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 第八話 我が家


 宇宙で、激突があった。
 一つは漆黒の弾丸。一つは白き豪腕。一つは闇色の悪魔。
 それは三機のIDOLであった。高速機動をとるヴェルトールと、巨大なセカンドアームを振るうインベル。そして最後の一体は、
 「ヌービアムッ!」
 宙は相対する敵の名を叫び、それに応えてヴェルトールは渾身の右ストレートを繰り出す。不動の山々さえ抉り貫く一撃を、しかしヌービアムは集る羽虫でも払うかのように弾いた。返礼は同じ右ストレートで。
 重力殻ごと、ヴェルトールは後方へと吹き飛ばされる。
 『ふふふ、お触りは厳禁よ、坊や』
 ヌービアムから聞こえてくる挑発的な女の声。名前も知らない相手だが、その実力は初見ですでに思い知っている。だから正体など構ってはいられない。気を抜けば、
 『もう一発!』
 カメラの死角から放たれた攻撃。それは蹴りだった。下から上へ弧を描いた蹴撃は体勢を崩したヴェルトールに容赦なく突き刺さり、まるで防御など無意味と言わんばかりに装甲が歪み、血飛沫の如く火花が散る。
 「装甲負担率四十パーセントを越えています。ここは一旦下がりましょう!」
 深刻な被害にあずさが叫んだ。機体の状況から考えればそれが妥当だ。このまま食い下がっても、更に深手を負う結果は目に見えている。
 けれど宙は、その提案を真っ向から否定した。
 「だめだ、ここまでされて黙って退けるか! 姉さんの仇相手に、こんな屈辱!」
 「でも――」
 言葉を遮る更なる一蹴。レッドアラートのけたたましいエラー報告に表情を歪ませながらフットペダルを踏み込み、追撃をなんとか回避する。
 『こっちを忘れないで!』
 猛追を受けるヴェルトールを救わんと、インベルが割って入った。実力的にはモンデンキント最強を誇る春香と千早のインベルは、ヌービアムに勇ましく挑みかかる。
 二機は一度交差しては離れ、離れては交差して、その度に余波の残光が迸った。一瞬でベクトルを変更する物理法則を無視した超機動は、慣性の枷に縛られないIDOLだからこそ行える荒業だ。白と黒の拳が正面からぶつかり合い、激突点を中心に空間が悲鳴をあげた。
 『なるほど、坊やよりかは楽しめそうね』
 『舐めないで!』
 妖艶な声で放たれる挑発に、千早は怒声と共に攻撃で応える。両者の戦闘は互角だった。
 ……いや。
 圧されている。宙は戦闘を食い入るように凝視しながら呟いた。モンデンキント最強を誇るインベルが、ヌービアムという絶対的な存在に削られていくのを、ヴェルトールの目を通して漠然と悟ったのだ。
 宙は戦慄した。インベルが苦戦を強いられているという事実にではなく。ヌービアムの底知れぬ実力を前に、何もできない自分自身にである。脆弱な己に絶望した瞬間、宙は胸の底から得体の知れない悪寒に襲われ、それから逃れるように、反射的に、フットペダルを蹴った。恐怖を振り払いたい一心で、喉から絶叫が漏れる。
 あずさの驚きを他所に、ヴェルトールは交錯する二機の間に突っ込み、そして――。

                   ●

 「……ッ!?」
 操縦桿から伝わってくる振動で我に返った。自分は今、どれほどの時間を手放していたのだろう。数秒? それとも一秒にも満たない刹那か。とにかく宙は、ステータスを示すモニターに視線を移し、現状を即座に理解。
 ターゲット位置、機体背後。
 やられたッ! と判断した時にはもう遅い。次に身体が感じたのはコックピットを貫いた衝撃、続けて目が認識したのは、モニターに表示される敗北の二文字だった。
 「あらら~、やられちゃいましたね……」
 言葉とは裏腹に明るい口調で言ったのは、三浦あずさだ。球状の擬似コックピット前部、サブパイロット席に座る彼女は宙に振り向いて、惜しかったですね、とにこやかに告げた。惜しさはあっても苦々しさは感じ取れない。
 『また私の勝ちね! この伊織ちゃんに勝とうなんて十年早いわ!』
 『うっうー、やりました! 勝っちゃいました!』
 ぱっと映し出された通信画面には、勝ち誇った笑みを浮かべる伊織の姿。サブコックピットで小さくガッツポーズを取っているのはやよいである。二人が和気藹々と話を弾ませているのを余所に、宙は力なく操縦桿から手を放した。
 今日はアイドルマスター全員を召集して行われた合同訓練の日であった。特に、対IDOL戦闘を想定した訓練が主軸に置かれたのは、最近激化するトゥリアビータとの抗争に理由がある。IDOLはドロップから地球を守るもので、戦うためのものではないと、終始難しい顔をした者も多くいたが。
