばかりだ。宙は面食らって呆然としたが、少しして、敵わないなと頭を掻いた。
 内心で吐露する。この人がパートナーで良かった、と。
 礼は言わない。口にしなくても、もう伝わっていると信じているから。
 次の瞬間、宙はヴェルトールの脚部バーニアを吹かし、インベル達の前に飛び出した。そして声高らかにこう言った。
 「ヌービアムの相手は“俺達”でやらせてもらう!」
 正面切っての宣言。それは必然的に、最も多くを相手取る殿を務めるということに他ならない。誰しもが目を白黒させて、次の瞬間小鳥が否定の言葉を発した。
 『この土壇場で何を言っているの! この配置は、作戦の成功率が最も高いと踏んで決定したものよ。そう簡単に変えられるものじゃないわ』
 「分かってる。けど、俺はどうしてもヌービアムと決着をつけなくちゃならないんだ」
 『この馬鹿! ヌービアムの実力はあんたが一番思い知ってるでしょうが! どういうつもりか説明をしなさいよ、説明を!』
 伊織の怒声が飛んできて、全員が一様に頷いた。説明を求めている。
 ヌービアムと戦う理由。それはケジメのためだった。
 宙にとって、ヌービアムはトゥリアビータとしての象徴だ。そして復讐を誓って戦い敗れ続けてきた、越えるべき壁の具現でもある。天川宙は決意を新たにした。仲間を信じるという決意を。その決意を掲げた今、迫り来る宿敵に対し、背を向けたくはなかった。奴に背を向けるのは、過去の自分から逃げているように思えたからだ。
 ヌービアムに立ち向かい、過去の自分を払拭する。宙にとってその行為は、避けられない通過儀式であった。ヴェルトールに乗って戦う以上、いずれ白黒を決めなくてはいけないのなら、決意を新たにした今しかあるまい。
 この戦いは、“ここ”にいるための覚悟を試す試練でもあるのだから。
 なにより、ヌービアムを駆るリコリスも同じように思っているはずだ。天川マツリと何らかの接点を持っている彼女とは、奇妙な巡り合わせの下、戦う運命にあるのだから。
 葛藤を全員に理解してもらおうとは思わない。それはむしのいい考えである。それでも、
 「頼む。俺にチャンスをくれないか!」
 すでに懇願となった宙の声に、わずかな時間の空白が生まれる。もう時間もない。
 『……宙、勝算はあるの?』
 沈黙を破って、千早が問うた。
 『ヌービアムの存在は、この作戦の成否を左右するわ。殿を務めるということは、確実にヌービアムを足止めする責任を持つということよ。できるの?』
 「できる」
 『根拠は?」
 「俺は一人で戦うわけじゃない。あずささんも一緒だ。きっと勝てる」
 溜息が聞こえた。千早だけではない。通信を聞いていた全員から漏れていた。さすがに根拠になっていないか。宙が苦々しい表情を作ると同時。
 千早は重々しい口調で言った。
 『小鳥さん、私は、チームの和を乱すような人に後ろを任せられません。こんな心配をするくらいなら、私達がコアの回収に向かいます。構わないわよね、春香』
 『私もそう思うよ。まったく、宙のわがままにも困ったものだなぁ』
 わざとらしい様子の春香。声は連鎖する。
 『まっ、それもそうね。万年ビリで足手まといのフォローをするのも、先輩としての役目かしら。やよいもそう思わない?
 『うん、後は私達に任せてください!』
 『はぁ……。まったく、これだから馬鹿な奴は』
 『ハニーはインベルがコアを回収できるように、しっかり時間を稼ぐんだよ?』
 「おまえら……」
 伊織もやよいも、律子の美希も、そう言ってくれた。ケジメをつけろと。因縁を叩き壊せと。彼女達の声が、後押しとなって宙の背中を押してくれる。その心地のなんと優しいことか。自分は皆に支えられて空を羽ばたいている。その事実を、改めて実感した。
 始終だんまりを貫いていた作戦責任者であるジョゼフは、マスター達の様子に、
