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 第七話 サマービーチサンシャイン(後編)


 「宙さん、泳ぎましょう! 色々忘れて、楽しみましょう!」
 ジョゼフと別れて管制室を後にすると、突然、あずさが物凄い勢いで提案してきた。如何に海で泳ぐのが素晴らしいかを熱弁する彼女の様子は、まるで別人のようで。勢いに押し切られて、宙は無理矢理頷かされる形で、あずさに付き合うハメになった。
 何があったのだ、と首を捻りつつも仕方なく更衣室に向かう。
 実のところ、天川宙は泳ぎが得意ではない。水瀬なんぞに知られたら馬鹿にされるに決まっているぞ、と。意気消沈しながら更衣室に入った宙は、適当なロッカーを探して辺りを見回す。内装は清潔感があり、なかなかに広い。直立する兵隊の如く並べられた背の高いロッカーを横切り、角を曲がった時である。
 すると、宙はそこで石像のようにぴたっと動きを止めた。固まってしまった。
 そこに、“裸”の如月千早がいたからだ。
 「……何故!」
 当然の疑問だった。全力の疑問を、両目を見開き、言語では説明できない凄まじき形相で表現。宙は思考を超高速で回転させ、この状況を自問自答する。何故、如月千早がここにいる。ここは男性用更衣室のはずだ。どっちが間違えた。自分が間違えたのか、如月千早が間違えたのか、どっちだろうか。
 自分が間違えたという可能性は、否、有り得ない。
 天川宙は、女性用の更衣室と間違えないように、しっかり確認してから入ったのだから。何度も何度も確認してから入ったはずだ。
 三浦あずさから教えられた場所に、更衣室は一つしかなかったはずだ――!
 かつてない緊張感が宙を苛んでいた。もし、宙が冷静な思考を保っていたのであれば、謎はすぐに解明されていたはずだろう。
 月見島に訪れる人間は、アイドルマスター課の人間がほとんどである。その構成員の大半が女性であることは言うまでもない。結果、月見島では男性用更衣室の需要がなくなってしまうわけで。よく探せば見つかったであろう、物置と化している男性用更衣室に、宙は気付かなかったというわけだった。
 つまり、間違えているのは宙の方。
 千早も目が合った瞬間に硬直してしまっていた。手に水着が握られていることから、おそらく着替える途中であったのだろう。千早の身体は細く、白磁のような肌は若々しさに漲っていた。触れれば砕けてしまいそうな、どこか現実離れした感覚を持ってしまうのは、女性の身体というものを見慣れていないからだろうか。
 などと分析している内に、やがて千早の思考が状況に追いついたのか、顔をりんごのように真っ赤にして小刻みに震え始めた。まずい、ここで叫ばれたら色々な意味でお仕舞いだ。咄嗟に宙は取り繕おうと声を出した。
 「そんな平坦な身体を見ても俺はなんとも思わないから、気にするな!」
 顔を赤くしている羞恥の色が怒りに変わった。殺意の漂う黒く禍々しい何かを千早の周りに幻視して、思わず悲鳴をあげそうになった瞬間、
 「千早ちゃん、着替え終わった……って?」
 角からひょっこり顔を出した天海春香の来襲により、ぴしりと空気にヒビが入ったのを感じた。口をあんぐり開けて青ざめる宙と、一秒先には核爆発を引き起こしそうな真っ赤な千早と、それを交互に見る春香。
 なるほど、と両手を叩いたリボン娘一名。すぅ、と大きく息を吸い、
 「宙が千早ちゃんを襲ったー!!」
 待て、誤解だ! 月並みな言い訳をしてもすでに遅し。どうしてそんなに耳が良いのか疑いたくなる素早さで、ドタドタと無数の足音が聞こえてくる。四面楚歌という言葉が脳裏を過ぎり、生まれたての子鹿顔負けの足の震えを披露する宙であった。
 「宙、少しお話しようか。千早ちゃんに何しようとしたの?」
 天海、顔、怖いよ。あとなんか黒いよ。更衣室から大人数が流れ込んで来て、そこから先は苦痛以外思い出すことができなかった。