 ……負けたのか、また。
 シートに身体を預ける宙は、ぼんやりと思った。伊織とやよいのコンビにも敗北を喫した。その前も他のコンビに負けを重ねている。経験で差のある宙が、他のマスターに負けてしまうことは、相変わらずのことではあった。だが、本人すら気づかぬ内に噛み締められた奥歯が、分かりやすいほど心情を表わしていた。
 『まったく、宙はまだまだね。いきなり反応鈍って後ろ取られる程度じゃ』
 「……うっさい! 分かってるさ、そんなこと!」
 『ちょ、ちょっと何よその――』
 ぶつりと通信を切った行動は荒々しい。分かってるさ、と再度自分に言い聞かせ、片腕で視界を塞いだ。訓練中、わずかとはいえ、意識が別のことに向いてしまったのは、何にせよ自分のミスだ。そんなことは百も承知している。だからこその苛立ちだった。
 最近はいつもそうだ。茫漠とした何かに苛立って、ひどく気分が陰鬱で、やるせない気持ちを拭うためにひたすら訓練に没頭する毎日。まるで何かに憑かれたような自分の様子に疑問を感じる暇すらなかった。
 そのおかげか迎撃を任される回数も増えてきたし、宙の成長具合に舌を巻くスタッフも少なくない。つい数ヶ月前まで素人だった人間が、期待以上の成果を挙げていることに驚きを感じているようだった。だが褒め称えられても、結果はこの様だ。
 苛立ちを消し去ることができない毎日。曰く、これは焦燥なのではないだろうか。
 焦りがこの身に浸透しつつあった。
 「大丈夫ですか?」
 塞いだ視界の外、柔らかな声で思考が戻ってくる。暗い海の底からゆっくりと引き上げられるような感覚。目蓋を開くと、こちらを覗き込むあずさが視界に入った。心配そうな面持ちで宙を見ている。眉がハの字になっていた。
 「とりあえず外に出ましょう? 次の模擬戦も始まりますし~」
 首肯だけで言葉も返さず、宙はコックピットを出た。
 そこで待ち受けていたのは、腕を組んで仁王立ちした伊織だった。後ろで不安げな様子を見せるやよいも無視して、伊織は苛立ちを剥き出しにして、口を開いた。
 「あんた、もしかしてヌービアムの件を引き摺ってるわけ?」
 一切の容赦ない指摘に、宙は仏頂面を強くする。図星だった。
 あれは、数週間前の出来事だ。ドロップの迎撃任務直後、ヌービアムの襲撃を受けたのだった。ヴェルトールの奪還を目的としてのことだろう。
 襲撃の際、宙はヌービアムに完膚なきまでにしてやられてしまった。インベルという味方がいたにも関わらずである。二対一という状況ですら、ヌービアムは互角以上の戦闘力で宙達を翻弄し、そして、宙は闇雲にヴェルトールを特攻させて。
 現在、ヴェルトールは格納庫で大掛かりな修理作業中だ。外部装甲を全て取り替える、と整備班長が言っていたのを思い出す。
 引き摺っていないわけがない。手も足も出ず、おもしろいように弄ばれて、敗北したのだから。ただの相手にではない。姉の仇、復讐の相手に、だ。これ以上の屈辱があってなるものか。復讐を誓った心ごと、プライドというプライドがミキサーで粉微塵に粉砕された気分だ。冷静でいられるわけがない。
 ずばり心中を見抜かれた宙は、視線を鋭くして伊織を睨みつけた。ケンカはダメです! とやよいが二人の間に入るが、伊織は微動だにせず宙を睨み返す。
 「ヌービアムは強いわ」
 伊織は顔に苦渋を滲ませた。
 「認めるのは癪だけど、私達の誰よりも奴は強い。そんな奴を相手に、あんたみたいな素人が勝てる道理ないじゃない。気負っても無駄よ」
 「そんなこと……!」
 ぐっ、と言葉に詰まった。伊織の言う通り、あれだけの実力者を相手に、マスターとなって日の浅い自分に勝ち目がないのは自明の理だ。
 それでも、復讐を誓った相手に辛酸を舐めさせられるのは、最低の屈辱以外の何物でもない。戦う目的自体を踏みにじられる気分は、それだけで心を強く圧迫する。
 強くなりたい。誰よりも強く、何を踏み台にしても。
 完全無敵だった天川マツリのようになるためには、どうしたら。
 「……宙くんは少し考え過ぎだと思うの」
 端から様子を見ていた一人が、あくび混じりにそう言った。つと目をやると、声の主は、ことどうでもよさげに壁に寄りかかるテンペスタースのマスター=星井美希であった。
 飛び跳ねた癖のある長髪。色は染めた金。服の上からでも分かる豊満なバスト、しなやかなボディライン。抜群のスタイルが故に“未完のビジュアルクイーン”の二つ名で呼ばれるアイドルである。未完の由来とは、外見に反した実年齢によるものだ。これで宙より五つも年下だというのだから、大人びた外見との差を疑ってしまう。