 『……仕方がありませんね、待機しているマスター達の意見も同じようですし。ああ、音無さん、そう睨まないでください。多数決では我々の負けですよ。それに私も男ですからね、男には立ち向かわなければならない時があることくらい分かりますよ。――ただし、その代わり。宙さん、あずささん、その任務を必ずやり遂げることができますね?』
 最終決断。その意思を、皆に示せ天川宙。
 「ああ、必ず勝つ!!」
 ならば言うことはない。それは全員の総意であった。
 さぁ、舞台は整った。
 レーダーを確認。いや、もはやモニターを通して肉眼で確認できる小さな点。見る見る近づいてくるそれは、人型のシルエットを瞳に刻みつけた。死神の如く黒い機体。トラウマを刺激し、恐怖心を駆り立てる重圧。ヌービアム。
 あずさが頷き一つ、いつでも行けますと万全の状態を整える。
 「皆、行ってくれ! ヌービアムは必ず倒す!」
 『当ったり前! 見せ場は譲ってあげる。雑魚は任せなさい!』
 「お言葉に甘えさせてもらうさ、水瀬」
 その一言を契機に、三機のIDOLはヴェルトールに背を向けて、ロケットノズルを全力点火させる。細かい指示が小鳥から伝わって、全ての事項は決定されたのだった。
 『作戦開始! 皆さんの奮闘を期待します』
 ジョゼフの宣言が始まりの合図。
 今ここに、ヒエムスを巡る戦いの火蓋が切って落とされた。
 『信じてるわ、宙』
 「その信頼に応えるさ」
 インベルとヴェルトールが交差する間際、お互いを画面の向こうに認識した宙と千早は、ただ一言交わして分かれた。それ以上は、お互いにはもはや不要。インベルが過ぎ去った次の瞬間には、宙は自らのやるべきことへと意識を向けている。
 そこはすでに戦場。
 「ヌービアム、来ます!」
 刹那、大気を裂いて白線を引きながら飛来したヌービアムは、何の躊躇もなくヴェルトールへと体当たりを慣行した。重力殻を纏ったIDOLの攻撃は、下手をすれば山の一つも抉り飛ばす。そんな一撃を躊躇いなく放ってくる相手も相手なら、それを真っ向から受け止めようと構えた宙もまた尋常ではない。
 轟音を響かせ、重力殻をぶつけ合いながら、ついに二機は接触する。音速に近い速度で飛来したヌービアムは、加速の重さおも武器にヴェルトールに突撃。一瞬、互いを押し合い拮抗し、一拍置いて、弾かれるように両者は間を開けた。
 「ぐっ、初撃からいきなり重い……!」
 衝撃が、慣性制御で保護されたコックピットにも十分に伝播する。凄まじい威力は、IDOLの持ち得る戦闘力を存分に物語っていた。強敵なのは最初から知れたこと。この程度で驚いていては始まらない。操縦桿を握る手に力を込め、宙は眼前で滞空しているヌービアムを睨みつける。
 向き合う黒と黒。睨み合ってすぐに、“彼女”の声は届いた。
 『しばらくぶりね、天川宙』
 「リコリス! 待ってたぜぇ、あんたが来るのを!」
 『それは良かったわ。じゃあ、もう話し合いはいらないわよね?』
 「ああ、俺達の交わすべき言葉は闘いの中だけにある刹那的なものだろうが」
 『そういう男っぽい青春とは、無縁のものだと思っていたけれど。やっぱり私達は、運命の赤い糸で結ばれているのかしらね』
 「はっ、冗談」
 そして無言。ちりちりと、まるで闘気が具現化したかのように、空気が異様に胎動を開始する。
 状況を確認。宙とあずさの役目は、ここでヌービアムを足止めすること。否、勝つこと。その間に他のIDOLはグリムス山に向かい、ヒエムスのコアを回収する。失敗は許されず、どちらがヒエムスを手に入れても、モンデンキントとトゥリアビータの力関係は姿を大きく変えることになる。天下分け目の戦い。
 果たしてそれは、現状を強固にする無敵の盾となるか。
 または、停滞した今を破壊する滅びの剣となるか。
 全てはこの戦いで決まる。

 『つまりここが――』
 「――天王山!!」

 瞬間、ヴェルトールとヌービアムは互いの拳を激突させた。
 バトル、スタート。



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