                  ●

 整備島の夜は騒がしいほど賑やかだ。整備班お手製の花火が咲き、砂浜ではキャンプファイヤーを囲み、バーベキューに大勢が群がる。熱狂的なお祭り騒ぎは、きっと、普段の激務から開放された反動なのだろう。各々が思い思いの夜を過ごしていた。
 そんな中、昼間の出来事で顔を赤く腫らした宙だけは、一人別行動をとっていた。
 雪歩と真がいないことに気付いたのだ。面倒ではあったが、雪歩のことを頼まれている以上放ってはおけず、こうして探しに歩いているのだった。
 しばらく歩いていると、少し離れた砂浜で、また泣きべそをかいている雪歩と、それを慰めている真を発見した。また泣いているのか。見つけたことへの安堵より、ふつふつと湧き上がる苛立ちを強く感じる。舌打ち一つ、無精と思いながらも、仕方なく二人に近づいて行った。宙に気付いて、雪歩が顔を上げる。泣き腫らした目だった。
 何をしているのか問うと、練習です、と小さな声が返ってきた。
 「ドラマの役作りだよ。ずっと練習してるんだけどさ、うまくいかないんだ」
 言葉を引き継いだ真は、至極残念そうに溜息を吐く。ごめんなさい、と。ほとんど反射的に謝ってしまった雪歩の弱気な態度に、とうとう宙の堪忍袋の緒が切れた。
 「……おまえ、そろそろいい加減にしろよ。その態度、すごく、腹が立つ」
 「おい、そんな言い方ないだろ!」
 怒鳴った真が掴みかかってくる。その目を睨み返しながら、宙は続ける。
 「まるで昔の自分を見ているようで、自分を殴りたくなってくるんだよ……!」
 真の手を払い除けながら、しゃがみこんだ雪歩の手を掴み、立ち上がらせた。それだけで怖がる素振りを見せられては、宙の苛立ちは募るばかりである。
 「萩原、おまえはなんで泣いてばかりなんだ」
 「だって、私、自分が嫌いだから。何をしても失敗しちゃう。皆に迷惑ばかりかけちゃう。そんな自分が大嫌い、だから……」
 「俺も同じなんだよ。同じだから、腹が立つんだ」
 雪歩の弱々しい態度は、自信のなさの表れだ。何事にも自信がない。だから、世の中の全てが怖いものに見えてしまう。それはかつての天川宙そのものだった。――否、かつて、だなんて過去形ではない。今だってそうかもしれない。
 幼い頃は、弱虫で、臆病で、虐められてばかりいた自分が嫌いだった。いつもマツリに助けてもらうばかりの自分が大嫌いで、憎くて、恥じていた。雪歩と同じだ。だから、まるで自分を回顧しているように感じてしまうのだろう。故に、宙は許せなかった。
 泣き虫だった自分を知っているからこそ。雪歩の気持ちが理解できるからこそ。
 目の前で泣いている雪歩にも。それをどうすることもできない自分にも。
 抑えられない怒りが込み上げてくるのだ。
 「泣いていたって何も変わらないって、どうして分からないのさ!」
 激情に駆られて雪歩の肩を掴むと、彼女の目尻にまた涙が浮かぶ。ああ、こいつはどうして、こうも自分の感情を逆撫でするのが上手いのだろうか。宙は歯を噛み締めた。
 「もうやめろよ。気持ちは分かったけど」
 真は二人の間に割って入り、
 「雪歩は宙じゃないよ。誰でも宙のように強くない。そうだろ?」
 「……俺だって強くなんかないさ」
 宙は肩を落とし、踵を返した。本人がこの調子では何を言っても意味はない。高木の命令がなければ、元々雪歩に義理立てする理由もないのだ。加えて自分は感情的になっているし、なにより、萩原雪歩という人物に失望を覚えてしまった。失望。そう、失望だ。胸の奥で冷めてしまった自分がいる。
 宙の目に、萩原雪歩は大変な努力家に映っていた。訓練室に遅くまで残っていると、同じように残っている彼女をよく目撃する。ドロップ関連の知識を頭に叩き込もうと、疲れた身体に鞭打って休憩室の机を占領すると、必ず先客の雪歩がいて、台本を読み耽っている。誰よりも、雪歩が努力しているのを宙は知っていた。
 雨垂れ石を穿つ。そんな奴だと思っていたのに。
 自分で勝手に諦めてしまうから、何もできないままなのだ。
 ふと、青菜に塩だった雪歩がぽつりと呟いた。
 「……どうせ、私はダメダメな子なんです」
 「また、そんな……! 大概にしろ!」
 だから評価はしていても、おまえのことは嫌いなんだ。
 怯える雪歩に捨て台詞を吐いて、宙は大股で砂浜を戻った。遠く、楽しく騒ぐ声が弾けては薄れていく。まるでこの場の明るさが吸い取られているような、そんな気さえした。