 あふぅ、と美希はあくびをしながら続ける。
 「もっと楽にやればいいと思うの。辛いことばっかりじゃ、おもしろくないでしょ?」
 「おもしろい?」
 ぴくりっ、と宙のこめかみが引き攣った。さすがの伊織も呆れた様子で溜息を吐き、あんたねぇ、と額にしわを寄せた。星井美希という人物は、まったく焦りとか危機感という言葉と縁遠いことで有名で、極端な面倒くさがり屋として名を馳せている。マスターになった時も、面白そうだから、の二つ返事だったとかそうでないとか。
 極端なマイペース思考に頭を悩まされたことは、宙とて初めてではない。
 でも、この時ばかりは我慢がいかなかった。
 「っざけんな! 遊び半分のおまえとは違う!」
 鬼気迫る雰囲気に、びくりと身を震わせる美希。訓練室に緊張が奔った。荒い息を吐き出した宙は、あずさの制止もあってなんとか怒りを堪えたが、拳を強く握り締める。
 「美希、心配してあげてるだけなのに」
 「……余計なお世話だ」
 今度は美希が、むぅ、と頬を膨らませる番だった。可愛らしさを強調しているようにしか見えない仕草も、美希にとっては怒っているつもりらしい。
 もっとも、その態度が宙の目にはふざけていると映ったらしく、更に気分を悪くする結果になったけれど。
 「やっぱり、俺とおまえ達は、違う。だから悠長なことを言ってられるんだ」
 「ちょっと、ふて腐れるのもいい加減に……!」
 「二人とも落ち着いてくださいー!」
 宙と伊織のガンの飛ばし合いもそろそろ限界に来つつあるようだ。このままでは本当に取っ組み合いに発展してもおかしくない。諫めるやよいもとうとう涙目だ。
 怒りの原因、当の張本人である美希は顎に手を当てて何かを考えており、しばらくすると、名案を思いついたとばかりに目を光らせた。
 「今の宙くんに必要なのは訓練じゃなくて、もっと別のことだと思うな」
 「別のこと?」
 それはねぇ……。美希はぱちりとウィンクして、
 「気分転換、なの」
 可愛らしく人差し指を立てて、そんなことを言った。気分転換が必要だって? そうそう気分転換。首を傾げる宙に、美希は少し考えて、何かを思いついて手を打つ。頭の上で電球がぴかぴか光っていそうだ。
 「こんなのはどう?」
 どんなの? と皆が問い返す前に、美希は大仰なジェスチャー付きで、
 「宙くんの育った孤児院にね、遊びに行くの!」

                   ●

 「あれ、社長、ご一服ですか?」
 「コーヒーを飲みにね。ここのやつはうまいんだ」
 765プロのビルから少し離れた場所に、“純喫茶ムッシュ”という喫茶店が、隠れるようにしてひっそりとある。音無小鳥がランチセット目当てにやって来ると、高木がカウンターでカップを口にしているところだった。高木が手招きをするので、小鳥はその隣に落ち着いた。愛想の良い店主に向かって日替わりランチを注文する。
 「ここにはよくいらっしゃるのですか?」
 「雰囲気がいいからね。物静かで、なにより、客が少ない」
 視線で物申す店主に、冗談だよ、などと返すあたり、それなりに常連のようだった。
 「そういえば、さっき宙君達が出かけるところを見たのだが、どうかしたのかね」
 「天川孤児院の方に遊びに行くそうですよ」
 「なんと、孤児院の方に。彼女達を連れ立って?」
 ほほう、と目を丸くする高木はどこか嬉しそうに頬を緩めた。再びコーヒーに口をつける横顔は、目に見えて機嫌が良くなっている。まるで、可愛がっている息子が友達と仲良く遊んでいるのを目撃した父親のようだ。
 「月見島の一件以来、萩原君とも仲が良さそうだし、これは喜ばしい傾向だ」
 「あぁ、その話なんですけどね……」
 果たして、孤児院の向かうことになった一連の流れを高木に伝えていいものか、小鳥は頭を悩ませた。管制室から訓練の様子を眺めていた小鳥からしてみると、胃の痛くなるような重い光景ではあった。とはいえ、続きを促す高木を前にして、誤魔化すわけにもいかない。しょうがなく、小鳥は事のあらましを話し始めた。
 話が進むにつれ、ほっこりとした高木の表情が段々と曇って、顛末を伝えた頃には溜息を吐いて落ち込んでしまっていた。小鳥のランチセットを運んできた店主が、元気を出せと言わんばかりに、コーヒーのおかわりを差し出す。礼の代わりに溜息を吐くとは、どうやら相当ショックらしい。夢心地から突き落とされて、だ。
 小鳥は、この機会に疑問に思っていたことを質問してみることにした。
 「宙君をプロデューサーの仕事に就けたのって、やっぱり、人付き合いをさせるためですか?」
 宙に765プロ側の仕事を与えたのは、元来必要のないことである。例え部外者扱いでも、宙が765プロに出入りする口実など、いくらでも用意できるだろう。一般社員に怪しまれることもない。そう考えると、自然に高木の思惑は限られてくる。
 宙が人付き合いを避けるようになったのは、マツリが亡くなってからであるということは、今更説明する必要もない。人間不信になり、疑心暗鬼の態度を強くした。本来はとても明るい子なのだ。高木は、アイドルとして輝かしい魅力を持つあずさ達と多く触れ合う機会を作ることで、昔の自分を取り戻してほしかったのだろう。
 「だが、うまくいかないものだ」
 頷きながら、高木はまた溜息を吐いた。
 「三浦君達との関係や萩原君の件をしてみれば、彼女達との関係を、本気で煩わしく思っているわけでもないと思うんだがね。どうにか心を開いてくれないものか」
 「……ヤマアラシのジレンマ、ですかね」
 ふと、そんな言葉が頭の中で浮き上がった。高木が興味深そうに顔を寄せてくる。
 「ショーペンハウアーか。確かに、言い得て妙だ」
 寒空にいる二匹のヤマアラシが身を寄せ合って身体を温め合おうとしても、自分が持つ棘でお互いを傷つけてしまう故、近づくことができない。しかし寄り合わなくては寒さに凍えてしまう。人もそれと同じ。歩み寄ろうとしても、傷つくことを恐れてしまう。宙は人間関係に高木達というトラウマがあるから、余計、だめなのだろう。
 「しかしヤマアラシのジレンマには、“紆余曲折の末にお互いにちょうど良い距離を見つけ出す”という意味も含まれている」
 「そうですね、彼も、いつかその距離を見つけ出すはずです。人は一人では生きていけませんから。比翼の鳥のように、番(つがい)を求めるものなんです、人という生き物は」
 「君も、そうだったように?」
 「私にとっての番はマツリでしたから。鳥は片翼では飛べません」
 小鳥はふと、影のある表情で薄く笑った。高木は何も言わずにコーヒーを啜る。
 自分達の吐いてきた嘘が宙を変えてしまった。そのことに関して、少なくとも小鳥は、そしておそらく高木も、言い逃れするつもりはない。責任だなんて仰々しい言葉で表すつもりもない。ただ二人とも、昔の明るさを、宙が取り戻すことを切に願っているのだった。小鳥は弟のように、高木は息子のように、彼を想ってきたのだから。
 どうか、あずさ達との関係が、彼の救いにならんことを。
 「ところで、時間は大丈夫なのかね? 食事に手をつけていないようだが」
 「え? ……ああ、もうこんな時間に!?」
 そろそろ仕事に戻る時間が迫っていた。小鳥は飛び上がって、急いで食事を口の中に押し込む。デザートのムースだけはどうしても時間が足らず、せっかく楽しみにしていたのに! と拳を握って我慢するしかなかった。高木への挨拶もそこそこに、ムースを惜しそうに一瞥して、小鳥は飛び出して行ったのだった。
 「ふむ、ではこのデザートは私が頂いておこうか」
 スプーンでムースを掬いながら、今頃宙達はどうしているだろうか、と高木は思いを馳せた。

                    ●

 「紅葉が綺麗ですねぇ」
 吹く秋風に髪を押さえながら、あずさは木々から舞い落ちる赤や黄の葉に目を奪われている。その姿が何とも様になっているので、密かに、宙は頬を染めた。秋も深くなった頃合、そういえばあれからもう半年になるのか、などと考えながら歩く並木道。
 郷愁が胸に染みるこの場所は、宙が育った孤児院への一本道である。春には桜が。秋には紅葉が。過去幾度もなく通った懐しき並木道を、まさかあずさ達を伴って歩くとは思いもしなかった。
 少し前で、今回の企画立案者である美希がなにやらはしゃいでいる。正直、孤児院に多くを連れ立って帰省するのはあまり乗り気ではなかったが、半ば強引に連れ出されてしまった今では、もう諦めのついた宙であった。
 「だからって、いくらなんでも多過ぎなんじゃねぇの!?」
 怒鳴った宙の周りには、もはや遠足気分なアイドルマスターご一行様が。まさか全員が来るとは思いもしなかったぞ。宙は疲れた様子で肩を落とした。まぁ、それも今更な話だ。ただ、バスケット一杯のお菓子を持参している天海春香に関しては、気分ではなく本当に遠足か何かだと勘違いしているだろ、と一言物申したい。
 「で、どうして孤児院なんだっけ?」
 頭の後ろで手を組み真が言った。
 「えっと、気分をリフレッシュするには実家に帰るのが一番だって、美希ちゃんが……」
 雪歩は宙の顔を伺いながらこそこそと耳打ちする。宙には聞こえていたが、不機嫌面を強くしただけで黙っていた。そもそも美希のプランなんて、ただの思いつきに過ぎないのだ。リフレッシュも何もあったものではない。