                   ●

 突然の警報にアイドルマスター達が叩き起こされたのは、明け方の話だ。
 陽も昇らぬ早朝、ドロップの接近を確認したモンデキント本部の要請により、アイドルマスター課の面々はIDOLを出撃させた。出撃したのはインベルとネーブラ。そのネーブラに搭乗したのは、昨晩の一件で意気消沈とした雪歩と、パートナーの真だった。
 最大速度からゆるやかに減速した二機は、地球を背後に迎撃準備を開始。
 相手にするチェリー級ドロップは、最大サイズであるストロベリーに次ぐ大きさである。このサイズともなると、精度の高い迎撃は難しくなってくる。そのため実力で勝る春香達のインベルがメインで、ネーブラはバックアップに回る手筈になっていた。
 しかし、雪歩の心中は不安一色であった。チェリー級の迎撃は、今回が初めてだったからだ。雪歩達が迎撃を担当することになったのは、経験を積ませようとするジョゼフの算段もあったのだろうが、臆病な彼女は、今にも心臓が破裂しそうな勢いだった。 
 一方、インベルのコックピットでは春香と千早が細かい調整を行っていた。何度経験してもドロップに相対する緊張は拭えない。春香は気分を紛らわすそうと、
 「でも意外だったなぁ。まさか千早ちゃんが、宙のことグーパンチなんてさ。しかも顔面」
 「その話を持ち出さないで。あれは反射的なもので、どうしようもなかったの」
 顔を赤らめて反論する千早に苦笑する。確かにあの状況では冷静でいられるはずもないか。とはいえ、後からやって来た春香としては、状況を生み出した原因が甚だ疑問ではあるが。
 「まったく、あの人はデリカシーがないのよ!」
 「……千早ちゃん、なんか嬉しそう。宙の話をしている時はいつもそう。やっぱりね、もっと積極的に攻めないとダメだと思う! ほら、あずささん強敵だし」
 「何の話!? 私は別に、宙とあずささんがどうしようと関係ないし……」
 「千早ちゃん素直じゃない! もっと気持ちを素直に純粋に!」
 「春香、あなたねぇ……」
 いい加減にしなさい! 軽く怒られて凹む春香。でも、宙に対して千早の態度がおかしいのは本当だと思う。乙女の勘フルドライブだから間違いないはずなのだけど。
 おっといけない。続く思考を中断する。今はドロップが先決だ。良い具合に緊張が解け、肉眼で確認したチェリー級を見据える。千早も同じく操縦桿を握り、互いが確認を取ると、ドロップを玉砕すべくフットペダルを踏み込む。
 しかし、
 「あれ? う、動かない!?」
 操縦桿を押し込んでも、インベルは指一本動かなかった。故障か。このタイミングでのトラブルはまずい。様々な原因が頭を過ぎり、春香はナイフを喉元に突きつけられたようなひどい慄きを得て、血の気が引いた。
 咄嗟に、春香はインベルに呼びかける。インベル、どうしちゃったの!?
 「どうしよう小鳥さん、インベルが動かないの!」
 『春香ちゃん落ち着いて! でも、異常は確認されてないのに……』
 管制の小鳥の声にも焦りが混じる。ドロップは目前まで迫っているのだから。
 ……まさか。
 春香は直感的にその理由を悟った。女の勘とも言うだろう。何か分かったのか、と千早は必死にコンソールを操作しながら問う。もし自分の考えが当たりなら、千早の行為は逆効果だ。春香は苦笑いしながら、
 「もしかしたら、嫉妬しているのかも」
 千早と宙の関係について、見ていたのは春香だけではない。インベルだって気にかけていたはずだ。その理由を肯定するように、モニターに昨夜の花火祭りの映像が流される。全て宙と千早を写しているのが何よりの証拠である。
 「そ、そんなことを!? インベル、今はそんな場合じゃないでしょ!」
 千早の叫びも虚しく、ドロップはただ一直線に地球へと向かってくる。