 「ほら、宙さん。あれが孤児院ではないですか?」
 並木道が終わる。すると、あずさが指をさした先に、小さな建物が見えてきた。赤茶色のレンガが特徴的で、周囲に建築物が少ないことも相まって、どこか浮世離れした不思議な雰囲気を放っている。御伽噺に出てきそう、とは亜美と真美の言葉だ。
 良い思い出も悪い思い出も、全てあそこに詰まっている。懐かしき育ちの家である。
 ……帰って来たのか。
 そう思うと、じんわりと込み上げてくる気持ちがある。突然、孤児院をとても恋しく思ってしまう。ホームシックということはないだろうけど、一人暮らしの人間というのは得てしてこういうものなのかな、と宙は腕を組んだ。
 天川孤児院と書かれた表札を横目に、一行は正門から中へ。敷地には小さな孤児院と、建物を囲むように緑の芝生が広がっている。質素だが、温かで優しい空気が、辺りから漂って来るような気持ちになった。ほぅ、と皆の吐く息が柔らかい。
 「とても居心地の良い場所ね」
 千早が周りを見渡していると、ふと、
 「あれ、宙兄ちゃんだ!」
 「ホントだ、兄ちゃんが帰ってきた!」
 そんな声に振り向けば。小さな子供達が、宙を見つけて駆け出してくるところだった。
 あっ、と宙は声をあげた。その子供達は、皆、親のいない孤児であり、宙がよく面倒を見ていた弟分達だったのだ。予想外の来訪者に驚きつつも、こちらに向かって嬉しそうに走って来るではないか。
 柄じゃない、と思いながらも感動を禁じえない。笑顔で腕を大きく広げてみせた宙。スローモーションで背景に花でも咲かせたら、お茶の間号泣の感想場面さながらである。
 ところが、だった。
 「うわぁ、すげぇ! テレビに出てる人がいっぱいだ!」
 という具合に、子供達は宙を素通りし、物凄い勢いであずさ達を取り囲んだ。はるるんだ! やよいちゃんがいる! テレビメディアへの露出が多い者は特に激しい攻撃を受け、いきなりの襲撃に皆揃って困惑している。が、一番衝撃を受けたのは言うまでもなく、腕を広げた姿勢で硬直する宙に他ならなかった。
 ……こいつら、俺より有名人か!?
 とてつもない遣る瀬無さに、どーんと暗い効果音付きで落ち込んだ宙。
 「宙か?」
 背後から呼びかけられたのは、肩を落としたその時であった。
 聞き慣れた声に振り返れば、そこにいたのは黒髪の老人。優しい目をした日系人で、人生の苦労が滲み出たように痩せ細っている。しわがれた声も含めて、一見して弱々しく思えるかもしれないが、けれどその実、途方もなくパワフルな性格の持ち主で、同時にとても博識な人物でもある。
 名を天川カイエン。この孤児院を設立した、宙とマツリの育ての親である。
 宙は思わず黙り込んでしまった。久しぶりに会ったというのに、言葉が出てこないのだ。子供達に揉まれながら、あずさがその様子を心配そうに眺めていると、
 「じっちゃん、あの――」
 「昔から言っているだろ、“帰って来たら”、まずなんて言うんだ?」
 「……ただいま」
 「よろしい。おかえり、よく来たな」
 カイエンは、相変わらず穏やかな笑顔を向けてくれた。
 積もる話もあるだろう? とカイエンは孤児院を指した。中でゆっくり話そうということなのだろうが、後ろで攻撃を受けている彼女達はどうしようか。
 「私達はこの子達と遊んでいるから大丈夫ですよ。ゆっくり、お話してきてください」
 まるで宙の心を読んだかのように、間髪入れず、あずさは子供を抱き上げて見せた。気持ちを読まれたことに面食らったが、ここは素直に、気持ちを汲んでくれた彼女の好意に甘えるべきだろう。それでは、と。この場は彼女達に任せることにした。
 案内されたカイエンの個室は半年前と変わりない。いや、宙の一番古い記憶とだって、寸分違わない。ここだけ時間の流れが止まっているかのような気分だった。しばらく離れて、お茶を淹れてきたカイエンは開口一番、
 「気の利くお嬢さんじゃないか。おまえ、あの人とお付き合いしているのか?」
 「ぶっ!?」
 口に含んだお茶を豪快に噴き出した。むせこんだ宙を、カイエンはしてやったり、といった様子で大笑いする。この茶目っ気は昔からで、マツリでさえカイエンの前では頭が上がらない。小さな頃の弱みをたくさん握られているからだ。もっとも、その弱みも今となっては無意味だが。
 大笑いしながら、カイエンは部屋の端にある机から琥珀色の錠剤を取り出して、お茶で流し込んだ。昔からカイエンはこの時間帯になると持病の薬を飲んでいて、この時だけ、普段は見せない苦々しい顔をするのだ。よほど不味いのだろう。