                   ●

 『ネーブラはインベルの代わりにドロップを。急いで迎撃位置に!』
 「そんな、私達がチェリー級のドロップを破壊するなんて……!?」
 雪歩の悲鳴のような声が響く。今の言葉で身体の震えが止まらない。実際にチェリー級を迎撃したことはないし、バックアップという立場で、半ば安心し切っていたところに不意打ちだ。それこそ、全身に稲妻が奔ったかのような衝撃だった。
 無理だ、できっこない。思考を支配するのは、どうしようもなくネガティブな言葉の群れ。こんな震える手で、迫り来る巨大な悪魔をどうしろと。
 「雪歩、僕達がやらなきゃならない!」
 怯える雪歩にサブパイロット席で真が叫んだ。でも、どうにかしようにも、雪歩の意思には関係なく身体が動かないのだ。竦んで動けない。青い顔で背を震わせていた雪歩だったが、とうとう重圧に耐え切れず、ぽろぽろと涙を流して俯いてしまった。
 昔から気の弱い自分が情けなくて、それを克服するためにアイドルになった。だが、それがどうだ。少しでも成長しなければと挑戦した結果がこの有様だ。いざ自分の出番になれば臆病な自分が尻尾を出す。胸の内では覚悟したつもりでも。臆病は理屈ではない。
 唇を噛んだ、その瞬間だ。
 『萩原雪歩!』
 力強い声が雪歩の名を呼んだ。はっとして顔を上げると、宙の姿がモニターに映っているではないか。宙は雪歩の泣き顔を見て、至極残念そうに眉根を下げた。
 『おまえはそうして、また逃げるのか』
 「私にはできません、無理です」
 『勝手に決め付けるな!』
 怒声が飛んだ。思わず身体を抱く雪歩。殴られそうになった子供のような仕草だ。構わず、宙は言葉を続けた。誰が無理だと決め付けた。そんなことを言う奴は誰もいない。おまえが、できないと思い込んでいるだけだ! 情けないと思わないか!
 「だ、だって。怖くて、身体が動かなくて、一体どうしろって言うんですか!?」
 吐き出した不安。ああ、なんて嫌な子だろう。私はただ八つ当たりしているだけだ。癇癪を起こした子供のそれと同義だ。雪歩はぼろぼろと涙を流し続ける。自分にはそれしかできないと言わんばかりに。
 だが、宙はそんな雪歩に冷たく言い放った。そんなもの決まっている、と。
 『立ち向かえ、萩原』
 事実、そうしなければドロップは地球に落下する。アイドルマスターとなった以上、地球を救うという使命を背負わなければならない。その意味は、何よりも重い。
 「できない、できないです!」
 『おまえは、おまえを信じる人間を裏切るつもりか!』
 えっ、と声が漏れる。裏切るなんて。
 そんなこと、考えてもいなかった。
 『萩原は、自分でIDOLに乗る道を選んだはずだ。その気持ちを認めて、今、皆はおまえにドロップを任せた。おまえは責任を背負ってるんだよ。IDOLに乗るっていうのはすべからくそういうことだ。それを放棄するのは、おまえを信じた人間への裏切りに他ならない』
 どうなんだ萩原。おまえはその期待を裏切るのか。
 「……私、裏切りたくない!」
 『なら、どうするか分かっているな?」
 そこで一拍間があった。宙は覚悟を決めるかのように真剣な面持ちで目を瞑り、一度しか言わないぞ、と前置きした上で、
 『大丈夫だ、おまえならできる。おまえにできないはずがない!』
 宙ならぬ言葉だ。顔を真っ赤にして叫んだ激励にさすがの雪歩も面食らって。だが、震えがぴたっと止まった。宙さんも、私を信じてくれているの?
 『前を見てみろ」
 その時になってようやく気づいた。ずっと笑みを浮かべている真の存在を。操縦桿から伝わってくるネーブラの暖かさを。雪歩なら必ずできると、信じて疑わない想いを。すると、涙がすっとひいた。もう怖くはなかった。
 ……ああ、そうか。
 自分には一緒に苦しさを背負ってくれる仲間がいるのだ。それが雪歩自身の強さになる。なんと心強いことなのか。雪歩は零れ出す涙を拭った。こんな自分でも、想ってくれる人達がいるのだ。捨てたものではない。想いが雪歩を奮い立たせる。
 「ネーブラ!」
 呼びかけに、ネーブラは全力で応えた。雄叫びのような駆動音を合図に、出力が急激に上昇。各種パラメーターの具合に、雪歩と真は舌を巻く。ありがとうネーブラ。万感の想いを込めて、優しく告げた。
 『雪歩ちゃん、真ちゃん、いけるわね?』
 「はい、大丈夫です!」
 「行こう、雪歩!」
 小鳥の問いに、間髪入れず頷く。立ち向かうは、いまだ相手にしたことのない巨大ドロップ。けれどいつかはぶつかる壁だ。超えるなら、今しかあるまい。
 スポッティング。――慣性制御による姿勢制御安定。接近するドロップとの距離算出。ロックオン確認。カウントスタート。タイミングを計り、数字がカウントされていく度に動作を加えていく。腕部関節を限界まで引き絞った様子は、撓る強弓か、砲丸を込めた大砲か。構え、瞬間の一撃に全神経を集中する。
 放つのは、慣性制御を操るIDOLのみが可能な破砕技法“トリークハイト・ブレッヒャー”。雪歩はそれを、正面より迫り来る巨塊に叩きつけるべく、操縦感を引いた。
 ……きっと、できる!
 確信する。雪歩にとって大きな一歩となる自信をもって、操縦桿を一気に前に押し出し――カウントゼロ。瞬間的な摩擦熱=間接が唸りを上げながら慣性制御を纏う拳をドロップへ解き放った。衝撃波が円状に広がりを見せる。
 刹那、衝撃が突き抜け、
 『ドロップ、破砕を確認!』
 雪歩がネーブラと一体感を感じた瞬間、ドロップは中心から砕け散った。トリークハイト・ブレッヒャーをぶつけることで、慣性に従って進もうとする部分と強制的に静止させられた部分に不均一が生じ、内部から自壊したのだ。
 やった! 自然と飛び出した大声が自分のものだと気づくまで、時間がかかった。
 だが、月の大地の破片は、簡単に全てを終わらせてはくれない。
 「……っ! やばい、ドロップの破片が!」
 焦燥する叫びの理由を、雪歩は即座に理解した。破壊したドロップに、規定より大きな破片があったのだ。大抵の破片は大気圏で燃え尽きるのだが、定められた規定より巨大な破片はその限りではない。
 燃え尽きなかったドロップは、地球に辿り着き被害を生む。
 瞬間的に、自らの失敗を呪う気持ちに苦痛を得た。
 『また泣き出すつもりじゃないだろうな』
 はっ、と顔を上げる。その苦痛から醒めたのは、叱咤するような、慰めるような一声が飛んだからだ。
 よくやった。褒め言葉に、胸が暖かくなるのが分かった。
 『安心しろ、大口叩いて気合入れろと言ったのは俺だ。後は任せてもらおうか』