 「薬、まだ飲んでるんだ?」
 「歳だからな。なに、心配することじゃない」
 二人は向かい合ってソファに腰掛けた。すると、途端に何を話せばいいのか分からなくなった。声の出し方を忘れてしまったかのように。しばらくして、話を切り出したのはカイエンの方からだった。
 「悩み事があるみたいだな」
 彼の優しい瞳には、純粋に心配の色が伺える。笑みを絶やすことのない様子は、宙の心中を見透かしているような節さえあった。そんなはずはない。宙は765で働いていることになっていて、IDOLに関わっていることなど、カイエンは知る由もないないのだ。
 けれど、である。昔からカイエンはなんでも知っていた。宙の知らないこと、マツリの知らないこと、なんでも。知らないことは何もない。もしかしたら自分がアイドルマスターになったことも、実は知っているのではないか。そんな気分にさせられる。
 表面だけ取り繕っても無駄か。宙は諦めたように、ふっと吐息した。
 「行き詰っているのかな。何をしても、失敗してる気がしてさ」
 苦笑しながら頭を掻き、ぽつりと呟きを漏らすと、次の一言は自然と連鎖した。モンデキントのことをうまく誤魔化しつつ、心の底から這い出る焦燥を、自分の努力は全て無駄なのではないかという不安を、吐き出していく。まるで穴の空いた桶から水が零れていくように、抑えが利かなかった。
 「迷走しているな」
 一息吐いて話を区切ると、何故か、カイエンは嬉しそうに頬杖をついた。反射的にむっとした表情になってしまって、つい子供染みた反応をとってしまう。それが余計にカイエンを上機嫌にさせるのだった。
 「この半年で変わったな。ちょっと前まで、世の中の全てがどうでもいいような目をしていたのに」
 そうそう変わったと言えば、あの時の話だ。
 「いつだか突然、いじめっ子にやり返すようになっただろ。苛められてばかりだったおまえが、泣き虫を卒業しようとしたんだ。――原因は、おまえの初恋だった」
 「あ、ちょっと待った、その話は卑怯だろ!」
 うわぁ! と悲鳴をあげて言葉を遮ろうとするが、愉快に話を続けるカイエンには無駄な抵抗だった。今更そんなことを話さなくても、とむくれる宙。
 初恋だなんて大げさなものではない。だがその初恋“らしき”ものがきっかけで、その頃から宙が変わったのは確かだった。
 もう名前も覚えていない一人の少女。出会ったのは黄昏色に染まる夕方の一度限りで、実は顔すら曖昧なのだ。苛められて泣いていた自分を慰めてくれて、擦り剥いた傷に絆創膏をぺたぺた貼ってくれた。うん、覚えている。
 その子との出会いが、どうして一人で立ち向かう気持ちを奮い立たせたのか、もう思い出せないけれど。
 「今更、その話がなんなのさ」
 「おまえがなんでも一人で背負い込むようになったのは、その頃だからさ。良い意味でも悪い意味でもな」
 マツリのようになろうと無茶をして、認められようとして無理をして、一人でなんでもするようになったのはその日からだ。そしてマツリの死をキッカケに、遂に誰にも頼らなくなった。誰も信じなくなった。カイエンは憂いの表情で宙を見つめる。
 「おまえが――」
 言葉を区切り、一拍置いて、
 「私のことを憎らしく思っていることは知っている」
 「……そんなことは」
 「マツリが死んだ時、私はあの子の死を受け入れるのが早過ぎた。事故のこと、その原因のことも、おまえは疑問を抱いていたが、私は区切りをつけて納得してしまった。それが許せなかったんだろう?」
 宙は俯いて一言も言葉を発しなかった。カイエンの言う通りだったから、である。孤児院へ来ることに抵抗があったのもそのためだ。わだかまりを残したまま孤児院を出た宙にとって、今更カイエンと何をどう話せばいいのか、悩ましかったのである。
 「おまえが人間不信になったのは私のせいでもある。そんな私に言えた義理はないかもしれないが、なぁ、宙よ、もう少し周りの誰かに頼ってもいいんじゃないか?」
 「誰を頼れって言うんだ」
 「もちろん私でもいい。しかし、おまえの周りにはたくさんの仲間がいるようじゃないか」
 おまえにとって、彼女達はどんな存在なんだ? カイエンに問われ、宙は漠然と顧みた。
 同じIDOLを駆るアイドルマスターで、765プロのアイドル。それだけだ。良くて同僚程度の認識しかないものだと思っていた。地球を守るためにマスターになった彼女達と、復讐のためにマスターになった天川宙とでは、存在が違い過ぎる。同じ一枚のコインでも、表と裏、陰と陽。決して交わらず、いつも背中合わせ。
 でも。宙は胸の片隅に、静かに、小さく蹲っている気持ちに気づいた。
 あずさ達の笑顔だ。
 宙はがつんと打ちのめされたような衝撃を覚えた。何故、そんなものが浮かび上がってくるのか。浮かび上がってしまう自分の心境の変化はどういう意味なのか。
 我知らず、窓の外で子供達と戯れる彼女達に視線を向ける。呆然とした様子の宙から内心を読み取ったカイエンは、最初はそれでもいいんだ、とまたお茶を啜る。
 「誰だって片翼では飛べないんだ。摂理であり、道理だよ。片方だけではどんなに強い翼も意味を持たない。一人で飛ぼうとしてはいけないよ」
 言われて、初めて気付いた。自分の行動を振り返るとよく分かる。歩み寄ろうとするあずさ達を跳ね除けて、それでいて、助けを求めることが劣等感を逆撫でし、一人がむしゃらに突っ走ってきた。ヌービアムと戦った時も、あずさが的確な指示をくれたはずなのに、自分は意固地になって無視して。
 「でも、俺……」
 無意識に胸を掴んだ宙は、心中に霧がかかって見えた。自分がどういう気持ちなのか、もう宙自身にも把握することができなくて、不安が感情を煽った。
 復讐のために強くなろうと足掻いていた自分は、半年を通じて、彼女達にどんな想いを抱いているというのだろうか。
 知れず迷宮を彷徨っている気分だった。
 ……姉さんなら、こういう時どうするのかな。
 俯いて、遥か彼方の目標に想いを馳せる。あの背中を、宙の全てだったあの存在の背中を。永久に手が届かないと思えても、それでも追いかけることを諦められないあの人でも、片翼では飛べなかったのだろうか。あの人の片翼とはなんだったのだろうか。
 「まぁ、私の言いたいことはな」
 急に右手を振り上げると、カイエンはそれを、力の限り宙の頭に見舞った。
 強烈な拳骨。ぎゃあ! と奇声を発して頭を押さえると、頭の上を星がクルクル回っていそうな錯覚を受けながら、痛みが頭の芯まで深く浸透していく。
 「な、何しやがる!?」
 「あんまり深く悩むなってことだよ! おまえは環境に恵まれているんだ、本当に大変な時は、なるようになるさ!」
 豪快に笑って肩を叩いてくるカイエン。殴られたことに納得いかず唇を尖らせていると、こんこんとドアを叩く音が聞こえてきた。返事をしてドアを開けると、そこには春香と伊織が立っていた。二人ともボロボロ(外見的にも精神的にも)でひどく疲れた表情をしている。あれは子供達にこっ酷くやられたのだな。
 「どうした、何かあったか?」
 「あったと言えばあったかな……。それより、バスケットに入れて持ってきたお菓子、皆で食べようと思うんだけど、どうかな?」
 春香が例のバスケットを掲げてそう言った。それは名案だ。子供達も喜ぶだろうし、何よりこの量を消費するには大勢を動員しなくてはならないだろう。
 宙の受け答えを待つまでもなく、乗り気なカイエンが立ち上がって、さっそく手頃な場所を見つけようと動き出した。
 派手にやられたな、水瀬。うっさい、馬鹿宙! まぁまぁ、落ち着いて。賑やかな会話が廊下を遮り、窓から差し込む遮光が、その時だけ少し晴れた宙の心を表しているようだった。その後ろで、
 「心配するな。おまえは“シカンダ”に選ばれたのだから」
 小さく呟いたカイエンの言葉に、宙が気づくことはなかった。

                    ●

 なんだかんだで、孤児院への滞在は長引いた。子供はあずさ達に懐いていたし、彼女達もその好意に満更でもなさそうだ。結局孤児院で夕飯をご馳走になった一同は、カイエンの話し始めた宙の昔話を興味深々に聞き入っていた。
 伝説と化したマツリの話ならば良い語り草だろうが、正直、己の話となれば聞くに堪えない愚かな失敗談ばかりなので、もはやカイエンの口を止められないと悟った宙は、熱く盛り上がるその場からこっそりと抜け出した。
 当てもなく懐かしい孤児院の中を見て回って、最後に辿り着いたのは屋根裏の倉庫である。天井は低く、手を伸ばせばそれだけで手がついてしまう。大きな天窓からは明かりが漏れていて、宙はその明かりに釣られて歩き出した。
 天窓を開ける。隙間から流れ出してきた夜の空気が頬を撫でた。
 「隕石光(コンペイトウスノー)?」
 見上げる先、光の虹が夜の闇を裂いていた。光の架け橋は横一直線に空を割って、キラキラとした輝きが地上を燦然と照らし出している。明かりの正体はこれだったのか。
 地球を囲うオービタルリングの一部、極小単位の隕石群が大気圏と接触して光を放つ現象が、隕石光(コンペイトウスノー)と呼ばれていた。隕石光の起こる夜は、柔らかで幻想的な光が世界を照らすことになる。
 昔は“月の光”があったらしいが、いかんせん生まれる遥か以前のことなので、似たようなものなのかな、と宙はふと想像した。