                   ●

 「対象を捉えました。軌道上の衛星より送られてきた詳細を回します」
 「確認した。――アルツァヒール、スタンバイ。エネルギーチャージ開始!」
 地上、月見島滑走路中央。水平線上に顔を出した太陽の光に色を染めながら、ヴェルトールは天へ向かってアルツァヒールを掲げていた。
 長距離狙撃に対応して砲身を可変展開させているため、本来の形状より大型化したそれを、薄く青色のかかった夜明けの空へ向けて片膝を着いている。まるで淑女に求婚する貴族か紳士のよう。とはいえ、差し出す薔薇の花束は、地上から大気圏外のドロップを一撃で狙撃、破壊することが可能な超兵器ではあるが。
 発射方向の軸線上に障害なし。落下する破片の追尾も問題ない。
 チャージ完了まで残り二十秒。
 「それにしても」
 ふと、あずさが吐息を吐き出しながら小さく言った。
 「雪歩ちゃんにあんなことを言うなんて、思ってもみませんでした」
 「こんな時に、その話か」
 汗ばむ手で操縦桿のトリガーを握り直しながら思い返してみると、まったく柄ではない上に、我ながら臭い台詞だった。正直、宙自身、己の言動に驚きを隠せないのだ。何故、あんな言葉を口にしてしまったのか。カウントが一桁を刻み始めたのを確認しながら、自嘲気味に口元を曲げた。
 ドロップを前に泣き出した雪歩に対して抱いた感情は、憤りももちろんあったが、なにより後悔だった。雪歩と過去の自分を照らし合わせてしまったのだ。過去の自分を、後悔しなかったことはない。今の雪歩は、過去の自分。そんな光景を見せられたら、一喝入れないわけにはいかないだろう。
 ここで雪歩が怯えに屈してしまえば、必ず後悔する。
 仲間の信頼を裏切ってしまったことに。
 自分の意思を自分で裏切ってしまったことに。
 「何かを裏切るっていうのは、きっと、とても辛いことだから」
 それに、
 「萩原なら一歩を踏み出せると本当に思った。……なぁ、そんな風に感じる俺は」
 変わったのだろうか。戸惑いの表情を浮かべた宙。あずさは喜ばしいとばかりに、きっと良い傾向です、と頷いたのだった。
 エネルギーチャージ完了。重力殻(レイヤー)変換集束。最終安全装置解除。
 「ヴェルトール、オンステージ。ブレイク!」
 次の瞬間、無色の閃光が一直線に空へ伸び、雲を引き裂いてドロップに直撃した。圧倒的な破壊力の前にドロップは成す術もなく塵へ消え、大気圏の摩擦に燃え上がりながら、空の中へと消えていったのだった。

                    ●

 「さて、と」
 その日の夜。明日は東京に帰る日だというのに、春香と千早は格納庫を訪れた。ひどく真剣な面持ちで、見上げる視線の先にはインベルが佇んでいる。意外な来訪に気づいたのか、インベルは嬉しそうにカメラアイを点滅させた。
 すると春香と千早は、どこから用意してきたのかパイプ椅子に腰を下ろす。わけが分からない、と首を傾げそうな雰囲気のインベルに、
 「さぁ、インベル。今日はとことんお話しましょうか」
 今まで見たことないくらい、強い圧力を感じさせる笑顔で春香は言った。千早も、顔は笑っているのに心は全然笑っていない。インベルは本能的に危機を感じ取った。
 逃げようにも、起動キーであるアイを抜かれた状態では禄に動くこともできない。
 「今日の件、雪歩達ががんばってくれなかったら、ドロップは地球に落ちてたんだよ?」
 そこら辺は分かってるかなぁ? と春香はインベルの装甲に手を添えた。ああ、何故だろう。それだけでこんなにも空気が凍る。
 インベルは機械だが、人間らしい思考というものを持っている。故に、確かにあれは大人気なかったかなぁ、などと思っているわけだが。伝える術が今はない。いや、伝えることができても、春香と千早は受け入れてくれないだろう。
 音声装置を所望するインベルであったが、そんなことはガン無視で春香と千早説教を続ける。そういえばあの男(態度のでかい新入り)も物理的制裁を受けていたことに思い至り、まさか自分もと戦々恐々とするインベルであった。
 いつまで続くかなぁ、と。インベルはとても人間染みた感想を漏らした。


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Author:o-van P
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