 思わず窓枠に足をかけて屋根に上ると、懐かしい既視感を覚えた。
 「姉さんと最後に過ごした夜、か」
 屋根に腰を下ろした宙は、ふと隣を見た。一瞬垣間見えたマツリの幻はすぐに消えて、自分の隣には誰も座っていないことが改めて認識される。それだけで、自分の心が酷く空虚に感じたのは気のせいではないだろう。
 昼のことがまた思い出されて、宙は亡き姉に向けて言う。俺はどうすればいいと思う? 膝を抱えた姿は弱々しく、以前の泣き虫な自分を連想させて、それが堪らなく悔しい。
 悶々と隕石光を見上げていると、
 「宙さん、こんなところにいらっしゃったんですね~」
 「うわぁ、隕石光綺麗なの!」
 天窓からひょっこり顔を出したのはあずさと美希だった。倉庫の扉が開いていたので、もしかしたらと思って。微笑みながら、あずさは宙の隣に座る。優しさの伝わってくる表情に、少しだけ心が安らぎを得て、軽くなったような気がする。同時に、光に照らされた綺麗な横顔に釘付けになった。
 「ま~た落ち込んでるの?」
 眉を下げた宙の顔に、腰を折って顔を近づけた美希は不満そうに頬を膨らませる。孤児院で気分転換し、宙の心も晴れただろうと踏んでいた美希からしてみれば、いまだ立ち直る気配を見せない宙の様子は大いに遺憾である。
 「宙くん、難しく考え過ぎ。美希みたく、もっと楽しくやればいいと思うの。そうすればいつだって笑顔でいられるよ」
 「……笑い方を忘れちまった」
 「じゃあ美希が教えあげる!」
 すると、美希は頬を手の平で挟んで、唇を尖らせた。目を真ん丸に見開いて、可笑しな形相を作り出すと、どう? どう? 聞いてくるのだった。隣であずさが吹き出す。
 馬鹿な奴だな。きっと何も考えていないから、こんな馬鹿なことができるのだ。宙は胸の内に言葉を落として、真正面から美希の顔を見据えた。多くのファンを虜にしている可愛らしい顔が、自分の前で奇妙に歪んでいると思うと、とても馬鹿らしいことに思えてしまって。
 「ぶっ、あははは!」
 耐え切れず、眉を上げて、大きく口を開けて、宙は笑った。
 「宙くんの笑った顔、初めて見た! あずさ、写メ撮らないと!」
 「あ、こら、おまえ、やめろって!」
 笑い声は絶えず口から漏れて、その時だけは、宙にもどうしようもなかった。あずさがこちらを嬉しそうに覗きこんでいるのを察すると、急に恥ずかしくなって表情を正したが、それでも口端がにやけるのを抑えられなかった。特別面白いことでもないはずなのに。とにかく可笑しくて、笑えてしまうのだ。
 まったく、悩んでいる自分が馬鹿みたいだ。
 「お気楽なおまえが羨ましいよ」
 「その言い方馬鹿にされてる? ねぇ、されてるよね?」
 「褒めてんだよ。おまえの天真爛漫なところをさ」
 「え、そう? へへぇ、そんな風に褒められるのは初めてだよ。いつもは胸大きいね、とかしか褒められないからさ」
 「……言ってて恥ずかしくないか、それ」
 呆れたように溜息を吐いた宙は、また小さく笑うのだった。久しぶりの、純粋に笑うという行為。どこかで置き去りにされていた感情が蘇ったことに驚きを隠せないのも事実だったが、それでも、そんなことがどうでもよくなってしまう程、今は可笑しくてしょうがない。どうして、なのだろう。
 「宙さんが笑っているのを見ると、私も嬉しくなります」
 並んで隕石光を見上げたあずさに対し、不意に高鳴った胸の鼓動も、その芽生えていた気持ちの名前さえも、宙は忘れてしまっていたのだった。

                   ●

 ひどく暗い部屋がある。部屋の中心には高く伸びた円柱が並び、壁の代わりに巨大なモニターが張られている。そこに映るのは宇宙から見た地球。月の破片が構成するオービタルリングに囲こまれた鳥籠だ。
 円柱の頂上には白いバスタブが鎮座しており、底から太いコードがいくつも延びていた。異様な雰囲気の部屋とバスタブの組み合わせは、言い知れぬ違和感を醸し出す。
 そこに一人、リファは幼い裸体を露にして立っていた。彼女が見つめているのは、バスタブに満ちた紫色の液体だ。
 「さぁ、楽しいお遊戯の時間だよ」
 悪戯に興奮するかのように無邪気な笑みを浮かべたリファ。始めよう。呟くと、その身をバスタブの中に沈める。液体は氷のように冷たく、背筋にぞくりと奔る感覚があった。けれどそれもやがて、燃え上がる恋のように熱くなるだろう。
 リファは、深く深く自己の内に埋没した。



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